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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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19.仕組まれた罠。

「《竜心珠》は巣穴にあるんでしょ。自分たちが見つけられないからって言いがかりはやめてよ」

「僕たちに協力するのはきみのためでもあるんだよ。ディアナの代わりに氷竜と一生添い遂げる気かい?」


 あの化物と、エリー王子はセフェリノをそう呼んだ。あたしがこのまま身代わりを続ければ、なし崩し的にセフェリノの元へ嫁ぐことになると言いたいんだろう。

 お生憎さま、城に残るぐらいならセフェリノと一緒に行った方がいい。……騙していたことを許してくれたらの話だけど。


「この際はっきり言っておくわ。もう協力しない。身代わりだったこともセフェリノに説明して謝るから」

「――きみは裏切るの?」

「裏切りは信頼関係があってこそ成立するのよ。あんたたちが信頼に値する行為をしたことがある? あたしを信じたことがある? 脅していればずっと言うことを聞くと思ってたなら、甘いわよ」


 険のある翠の視線を真っ向から見返す。睨まれてビビる山様じゃないんだから。

 瞬きもしなかった睨めっこは、唐突に吐かれた嘆息で幕となった。


「できればこの手段は取りたくなかったんだけれど……きみが素直に協力してくれないから仕方がない」


 思わせぶりな台詞に途惑う。王子たちの力を借りられないことを承知で協力を拒んだあたしに、日本に帰すという切り札は効力を失ったはず。氷竜と対面した以上、あたしに危害を加えるか監禁して代役を立てるのは大きな賭けだ。慎重なエリー王子が取る手段とは思えない。

 それでも万が一を考えて警戒するあたしに、彼は関係ない話題を口にした。


「きみの世界には、竜も存在しない、魔術もないと言っていたね」

「……お伽話にならあるけど」

「お伽話か」


 苦笑して、エリー王子は傍らのサルバドール老師を見た。


「サルバドールには及ばないが、氷竜と交わる王族の中に、時に強い魔力を持つ者が生まれる。僕もその一人だ」

「ご謙遜を。殿下の御力は宮廷魔術師に匹敵いたします」

「あのさ、褒め合いならあたしが帰った後にしてくれない? 大した話じゃないようだし、もういいでしょ。さよなら」


 二人だけで通じあっている空気に踵を返そうとしたら、エリー王子に引きとめられた。


「待つんだ、“サン”」


 それだけで足が動かなくなった。ぴたりと靴底が床に吸いつき、縫い止められてしまったように動かせない。床に瞬間接着剤でも塗ってあったのかと思ったけれど、すぐに違うと気がついた。

 靴じゃない。脚が動かせないんだ。


「不思議そうな顔をしているね? この世界において、人は二つの名前を持っている。産まれた時に授けられし秘めたる真名と、一般的に名乗る名をね。エリーアスは僕の二つ名だ」

「ま、な?」

「きみの世界にはなかったんだろう、だから危機感もなく名前を教えてくれた。真名は人の本質を表し、また核であるもの。きみの一つしかない名は必然的に真名となる。みだりに他人に教えてはいけないよ」


 そんなこと知らない。

 名前は相手を呼ぶためのもの、自分を呼んでもらうためのものだ。


「特に、魔力の強い者には真名を教えない。知られたとしても呼ぶ許可を与えてはならない。真名を許すということは、身を預けるということだから。ともすれば意のままに操る魔術をかけられてしまう。――きみのように」


 逃げ出したいのに動かない脚。

 エリー王子にしつこく名前を尋ねられた訳、名前で呼びたいと喰いさがったのはどうしてだったのか、理由が今わかった。


「人間一人を操る魔術はとても高度なものだから、決まった条件が整っていないと使えないんだ。術を成す強い魔力。対象の真名を知り、呼ぶ許可を与えられていること。そして媒体の呪法具となる、対象の身に馴染んだ物が必要になる」


 身に馴染んだもの? 召喚されて日の浅いあたしに、この世界で馴染んだ物なんてないはずだ。下着すら身に着けていない入浴中に召喚されたんだから。


「きみから手放してくれてよかったよ。ぶつけられた父上は気の毒だけれど」


 笑いをこらえるエリー王子の手に乗っているのは、黄色いおもちゃ。お風呂に入るときにいつも浮かべて遊んでいたアヒルだった。表面を禍々しい文字が取り巻いている。


「甘いのはきみだ。僕たちが準備もなく氷竜の前にきみを出したと思っていたの?」

「なまえ……真名を知った後だから、セフェリノと逢わせたのね」


 あたしが自分の意志で協力しなくなっても困らないように。

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