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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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8.フンフンフン、勘?

『貴女のことは何と呼べばいいのだろう』

「ディアナ、です。氷竜様」


 舌に馴染まない名前を口にした。

 割り当てられた役はディアナ姫の身代わりだ。名乗れる名前はひとつしかない。


『私のことはセフェリノと呼んでほしい。貴女のことを名で呼んでもかまわないだろうか?』


 ……なんだか想像してたよりフレンドリーなんだけど、人喰い竜。

 あたしはちらっと氷竜を窺う。う~ん。言っても、大丈夫かな?


「あのう、名前で呼ぶのはちょっと。もっと親しくなってからの方がいいかなぁ、なんて……?」

『それは私の名か? 貴女の名か?』

「あたしです」


 だってこれからずーっと他人の名前で呼びかけられると気が滅入るし。


『……ふむ。では貴女のことは真名まなを許されるまで、姫と呼ぼう』


 ダメもとで言ってみたら、氷竜――セフェリノはすんなりと聞き入れてくれた。おお、何でも言ってみるもんだね。


『ソレールの王族よ、いるのだろう?』


 大気を介さない呼びかけは離れた王子の所まで届いたようだ。礼装の白いマントを翻して歩いてきたエリー王子は、あたしの横に並ぶと静かに膝をついて礼をとった。


「お目にかかれて光栄です、エストレージャに君臨する氷雪の王よ。わたくしの名はエリーアス。ソレール国王オルランドの第一子です」


 表情も態度も硬い。よく見ると握りしめている拳が白くなっている。氷竜を前にしてひどく緊張しているようだった。

 セフェリノは王子に顔を寄せ、鼻を鳴らした。


『――姫の兄にしては、似ていないな?』


 ぎくりと強張ったのはあたしも同じだった。

 臭いなの!? 動物の勘!? 早くも身代わりがバレそうだと動揺するあたしに、素早く平静を取り戻したらしい王子が、自然な笑顔を向けてきた。


「そうかも知れません。わたくしは父に似ておりますから。妹は母譲りの黒髪で、面立ちも母によく似ております」


 うわ、なんて爽やかスマイル。疚しいことなどありませんとばかりだ。あたしと美少女のディアナ姫は黒髪以外共通点がないのに嘘八百もいいところだよ、エリー王子。あなたなら主演男優賞を狙える。


「あちらの神殿に用意が整っております。ご案内いたしましょう」


 さりげに話をそらした王子が指す方向を見やり、セフェリノは畳んでいた翼を開いた。

 神殿ってどこなの? 巨体が邪魔であたしから見えないんだけど、退けてくれないかなー。


『よい。我が翼の方が速い』


 場所を確認したらしいセフェリノは、むんずと前足で神殿への同行者を掴んだ……つまり、あたしを。


「うっひゃっひゃアっ!? つめっ、冷たいわっ! 離せ馬鹿リノっ!」


 出しぬけに氷の爪に捕らえられ、悲鳴と罵声をミックスしてセフェリノにぶつけた。いきなり身体に氷を押しつけられたら人間誰だって怒るよね!? 優しく掴んでるつもりか知らないけど、基本的に硬いし冷たいしでっかいからっ。鷲掴みって表現がぴったりだよ!


『……すまない。では』

「う、ぐ、ひぃあぁぁ~~っっ!!」


 再チャレンジすんなっ!! というあたしの抗議は言葉にならなかった。

 前足を離したセフェリノは、今度はあたしのドレスの腰部分をパクリと咥えて宙吊りにしやがったのだ。

 命綱もなしに突如空中十数メートルに吊り下げられたあたしは、ぶらんぶらん揺れながら恐怖に顔を引きつらせていた。気のせいじゃなかったら、ドレスの布地からピッ、ビッビビッ……と不吉な音が聞こえるんですけど。本気でダイエットしなきゃ。

 地上のエリー王子はあたしを見上げ、赤じゃなく青い顔をしていた。アングル的にはあたしも照れなきゃいけない場面だけど、青ざめるしかないよこの高さじゃ。

 王子、腕を広げた心意気は買うから、走ってシーツ取ってきて。メイドさんと一緒に広げてスタンバってもらった方が生存の確立は高いと思うの。


「……セフェリノ、下ろしてくれない? あたし飛ぶより歩く派なの。ぶっちゃけ咥えられてると、かかる息が冷たいしさ」


 セフェリノが呼吸をするたび、凍りつく息がスーハースーハーと腰にかかる。女の子は下半身を冷やしちゃいけないのだよ。


『私とともに行くのが嫌なのか? 背に乗せようか?』

「そういう問題じゃないでしょ! 背中だって氷で掴むところないじゃないっ、つるっと滑って落っこちたら死ぬ!」


 あたしを咥えたまま頭に響く声。腹話術みたいだ。

 しばし考えたらしい間があき、ゆるゆると近づいてくる地面にほっと胸を撫で下ろした。


『籠はないか、王子』


 懲りない竜だよほんと。呆れて一言言ってやろうとしたら、エリー王子は驚いたことに頷いてバルコニーの奥へ合図した。

 あるんかい! とのツッコミは誰も聞いちゃくれなかった。

 運ばれてきたのは美しい装飾をほどこした二メートル四方の鉄檻だった。


 …………こんなことで文句を言のはアレだけど、囚われのお姫様が入ってるのって上部が丸くなってる鳥籠タイプがオーソドックスじゃない? 「わたしの可愛い小鳥よ~うんぬんかんぬん」って悪者に愛でられてるものでしょう。

 これ、四角いよ。鳥籠じゃなくて虫籠だよどう見ても。

 あたしはバッタかっ!? 逆らう気力がごっそりと削られた。引き上げられた入口からのそのそと虫籠に入る。

 カシャンと扉が落とされ、虫籠の天辺についた輪を噛んだセフェリノが首をもたげた。揺れて離れる地面。

 格子越しにエリー王子と視線が絡む。


 感情の読めない翠の瞳。

 ――なにが言いたいの?


 一瞬で解かれたそれを追えないまま、風を巻き起こし、あたし入りの籠を咥えたセフェリノはバルコニーを飛び立った。

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