扉の中
目を開けると、少し眺めの廊下の奥に畳の部屋が見える。そっと玄関の中へと足を踏み入れるとガチャと音をたてて扉が勝手に閉まる。部屋の中には入っていこうとせずに、玄関先で少し立ち止まる。そんな時間がたたないうちに、狐のような細い目をしていて、背はお世辞にも高いとは言えない。服は普通に黒のパーカーにジーンズ。髪は茶色く肩にかかりそうなのを後ろでちょんと結んでいる若い男が出てきた。少し俺の顔を見て戸惑ったようだったがすぐににこりと笑い(ちょっと不気味に見える笑みで)
「ようこソ、修正屋へ!」
と言った。
「いやーにしてもビックリしたよ!閉ざしたはずのを無理矢理開けてくるなんてね~」
「はは、すんません。今日は千歌さんはいないんすか?」
「千歌ならもう少しで帰ってくるはずだよ~」
こんな会話をしていると俺は再び"ここ"に来ることができたのだと実感しては心の底から嬉しくなる。
「にしてもどうしたの?またここに来なきゃいけないような出来事があったのかい?」
「あ、いや、お代払ってないな、て」
「え、だからそれは…」
確かにちゃんとしたお代は払っていないが、修正屋に「お代は君がこれからも今日のように頑張ること」と言われたのは覚えている。最後に言われた言葉にも近いから、忘れるはずもなかった。そして俺はありがとうございますと言えていない。
「分かってます。俺めちゃくちゃ今が楽しいんすよ!!」
身を乗り出して言うと、修正屋はただぽかんとしていたがすぐに表情を戻し笑った。
「それならよかったヨ」
「だから、もう少し修正に付き合ってくれませんか?」
「君にはもう必要ないでしょ?」
確かに、確かに必要ないかもしれない。俺は修正なしでもうちゃんと生きていけるかもしれない。それでも
「お願いします」
必死になり土下座にも近いほど頭を下げると修正屋は苦笑して「何かあったのかい?」と聞いてきた。
「何も、何もないです。この間話した深月とも仲良くやれています。そうしようと思ってしているんじゃなくて自然とそうなっている感じなんです。他の人も話しかけてくれるようになりました。少しですがクラスのみんなの名前、覚え始めました。担任の緒方ともいろいろな話をしました。緒方は俺が急に変わったから変なことに巻き込まれてるんじゃないのかとか心配してくれました、ちゃんと大丈夫ですと話しました。俺はすごい今が楽しいです。だから…」
その先の言葉が詰まる。
「お、俺は…桜さんや千歌さんが容赦なく複雑だった俺を折って、真っ直ぐに修正してくれたからだから…」
やはり、その先の言葉で詰まってしまう。けれど修正屋は変わらない笑顔で俺の言葉を待っていてくれる。
俺は一つ深呼吸をした。そして
「だから、俺のこともう少し見ていてくれませんか」
「ただいまですー疲れたー…て、あれ…瀬野さん?」
作家が帰って来るなり俺を見て目をぱちくりさせている。暫くぶりに見る作家はやはり美形であり、この人に勝るものはいないんではないかと思わせるくらいだ。(何度も言うが俺にそう言う趣味はない)
「千歌おかえりー」
「お疲れ様です」
俺と修正屋がそう言うと作家は何か言いたげで俺と修正屋を交互に見ている。
「ああ、恵君ならねーもう少しいたいんだってー。なんかねーここ来なくなったら寂しくなったんだってさー」
ケラケラと修正屋が笑う、が、断じて俺はそんな言い方はしていない!!作家が変に誤解したらどうするんだよ!(しかし寂しかったのも事実といえば事実だ…)
「にしてもこの子すごいよー自分で扉開けちゃったんだよ」
「あ、それは…」
街中であった男のことを話そうとしたが、プリントの裏のことを知られたら今度こそ修正屋は笑い転げるに違いない。作家はそんな反応しないとしても恥ずかしい、やめておこう。俺はなんでもないふりをした。
ふと作家に目をやると少し驚いたような表情をしていたがすぐに笑って
「いろんな意味でここ楽しいですもんね。力入ってたのも抜けたようですね」
俺の肩をぽんっと叩いてくれた。瞬時に街中で会った男と重なる。まさか…ね…。いや、違うだろう。たまたましぐさが似ているだけだ。あの男は第一作家と身長も違えば顔も声も全く違った。修正屋のことを知っていたようだけど、何か物を修理するところだと思ってくれたのだろう。それで俺が方向音痴でしかもその修理やが見つけにくい場所にある。焦りっぱなしじゃ余計見つからないんじゃないかと考えて、ああ言ってくれたのだろう。我ながら無理ある解釈になってしまったが、でもきっとだいたいそんな感じだろう。
一人で納得して頷いていると、修正屋も落ち着いたようだ。
「まあ、今日は遅いから、帰った方がいいんじゃない?千歌待ってたら遅くなっちゃったよね」
「え、私のせいなんですか!?」
ああ、そんな言い方を!!俺が待ちたくて待っていただけなのに、どうしてこの人はそういう言い方を…!表情を見る限り楽しんでいるものとしか見えない!!
そんな修正屋と作家の会話を見ながら俺はふうと息をついて「明日も来ていいっすよね?」と聞く。
「「もちろん!」」
修正屋と作家が声を合わせて笑う。安心した俺はゆっくりと目を閉じた。
目を開けるといつもの景色が広がっている。辺りを見渡すと確かにもう暗くなっていて扉の奥からは明かりが漏れている。ああ、もう帰ってきてるのか。俺はドアノブを握りしめてゆっくりと手前に引いた。そして
「ただいまー!」
人生は迷って泣いてぶつかって悩んでがなんぼだ。こんな俺がこの言葉を使っていいくらいに成長したのかは分からない。けど、いつか俺もこうやって語れる人になれたらいい、なんて思っている。
もしも、今の自分に満足している。今の自分が大人だ!なんて言うのなら修正屋に顔を出してみたらどうだ?俺みたいに「アイタタタタ」なんて笑われるかもしれないな。悩んだり迷ったりしているときに行くのもいいかもしれない。どんなことを言われるかは分からないけどな。それでも扉を開けた時には
「ようこソ、修正屋へ!」
と出迎えてくれるだろう。




