瀬野恵
高校に入学してからもう半年が過ぎた。
「なーなー昼飯さー今日は学食行こうぜー」
「外で食べない?屋上行こうよ!!」
「あれ俺財布忘れたかも!?!?」
「お前馬鹿じゃね!?」
うるさい。一言で言うと五月蝿い会話だ。耳障りとでも言うのだろう。俺はそんな賑やかな教室の中端っこの席にぽつんと座っている。これがいい。これでいいんだ。ここが一番居心地がいいのだから。お前らみたいなオコサマと俺は違うんだ。
俺、瀬野恵は今年この松島高校に入学した1年だ。
合格した時はそれは本当に子供みたいに喜んだ。やっとあの苦しい空間から抜け出せるのだ。馬鹿みたいな馴れ合いをしていたやつらから離れられたんだ。それだけで嬉しいという気持ちでたくさんだった。
高校までは電車で片道2時間。遠いところを選んだのと、親が一人暮らしを許してくれなかったんだ。それでも俺はめんどくさいなんて気持ちなんかよりも嬉しさの方が勝っていた。
家族は母親と父親と俺。父親は海外で仕事をしていてたまにしか帰ってこない。兄貴がいたけれど、俺が中学1年の時に事故で死んだんだ。だから実際は母親と二人暮らしのようなものだ。そんな状況の俺を中学の時のやつらは「かわいそう」と言って寄って集って来るにも関わらず傷物を触るようなそんな態度だった。何よりも俺はそれがむかついた。正直その場にいて吐き気がするくらいだった。
だから俺は高校ではそんなことがないように、ガキみたいなやつらとは関わらないようにするんだ。
入学当時から俺の態度は「お前らみたいなのとは関わりたくもない」「近寄ってくんな」というオーラを出しまくったせいか、近づいてくるものは数人だった。しかし俺の無愛想な態度でその数人が話しかけて来なくなるのに時間はかからなかった。
俺は一人だ。一人が好きなんだ。戯れなんてお子様がやるようなもので、"大人"というものは俺みたいなものだろう。俺は自分に間違いはないと思っている。むしろ、俺が正しいんだ。素直にそう思うことができる。
6時限目が終わるとそそくさと帰る準備を始める。部活というものはもちろん入っていない。あんなものは戯れの塊のようなものじゃないか。「みんなで力を合わせて全国大会を目指しましょう?」馬鹿馬鹿しい。
帰る準備が出来次第教室を飛び出すように出る。そんな俺に声をかけるやつなんて無論いない。もはや空気のように扱われていないか?なんて思ったりするけれどそれでいいんだ。
6時限目が終わると教室の中は一気に空気が変わる。部活へいこうとするもの。帰りにどこ寄ろうとか話し出すもの。カップルのデートの相談とかも聞こえたりする。そういうのを一切聞きたくないなんて思うこともあり俺はすぐに教室を出る。もちろん「ばいばい」や「また明日」なんて声をかけてくるものもいない。
そうやって近づいてくるものがいないことが俺にとってはこれ以上にない幸せだった。
電車に2時間近く揺られて「桜下」駅で降りる。ここが俺の住む場所だ。駅から家まではそう遠くない。家と言ってもマンションなんだけれど。
高校生になってからは、中学のやつらと道端であっても声をかけて来ることがなくなった。最初の頃はそりゃあ少しはあったけれど今は俺の表情で「近づくんじゃねえよガキが」という嘲りが見てとれるのだろう。嘲りというよりは拒絶なのかもしれない。いや、両方か。
歩いているうちに俺はマンションに着いていた。考えているうちに家に着いているなんてことはよくある。俺はエレベーターのあの謎の浮遊感があまり好めず階段で俺の家の階-6階まで上がる。疲れるけれどこっちの方がいいのだ。
階段を上がっている時は精一杯笑顔の練習をする。母親に心配をかけないためだ。「学校では楽しくやってるぜ」ていう雰囲気を出しておかないと心配するだろう。あまり笑顔を作るのは得意じゃない(そもそも人との会話を避けてれば笑えなくなるわな)から練習が必要なんだ。(周りから見ればおかしな人かもしれないが)
俺の家の扉の前につくと、ドアノブに手をかける。よし、ただいまと笑顔で言うんだ。
「ただいまー!!」
大声を上げて玄関に入ると扉が自然とガチャリと音をたてて閉まる。あれ?俺のとこの扉そんなに重かったっけ?
「あれ、お客さん?」
「は…!?」
部屋の奥から若い男の声がした。誰だ?母親の知り合いか!?しかし母親の声は一向にしない。
あれ、俺の家てこんなふうだったけ?畳の部屋なんてあったっけ?
部屋の奥を見ると疑問がわくばかり。でも自分の家の場所を間違えるはずなんてない。いくら考えことをしていたとしても、だ。
足はその場で固まってしまいただ辺りを見渡すことしかできない。そんなことをしていると奥から若い男が出てきた。
「ようこソ、修正屋へ!」
「は!?」
俺は若い男の言葉を聞いてはさらに固まる。なんて言った!?修正屋?こいつが?
若い男は狐のような細い目で、身長は(俺よりは)小さい。服は普通に黒のパーカーにジーンズ。髪は茶色く肩にかかりそうなのを後ろでちょんと結んでいる。どこからどう見ても、そしてさっきの言葉を含めると「怪しい奴」だ。
「ど、泥棒か!?警察呼ぶぞ!?」
「いやいや、修正屋って言ったじゃない。そもそも君がここに来たんだよ~う」
そう言われたってここは俺の家だ!!少し部屋の雰囲気が違う気もするが、俺の家なのは間違いない!断言してもいい!そもそも高校生にまでなって自分の家を間違えるか!?俺は大人なんだぞ!?
「あーもしかして間違えちゃった子なのかな?まあ中にでも入って…」
「知らねえ!!間違えたのなら俺が悪い、帰る!!」
ヤケになって重たいドアを開ける。若い男が「どこに?」と笑った気がするが気にせず足をすすめようとした。が、すぐに俺の足はぴたりと止まった。
目の前においしげる木々たち。見るからに林とでも呼べるだろう。俺が見慣れている景色はどこにもなかった。俺は思考が停止したかのように言葉が出なくなっていた。そんな俺を見て若い男はただくすくすと笑っている。
ここ、俺の家だったよな?確かに俺はマンションの階段を上がってここまで来たんだよな…?それなのにどこだここは!?
足が勝手に玄関の中へと戻る。勢いよく若い男の方を振り返るとガチャリと音をたてて扉が閉まるのが分かった。俺の表情はきっと見て分かるくらいに青ざめていることだろう。
「ようこソ、修正屋へ!」
若い男がにっこりと笑って両手を広げる。それとほぼ同時だ。今度は俺が触れてもいないのにガチャリと音をたててドアが再び開いた。