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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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21.望まぬ支配。

 時間が経つにつれ、全力で抵抗してぎくしゃくしていた身体の動きが滑らかになっていった。

 魔術は遅効性の毒のようにあたしを蝕んでいた。本来の意識は片隅に追いやられ、魔術によって作られた人格が身体の主導権を握っているみたい。


 ……神殿への距離はこんなに短かったかな。

 永遠に着かなければいいと思っていたのに。ああ、出迎えてくれるセフェリノが見える。


「おかえり」


 近づかないでと警告したかったのに、口を動かすことができない。返事もしないあたしに、途惑った顔をしたセフェリノが傍へやってきた。なにかに気づいたようにクン、と鼻を鳴らし、みるみる顔色が変わった。


「……この臭いは何だ? どうして姫から魔術の気配がする?」


 あたしは無視して神殿の中に入った。用心のために隠してあった巾着袋を取り出す。

 ……笑い話だ。大事な《竜心珠》を取られちゃいけないからなんて、誰を警戒していたんだろう。最大の敵は自分自身だったのに。紐を解き、袋の中に手を入れた。


「姫? 城で何があった?」


 肩を掴まれ、強引にセフェリノの方を向かされた。

 でも遅い。あたしの手はすでに《竜心珠》を握りしめていた。


「うるさいなあ。黙っててよ、“セフェリノ”」


 効果は覿面だった。空気の塊を押し込められたみたいにグッと喉を鳴らし、セフェリノは辛そうに表情を歪めた。無理やり言葉を奪われて噛みしめられた歯が軋る。なぜ、と問いかける金色の瞳に射抜かれ、心の中で「やめて!」と叫ぶのに、身体は。


「一緒にお城へ行こうね。エリー王子が待ってるから」


 《竜心珠》を両手で握りしめ、あたしは神殿の扉へと向かった。止まれと念じる脚も声もなにひとつ自由にならない。

 少し遅れて響く二つ目の靴音を絶望的な気分で聞いた。

 セフェリノがついて来ることは振り返らなくても知っていた。逆らいたくても逆らえない、真名の強制力だ。


 ごめん。ごめんね、セフェリノ。

 どうすることもできない自分が歯がゆくて、胸が引き裂かれるように痛んだ。




 +++++++++++++++




「わたくしはサルバドールと申します。御目にかかれて光栄でございます」


 出迎えに立っていたサルバドール老師が礼をとり、セフェリノに挨拶した。沈黙しか返らないことに対し、老人が窺うようにこっちを見たので説明する。


「あたしが黙ってって言ったから、喋れないの」

「――ほう、《竜心珠》というのは噂にたがわず強力な力を秘めておるのですな」


 皺の奥に光る眼が値踏みする色を浮かべた。嫌な眼つきだ。

 すぐに好々爺の表情を取り繕ったサルバドール老師に案内され、連れて行かれたのは閑散とした大広間だった。人気のない中央にエリー王子が佇んでいた。


「ようこそおいで下さいました、氷雪の王よ」

「殿下、彼の御方は娘の言により話せぬそうでございます」


 王子の目配せに「もう喋ってもいいよ」と言うと、セフェリノはあたしを庇うように前に出た。本性と同じくひやりと凍てつく声で問いかける。


「これは何の真似だ? なぜ姫に魔術をかけた」

「考え直して頂きたいと思ったのです。貴方の望まれたディアナは唯一の王女。妹と離れるのは両親もわたくしも耐えがたく辛いことですから」

「抜け抜けとっ……では守護は要らぬと言うのか? 遥か昔、我が一族とソレールの王族が結んだ約、今ここで破棄すると?」

「いいえ。ソレールは貴方の御力なくしては立ち行かぬとご存じではありませんか」

「戯言も大概にせよ! 守護のみを得たいなどと虫の良い話を持ちだすのではあるまいな」

「それこそがわたくしの申し上げたかったことです」


 反射的に動き出そうとした背中に手伸ばし、服を掴んで制止したのはあたしだった。セフェリノはどうして止めるのかという顔をして振り返る。違う、あたしの意思じゃないの!


「二人に危害を加えちゃ駄目だよ、セフェリノ」


 エリー王子たちのために、身体が勝手に動く。「止めろ」とアヒルに囁かれたら逆らえない。一番守りたい存在を追い詰めてしまう。

 セフェリノは苛烈な視線をエリー王子に送り、振り切れなかったあたしの手をそっと外して荒げた息を吐いた。


「……何が望みだ?」

「隣国イスラへ赴く折に同道し、力を貸して頂きたいのです」

「侵略か」


 抽象的に言っても敏いセフェリノが気づかないはずがない。嘲る言葉に滲む響きは、人間の業の深さに倦んでいるようだった。


「人聞きが悪いですね。少しばかりイスラとの国境を正したいと思っているだけです」

「言い換えて誰を欺く。我か己か民か? 詭弁を弄しても事実は変わらぬ。力を貸す気はない」

「……残念ながらわたくしの願いは聞き届けて頂けないようだ。ですが、ディアナの言葉なら貴方も頷いて下さるはずだ」


 この場にいる誰もがわかっていた。エリー王子の優位は揺るがない。あたしの手に《竜心珠》がある限り、王子の手にアヒルがある限り。


「貴方は迂闊にもディアナへ真名と《竜心珠》をお与えになった」

「迂闊だと? 我が伴侶を定めるのに、お前ごときが何を迂闊だと判じることができる」

「失礼いたしました。互いの真名を交わす前に《竜心珠》をお与えになったことは、慎重な竜族らしくないと思ったのです。――それほどお気に召されましたか?」


 見えない火花が両者の間で散った気がした。

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