3.七つもいらないらしい。
「いいかげん名前を教えてくれないか、きみ」
「べっつにー。名前なんて知らなくていいじゃないですか。キミでもシロミでも好きに呼んでくださいよオウジサマ。ホシクサでもミミズでもニクでもいいですよ、マツザカギュウでも」
「マツザカギュウ? きみ、マツザカギュウって名前なのかい?」
「んなわけないでしょっ、牛の品種名! あれ、でもそのものズバリだから、それでもいいのかも?」
「自虐的だね……」
エリー王子の言葉にはあえて答えなかった。
召喚からあけて翌日。氷竜の宣告から十二日目だ。ああ、あたしの余命もあと三日。
「お待たせいたしました」
カラカラと車輪を回し、いい匂いを漂わせたワゴンを押してメイドさんが入ってきた。白いテーブルクロスがはらりと宙を泳いだかと思うと、煌めく銀食器が熟練のスピードと、でも優雅さを失わずセットされ、テーブルの上ところ狭しと御馳走が並んだ。
うわぁ豪華! 王族っていいもの食べてるなー、庶民舐めてるなー。
「じひゃふへぐぐっ、ひもはろうってもんへぐふっ(自虐的にもなろうってもんですよ)」
「…………何を言っているかわからないから、食べるか喋るかどちらかにしてくれないかな」
「ひゃ、はへばふ(じゃ、食べます)」
お上品な王族様は見ていられないというように目をそらした。
人間自棄になったら、食い気に走るんです。少なくともあたしは。
おいしいなーこの鳥っぽいものの丸焼き。翼が四つあるみたいだから鶏じゃないだろうな。紫の殻の卵に穴を開け、スプーンですくう。色は変だけどクリームチーズみたいな味だった。濃厚なソースがかかった魚のムニエル。香ばしい焼き立てパン。スイーツはベリーのタルト。おいしーい!
「よく食べるね」
「最後の晩餐ですから」
「きみっ、朝もそう言って食べてただろう!?」
「いいじゃない! あと三日で永久にごはん食べられなくなるんだから、ケチケチすんな王族が!」
「そのことだけど」
コホンっと咳払いし、改まった顔でエリー王子は切り出した。
「氷竜は古に交わした習わしに従い、婚約期間があってね、三十日間は花嫁と一緒にこの城に滞在する。その後、花嫁を連れてエストレージャ山脈の巣穴へ帰るんだ」
「婚約期間? クーリングオフききますか!?」
「くーりん? よくわからないけど、三十日間は身の安全を保障されるよ。氷竜が本当に娘を娶るのは巣穴に帰ってからだからね」
本当にって曖昧に言葉を濁したけど、あれだよね。肉体的接触。艶っぽい方じゃなくて、頭からバーリバリ、げっふー美味かったぜって方。
「はい先生質問です、ちなみに嫁いでから里帰りした娘さんはいらっしゃるんですかー」
「残念ながら、そういう話は歴史書を遡ってもなかったね」
「ようは死んでんじゃん!」
否定しろ馬鹿王子。遠い眼してんじゃない。
「どうどう、落ち着いて。僕たちだってきみを無碍に扱おうというんじゃないんだ」
「馬扱いするのをやめたら信じてあげないこともないですよ。あたし、馬刺しに改名しましょうか?」
陰険じいさんを見習ってニッコリ笑ってみたら、エリー王子の顔が引きつった。
ふん、自分たちがやってること突きつけられてあっさり怯むようじゃ、まだまだ悪役として未熟ね。
「……きみのためになる話なんだ、大人しく耳を貸してほしい」
「あたしに寿命が三十日延びたことを喜べって言うわけ?」
「うまくいけば、死ぬことはなくなる」
なぬ? 無期限延長とな。
いまだちびちびとあおっていたフルーツジュースのグラスを置き、エリー王子の方へ身を乗り出した。その話、詳しく聞こうじゃあ~りませんか。
「伝承によると、竜族は例外なく己の力の源、二つ目の心臓というべき《竜心珠》を持っているらしいんだ」
「《竜心珠》? ドラゴンボール? 七つ集めると願いが叶いますか」
「いや、そんな話は聞いたことがないけれど? 七頭もの竜に会おうだなんて自殺行為、誰も考えたことがないと思うし」
「あ、いいのいいの。お話続けてくだサイ」
エリー王子の言葉から、この世界には例の迷惑氷竜以外にも竜がいることがわかった。しかも竜に会うのは自殺行為らしい。人間をとって喰うんだから危険に違いないか。
「竜族は《竜心珠》を握るものに逆らうことができない。氷竜が三十日王宮に留まっている間に《竜心珠》を手に入れることができたら、全てをなかったことにできる。竜は己の宝物を巣穴に集める習性があるらしいから、今エストレージャ山脈に騎士団が向かっているところだよ」
「騎士団ですかー。それっていつ出発したの?」
言い淀んだ彼は、「……宣告を受けた翌日だ」ともらした。
「ほっほう。“きみのためになる”ねぇ……しっかり手は打ってるんじゃない。それでもあたしって保険をかけたわけだ」
騎士団が出発したのは宣告の翌日。作戦は《竜心珠》の奪取。
心おきなく《竜心珠》を探すため、氷竜を王宮に留めておくことができる婚約期間は不可欠である。身の安全を保障される三十日間、それすら身代わりを立てたのはどうして?
万一失敗したときは、その身代わりがお姫様のかわりに氷竜に食べられる、と。
恩着せがましく言うなっての。
最初っから最後まで、この国のやつらはあたしの命なんてどうでもいいと思ってる。
「えげつなー。それってあれでしょ、命が惜しくば言うことをきけってことでしょ? とうとう下剋上することにしたの?」
よほどの馬鹿じゃない限り、読めるだろう。
長い間氷竜の恩恵に浴していた国。
失敗すればお姫様を失うだけじゃなく、氷竜の怒りも買うかもしれない危うい作戦。
手にしたものが竜を支配できる《竜心珠》。
たしかに、もともとの発端は氷竜が花嫁としてお姫様を望んだからだろう。だけど、お姫様を救い出したあとは?
力ある竜を思い通りに操れる《竜心珠》を手にした者はなにを思うだろうか。庇護を受けつつも恐れ、逆らうことができなかった強大な存在の上に立つ人間は。
赤毛の青年は不快そうに眉根を寄せた。
「……きみには関係ない、我が国のことだ」
「一方的に巻き込んでおいてよく言えますね、恥知らず」
苦渋の色を浮かべ、エリー王子は背中を向けた。
「とにかく、きみにとって悪い話ではなかったはずだよ。ゆっくり考えてみて」
扉の向こうに消えるまで見送って、ふう、と溜息をついた。
エリー王子の話からあたしの役割がわかった。
身代わりの花嫁として、三十日間氷竜のご機嫌をとること、その際騎士団が《竜心珠》を狙って巣穴に向かっているのを気取られないようにすること。
「いっそ全部氷竜にバラしてやりたいけど……」
エリー王子は説明とは別に、釘を刺しに来たんだろう。
あたしだってまだ死にたくない。
騎士団の作戦が成功すれば命が助かるのだ。協力せざるを得ない。
「死なばもろともこの国を道連れにしてやろうと思ってたのに、本当あざといなぁ」
のろのろとベッドに倒れこんだ。くるりと身体を丸め、自分で自分を抱きしめる。
なんだか疲れてしまった。寝よう。
「ぅうっぷ……逆流する……」
……コルセット締めすぎじゃないですか、メイドさん。ジュースとかその他モロモロがこみ上げかけ、慌てて大の字になった。
断じて食べすぎではないですよ。だってあたしはダイエット中の乙女だモン☆