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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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4.「トマト」も同レベル。

 人間贅沢に慣れるのはあっという間だって本当だと思います。


「姫様、果物などいかがでしょう」

「えへへ、もらいますー」


 メイドさんが差し出してくれたフルーツ盛り合わせの器から、皮を剥かれ食べやすくカットされた物を口に運ぶ。見た目はパイナップルだけど味は甘酸っぱい苺。


「…………すっかり馴染んでいるようだね、きみ」

「人生を無理やり短縮させられちゃったから、残り少ない余生を謳歌してるんです。文句あるんですか」


 エリー王子の呆れた声に、あたしは顔を上げることなく答えた。

 現在のあたしの格好は、長椅子にうつ伏せに寝て、全身マッサージを受けているところだ。あん、そこそこ! 気持いいですメイドさん~、あなたはマジックハンドの持ち主ですね。

 ゆるゆると頬をくすぐる風は、もう一人のメイドさんが巨大な団扇であおいでくれているからだ。香扇というらしい。あおぐ度、ほのかに好い匂いを振りまいている。噂のリラックスアロマ?

 フルーツを持つ人を含め、メイドさん三人にお世話されて、もうセレブなマダム気分ですよ。


「下がりなさい」


 ぎゃ、なに勝手に命じているんだ、シスコン王子。潮が引くように素早く出ていくメイドさんから間一髪、フルーツ盛り合わせの器を受け取り、しぶしぶ身体を起こした。


「ふぇ、なんにょむぐ、ほーでふは?(で、なんの用ですか?)」

「きみね、しばらく食べずにいてくれないか。会話にならないから」


 学習した王子様は二者択一をやめたようだ。しかたなく器を置いて、果汁でベタベタの口元を拭った。あたしからマジックハンドのメイドさんを奪い、食べることも奪うなんてどういうつもりなんだ。この監禁生活で食事が一番の楽しみなのに。


「これからオルランド陛下がここにいらっしゃる」


 陛下? ああ、あの失礼なオッサンか。


「わざわざ国王陛下に御足労いただくなんてすみませんねぇ。本来ならあたしが出向くべきなんでしょうけど」


 なにしろこの部屋から出られないもんですから、と針を含めて言ってやった。


「嫌味はよしてくれ……父はきみに直接礼を言いたいそうだ」

「嫌味なのはそっちじゃない。身代わりのあたしにお礼なんてさ」


 押し黙ったエリー王子に少しばかり溜飲が下がった。




+++++++++++++++




 バーンと扉が開き、仰々しく赤い絨毯が転がってくる。磨き上げた靴で踏みしめ登場したのは、エリー王子と同じ赤毛のオッサン。あの時はよく見ていなかったけど、赤毛や顔の造作に血のつながりを感じます。

 国王はまじまじと上から下まであたしを見て、ふむ、と独りごちた。


「服一つでまあまあ見れるものだな。髪色以外愛らしい我がディアナと似通う点はないが」


 デスノートに記帳なさった勇者様、永遠にお名前が消えないように極太油性マジックでなぞり書き完了ですイエーイ。


「似てないならお役御免ですよね? どうもお世話になりました」

「顔立ちは問題にならんぞ、氷竜は姫に会ったことはないからな。なぜか知らんが、黒髪であることは知っておったが」

「王子は赤毛で、王女は黒髪?」

「ああ、我が妃が黒髪なのだ。美しい髪だぞ」


 自慢げに語る国王は、妻を愛し、子供を愛する良い父親なのだろう。みんな身勝手な人たちだけれど、普通の人間らしい感情を持っている。一分の隙もなく極悪人であればいいのに。

 ――なんてことを言ってみましたが、素直に犠牲になってやる気はこれっぽっちもありません。全力で恨んでやるぞ、あたしを召喚したやつらめ。


「息子からきみが身代わりを引き受けてくれると聞いた。困難な役目だが、よろしく頼む」

「あーはいはい。どんな風に聞いてるか知りませんけど、やりますよ。拒否権なんて始めからなかったんでしょうし。こう見えてあたし、ちょっとした女優ですからオホホ。小学校のクラス劇でも知らない内に岩の役を射とめてましたからね。我慢強さには自信があります。ナルシスト王子の男子を背中に座らせ十五分の独白シーン! 重いわ噴き出しそうだわで大変でしたが見事耐え切った輝かしい実績!」

「な、なんだかわからんが、とにかく頼んだぞ」


 胡乱な眼で高笑いすると、国王はそそくさと出ていった。従者がころころ絨毯を巻き取りその後に続く。毎度ああしているんだろうか? すっごく人件費の無駄に思えるんだけど。


「――きみは父相手にも物怖じしないんだね」

「あたしの国には身分制度がなかったからじゃないでしょうか」


 眼を丸くして日本のことを尋ねてくる王子の相手が嫌になり、あたしはゴロンと長椅子に寝転ぶ。

 うーん。こっちにきてから食っちゃ寝生活だ。もう体重計乗れないや。


「姫様、お湯の用意が整いました」


 しずしずと続きの間から現れたメイドさんが告げた。

 うっしゃ、気分転換にひとっ風呂あびてくるかぁ!

 気合一発頬を叩くと、王子が「男らしいね」と言った。翠の眼は節穴か、花も恥じらう乙女に失敬な。


「あのさ、エリー王子。メイドさんたちに姫様って呼ぶのやめさせてくれない? 柄じゃないから」


 あたしが言っても彼女たちは頑なに聞いてくれない。

 エリー王子は得たりと頷き、「じゃ、きみの名前を教えてくれるね?」とのたまった。妙に嬉しそうなのはなんで? 別に焦らしプレイってわけでもなかったんだけど。マゾ王子か。


 ――名前なんていらないんでしょ、あなたたちは。

 氷竜が来れば呼ぶことも、ましてや歴史、文書に残すこともない身代わりの名前なんて、知ってどうするの?

 ねえ王子様。あたしはお姫様の影だって、代わりに散らすことでこそ価値のある命だって、あなたたちが押しつけたんだよ。


 ゴンザレスとでも名乗っておこうかな。

 いやいや、一時の誘惑に負けちゃ駄目。これから氷竜と会うまで美人のメイドさんたちに「ゴンザレスさん」と呼ばれ続けるのはいくらあたしでも嫌だ。

 名前ねー。単品だったら別にいいんだけど、セットになると親を呪いたくなるのはなんで? ハッピーセットじゃないアンハッピーセット。もれなくおもちゃが、じゃなかった「ダジャレかよ」と笑われおもちゃにされる過去がついてきます。


「あたしの名前は、山本山、よ」


 うちの親はセンスがない。絶望的なセンスがあるともいえるけど。

 漢字で書くとまた格別。「しんぶんし」レベルの回文ですよ。普通グレますよ?


「ヤマモトサン? 変わった名前だね……あ、さんはひょっとして敬称?」

「はいブー。既出です。そのツッコミには目新しさがないので不合格。大体ねえ、自分で名乗るときに敬称なんてつけないでしょうがっ、イタイわ!」


 あんたは、「僕はソレール王国の王子様です」って名乗るのか!


「言っておくと、山本が姓で、サンが名前だからね」

「サンか……きみのこと、サンと呼んでもいいかな?」

「ヤです。なんで名前呼び? 今まで通りキミでいいですよ」


 冷たくあしらったのに、エリー王子は食いさがってきた。


「せっかく名前を知ったんだ。名前で呼びたいよ。サンが駄目なら、サンちゃん? サンさん?」

「あーあー。サンさんは笑えますよね、山本さんではフルネーム言ってるようですよねーってその手の会話は飽きましたのですごく面倒臭いです。割愛しましょう。もういいですよ、サンで」


 子供のころから恒例のやりとりが面倒で、名前呼びを許可した。あたしも勝手にエリーアス王子の名前を縮めてるしね。


「じゃあ、僕はきみのことサンって呼ぶよ、いいんだね?」

「どうぞご自由にー。で、メイドさんに言ってくれるの、くれないの?」

「氷竜が来てから名前を呼ばれる危険をおかしたくない。きみは賓客だと説明してあるから、お客様でどうかな?」


 許容範囲、かな。姫様よりはるかにマシ。

 この王宮もスパやエステのついた豪華リゾートホテルと思えば、「お客様」と呼ばれることに強い違和感はない。


「それでいいです。じゃあ用はすみましたのでお帰りはあちらー」


 しっしっと手を振り扉を指すと、「言い忘れていたけど、明日ディーがサンに会いに来ると言っていたよ」と言い残し、エリー王子は出ていった。

 ディー? ディアナ王女か。

 う~ん、どんな娘なんだろうな。


 考えていたのは一瞬だけで、湯浴みをし、豪勢な晩餐に舌鼓を打ってベッドに入ったら、お姫様のことなどころっと忘れて寝てしまった。

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