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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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26.真相。

 エリー王子が跪く姿を見るのは二度目だ。白い礼装は煤けた服にとって変わり、ブーツの爪先は黒く焦げていたけれど。

 王子は硬い表情で唇を湿した。翠の瞳は覚悟を決めたようにまっすぐセフェリノを見つめている。


「その娘は妹のディアナではございません……貴方を謀る真似をしたことをお許し下さい」

「……騙してて、ごめんね。あたしはどこにでもいる普通の子で、お姫様じゃないの……」


 王子が認めると同時にあたしの足場も崩れた。

 守護と繁栄の引き換えに差し出された花嫁は王国側の餌。喰いついた竜を獲り込んで、王国の隷獣となすために仕掛けられた罠。

 やさしくしてくれたのは、ディアナ姫だと思ってたからだよね。

 嘘をつかれているって、悲しいね。

 セフェリノにはこの国やあたしに対して怒る権利がある。

 嘘をついているのは苦しいよ。……少しは王子も苦しんでくれてたのかな。


 身代わりの役目は終わったのに、元の世界には帰れない。王女でもソレールの国民でも、ましてやこの世界の人間でもないあたしってなんだろう?

 求められているのは国の守護者に並び立つ王の娘、国民に愛されるお姫様だ。間違っても異世界の小娘じゃない。この腕はあたしの居場所じゃないんだよ?

 騙していたことを怒っていいのに……どうして緩い拘束は解けないの。


「――王族でないことは、はじめから気づいていた」


 静かに返る言葉に驚いたのはあたしたちの方だった。セフェリノは間抜け顔のあたしを見下ろして苦笑した。


「そう意外でもないだろう? 匂いだ。王族につきものの魔力が香らない。血の薄まりかと思えば、兄と名乗る王子は強い魔力を身に宿している」


 初対面のあれは、やっぱりカマをかけられてたんだよエリー王子。

 急に気が抜けた。あたしがディアナ姫じゃないって知ってたんだ。


「あたしのこと、怒ってるんじゃないの……?」

「貴女に怒る? どうして?」


 可笑しげに口の端が上がり、金色の瞳に熱がこもった。黄金は硬質ではなく、火を入れれば蕩けるのだという眼差しに魅入られて、逸らせなくなる。


「……なんで騙されてるとわかってて文句を言わなかったの? あたしが、黒髪だったから?」

「黒髪ならばいいと思っていたのは本当に最初の頃だけだ。視線を交わし、言葉をまじえ、貴女という人を知るうちに惹かれていった。私は貴女の目にどう映っているのだろうか。恐るべき竜、翼のある蜥蜴、口を利く獣、それとも――?」


 あたしの髪を指に絡め、口づけて零された吐息に肌がぴりっとした。解放された黒髪がさらさらと身体に寄り添ってきても、言いようのない緊張に囚われて息苦しいままだった。

 髪に頬に、触れてくるセフェリノは嬉しそうだ。ギリギリのラインを掠めるように下唇の輪郭を辿られ、いっそ噛みついたら指が止まるのかもと沸騰した思考が囁く。


「偽りを知っていると告げれば貴女を失うかもしれず、何かに悩んでいる様子を見ていることしかできなかった。……事情を話してくれないかと願っていたが、召喚術だと?」


 一転、エリー王子に問う声は冷たくて一気に頭の血が下がる。あたしに向けたものとは別人に思える凍てついた双眸。エリー王子は深く俯いた。


「ディアナの身代わりとして、貴方のお気に召す者をと請うて異世界から呼び寄せました」

「召喚術は禁呪だろう。理を乱してまで得ようとしたのは《竜心珠》か、我が力か? 強欲だな」

「……わたくしへのお怒りはもっともなもの。いかような罰も承りますが、どうかこの国をお見捨てになることだけはっ」

「虫が良すぎるぞ! 約を破り、欺き、罪なきものを巻き込んでまで欲しがったものを――くれてやろうか?」


 ふぅっと洩らされた息は今は熱い。けれど一たび竜に戻れば絶大な威力を持つ。王国がもっとも手に入れたかったであろう、兵力としての氷竜の“息吹”。

 あたしはすぐにでも竜に戻りそうな気配を膨らませる胸に縋りついた。


「だめっ、やめて! セフェリノには人を傷つけて欲しくないっ」


 彼が怒るのは当然だと思っていたのに、怖くて嫌だった。完全にあたしの我がままだけど、サルバドール老師のように誰かが傷つく姿も、セフェリノが人を傷つける姿も見たくない!


「……貴女を粗略に扱った輩でもか」


 うん、と頷いたあと見上げた瞳は、苛立ちではなく呆れを含んでいた。

 ややあってくしゃりと髪を撫でた手があたしの肩に回り、くるんとエリー王子の方を向き直らされた。

 え、なになに?


「名を、王子。次期国王としてソレールの意を表するのなら、誓え」


 それはどんな意味を持っていたのだろう。拳をきつく握りしめた王子は「はっ」と短く返事をして顔を上げた。浮かぶのは緊張と、わずかな安堵? 少なくとも焦燥は感じられなかった。


「――御身に我が真名を捧げます。わたくしの名はエシェルデュカリアス。この命の続く限り、ソレールの守護者たる氷雪の王とその伴侶殿に、忠誠と恭順を誓います」


 王子はうやうやしく額突く。セフェリノが鷹揚に受ける側で、難解語でしゃべらないでよとあたしは唸っていた。

 ……むぅ? 真名って言った?


「ちょ、ちょっとまってエリー王っ、じゃないっ……えしゅ、え、えでゅあす? とにかくっ! みだりに名前を教えちゃいけないんじゃなかったの!?」

「普通の場合はね。だから真名を捧げるということは、相手に誠を誓う証になる」


 ……ま、まあ、好き勝手に身体を操られた経験があるから誠意の証なのは理解できるけど……。あたしにまで真名を教えてよかったのかな。

 ちらりと横目で窺うと、腕組みしたセフェリノは眼を眇めて王子に言った。


「“エシェルデュカリアス”、飛べ」


 尊大に下された命令。

 と、飛べって? 翼もないのに、と慌てて視線を戻すと――ぴょんと跳ねる王子の姿が。


「伏せろ。立て。回れ」

「せ、セフェリノっ……やめてあげて」


 次には「ワンと鳴け」とでも言いだしそうなセフェリノの腕を叩いて止める。

 竜族は呪法具がいらないってこういうこと? 魔力の乗る声で従わせることができるから、王子たちはセフェリノに名前を教えるなって言ってたんだね。

 「まだ気が晴れぬ」とぼそりと呟くセフェリノは許したわけじゃならしい。

 でもさ、ぐるぐる回ってる王子わりと涙目だから、今日はこれぐらいにしてあげようよ。


 あたしも竜の眷属だから同じことができると言われたけど、丁重にお断りしました。

 成人男性にお手とかお座りとかさせられません、乙☆女として。

 決してエリー王子の真名が覚えられないということではないですよ。

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