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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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25.いつでも、彼だけが。

「ところで、エリー王子?」


 声をひそめた呼びかけに、「痛い、理不尽だ……」と隅っこで呟くセフェリノを眺めていた王子が顔を戻した。戦く目が気に入らない。被害者はあたしよ、あたし!

 屈んで屈んでー、とチョイチョイ手招きをする。


「……あのさ、“剣”は壊れちゃったけど、かわりになるものはあるの?」

「道具は換えがきく。術者も揃えることができるが……」


 言外に含めた意味に気付いたようで、彼は中身を失った鞘に手をやった。

 よかった。呪法具が壊れてどうなる事かと心配したけど、弘法筆を選ばずらしい。王子たちが無理なら、本当にこの国を出て帰る方法を探しに行かなきゃいけないかと思った。


「だったら問題ないよね? ――あたしを、帰して」


 翠の面に細波が立つのをじっくりと見届ける。

 王子たちの作戦は失敗したのだ。《竜心珠》を手に入れることも、アヒルを失い身代わりを強いることもできなくなった。あたしがこのまま花嫁に甘んじるとは彼も思っていないだろう。もちろんそんな気はさらさらございません。

 つまり、お役御免。晴れて自由の身だ!

 ああ、早く帰りたい。

 お父さんとお母さん、みんなあたしを捜してるだろうな。一人夏休みかってぐらい学校休んでるし、授業につていけるかな。うう……ノートを写させてもらう見返り、ハンバーガーじゃ効かないかも。

 そうだ、帰ったらお父さんに肩叩きしてあげよう。お小遣い目当てじゃなくて親孝行で。お母さんの作ったごはんが食べたいなあ……きつね色に焼けた卵焼きを考えただけで涎が出そう。

 カラオケで歌ってすっきりしたい。今度こそジャイアンの称号を返上してやるんだ。

 いつもみたいにみんなで馬鹿話して、ちょっとだけ愚痴を聞いてもらうの。笑われるかもしれない、夢みたいな話。氷の竜と異世界で体験したことを――。


「今すぐにでも帰りたいけど、サルバドール老師の傷が治るまでは待つわ」

「……きみを帰すことはできない」

「この後に及んでそれはないんじゃない? ナイショ話な意味わかってる?」


 氷竜との約束を破ったのは誰? それでも守護が欲しいのはどっち?

 あたしも加担した計画だから諸刃の剣だけど、全部暴露したっていいんだから、と睨みつければ、エリー王子は苦渋を滲ませた顔で緩慢に首を振った。


「きみに黙っていたことがある……ぼくらは帰さないんじゃない、還せないんだ。呪法具や術師の問題じゃない。ただ、きみを還す方法がない」


 方法が、ない? 

 エリー王子の言っていることがよくわからない。


「……どういうこと?」

「召喚術とは、“我らにとって都合のよいものを呼び寄せる”。物であるか動物であるか自我を持つ人であるかに拘わらず、一方的に召喚し、還す術がない」

「ないって……王子たちには使えないって意味?」

「いいや、方法が存在しないという意味だよ。そして召喚対象となるのは魔力のないものに限られる。あまりに非人道的――故に召喚術は、禁呪となった」

「…………あたしを呼び出した召喚書は? 元の世界に帰す方法が載ってるんでしょっ? だって取引に使ったじゃない! だからっ、だからあたしは!」


 食べ慣れない食事も、動きにくいドレスも、習慣の違いも我慢した。一人の人間として見ない人たちの中で、唯一やさしくしてくれた氷竜を騙すことにも耐えられた。

 王子たちの協力を拒んだ時だってこれだけは信じていた。彼らに頼らなくても方法はある、いつかは家に帰れるって、信じていなければいけなかった。――疑ったらあたしがオカシクナル。


「言ったでしょう? 帰してあげられるかはあたしの態度次第だって! この国じゃなくたってどこかに帰る方法はあるんだよねっ? ねえっ! ねえったらっ!!」


 問い詰めようとした声は悲鳴みたいな金切り声になる。

 王子はまっすぐにあたしを見た。食い縛った歯から絞り出された言葉は「……すまない」という謝罪だった。


 あたしには魔力がないと言ったのは王子とサルバドール老師だ。

 それってあたしが異世界の人間だから?

 違う、彼らは最初から知っていた。召喚の“対象”者に魔力はない、と。

 いきなり召喚されて素直に状況を受け入れられる人間はごくわずかだろう。暴れたり反抗したらどうするか? 魔術でもってねじ伏せればいい。自在に炎を操る魔術師なら簡単なことだろう。あるいは元の世界に帰してやるという条件を出して従わせれば。実際に方法がなくたって黙っていればわからない。魔力のない者がどうやって真実を確かめられる?

 ……どこまでも外道な魔術だ。ずっとずっと禁じていればよかったのに。

 肩の力が抜けた。だらりと脇にたれた腕を動かすのも億劫だった。


「……嘘、ついてたの?」

「……そうだよ」

「あたしは、二度と家に帰れないの? お父さんにも、お母さんにも、もう会えないの? 友達にも?」

「ああ、そうだ」

「…………それもっ、うそだっていってよぉっ……」


 目許に熱が集まる。視界の下の方から世界が溺れていく。

 泣きたくない。泣いたら認めたことになる。


 また騙してるんだ。

 きっとそう。

 でも、なんて……真実味のある嘘なんだろう。


 息を吸おうと思ったらグッと喉が奇妙な音を立てた。お腹の中から震えが上ってくる。こらえきれずにしゃくりあげたとき、揺らめき水没した世界がくるりと流れた。

 背中に回された腕によってきつく抱き寄せられ、温かな壁に鼻をぶつける。目を瞑ってぐり…と額を押しつけたら、なだめるように頭を撫でられた。


「――やれやれ、次から次に貴女を泣かせる輩が現れるな。いっそ城ごと凍らせてしまおうか?」


 顔を埋めていた胸にごつんと頭突きをかました。涼しい声が「冗談だ」と言ったけど、かなり本気に聞こえたよ? 氷がつくのに意外と過激な性格なんだもん、この氷竜。


 しがみつくあたしの背を擦る手はやさしい。

 この世界に来てから、泣いたときに慰めてくれるのはいつでもセフェリノだった。離れなきゃとわかっていても、すっぽりと抱き込まれた腕の中の居心地が良すぎた。

 “護られている”という安心感に満たされる。

 甘える資格なんてないのに、もう少しだけ、嗚咽がおさまるまで……と言い訳する弱い自分がずるくて嫌になる。




「……ありがと、セフェリノ」


 ふうっと大きく深呼吸して息を整える。

 甘えるのはおしまい。泣くのもおしまい。じわじわ湧いてくる涙をぎゅうっとくっついてセフェリノの服に吸いこませ、顔を上げて……微妙な表情にいそいで付け加えた。


「は、鼻水はまだ拭いてないから」

「……涙も拭けてはいない」


 大きな手に頬を包まれ、目の下に触れた親指が目尻へと滑って涙をぬぐわれる。反射的に目を閉じたら残っていた涙が押し出された。

 あっと思う間もなく瞼の上に影が差した。素早く左右の頬を啄んだ正体がわかりぎょっとして目を剥くと、金色の瞳を細めて「人身でも塩辛いな」とセフェリノが唇を舐めた。

 顔が熱い。今ならこの熱で涙も蒸発させられる気がする……!

 抜け出そうとしてもなぜか腕が緩まなかった。彼は妙なところで意地悪だ。竜の姿の時に受け入れた手前公然と文句も言えず、あたしはひたすら叫び出したい衝動と戦うしかなかった。


「さて、どうして私のサンが泣いているのか説明してもらおうか、王子?」


 エリー王子が息を詰まらせる。

 緊張に身体が強張るのはあたしも同じだった。


 ――ついにセフェリノに真実を話す時が来たんだ。

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