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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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2.シスコン王子の言い分。

 異世界召喚ってもっとさー、待遇いいもんじゃないの?

 聖女様とか救世主とか、あたしがそんな柄じゃないと言ってしまえばそれまでなんだけど。


「でもでもでも! ドラゴンの生贄ってどうよ!? しかも身代わりのイケニエっ!」


 ぼふぼふとクッションを殴りつける。あたしの剣幕に、どうやら説明係を任されたらしい赤毛の青年、エリーアス……エリーでいいや。エリー王子は困った顔をしていた。


 ここは、あたし用にしつらえられた部屋。ぶっちゃけ自分の部屋が五個くらい入る広さで、調度品はどこの美術館からかっぱらってきたんですか、と尋ねたくなる高価そうな年代品だ。

 天蓋つきのベッドって、今じゃ少女マンガの中にもでてきませんよ。

 温かいお風呂でさっぱり、が、汚い床で水遊びに強制チェンジさせられたあたしは、まず最初に身を清めることを要求した。

 通された湯殿はまだお湯がはられていないということで、やむなく水ごり。「湯冷めする風邪ひく鼻水でる」とガタガタ震えて戻ってきたら、着替えにいわゆるドレスというものが置かれていた。

 日本の女子高生が一人で着られるわけないですよねー。

 タオルを巻きつけ忍び足で脱衣所を出たら、待っていたらしいエリー王子と鉢合わせした。「……召使いを呼んでこよう」くるりと踵を返した王子の耳は赤く。

 全裸を見やがったくせに、なぜ露出の少ないタオル姿で赤くなるんだろう。男って謎。

 ドレスはわらわらと集まってきたメイドさんに着せてもらった。寄ってたかってコルセットを締めあげられ、肋骨が折れるかと思いました。

 着替えたあたしが案内されたのはこの部屋で、カウチにぐったりと寝そべり、葡萄っぽい果物を摘みつつ、エリー王子の説明を聞いていたわけだけど。


 困った顔がデフォになりつつあるエリー王子は、「生贄とは人聞きの悪い」と頬を掻いた。

 マントも貸してくれたし、人の良さそうな好青年、そう思うでしょ?

 ところがどっこい、フタを開ければこいつが全ての元凶なんですよウキー!


 なんでも、このソレール王国の北にあるエストレージャ山脈には、はるか昔から氷竜が棲んでいるらしい。

 氷竜? アイスドラゴンですか? おいおい何の狩人ゲームだよとツッコミたくなった。

 その氷竜が十日前、国王(あのむかつくオッサンだ)の夢枕に立ったらしい。幻でさえ冷気をともなう氷竜は国王にこう告げたそうだ。


 ――太陽が十と五、昇るとき、ソレールの姫を我が花嫁として貰い受ける。


 どこの兄弟が集めた童話ですかって聞きたい。

 こういう時って、騎士だか王子だかが悪い竜をやっつけにいくのがお決まりのパターンですよね。王道を踏襲しろ、馬鹿王子!


 ソレール王国は、豊かな水源と肥沃な土壌を抱える国だそうだ。農作物を潤す水を生みだすのはエストレージャ山脈に棲まう氷竜。他国はソレールの国土を涎を垂らして見つめながらも、氷竜が恐ろしくて攻め入ってはこない。

 小国でありながら繁栄を続けることができたのは、すべて氷竜のおかげ。氷の翼の下、氷柱の爪の御膝元でぬくぬくと過ごすソレール王国。

 そんなソレール王国に、氷竜は何百年かに一度、王族に若い娘を差し出せと迫るらしい。


 実に五百年ぶりの要求にビンゴ当たった現国王には、三人の子供がいた。

 一番上はエリーアス王太子。赤毛の悪魔、二十歳です。

 二番目はディアナ王女。氷竜にターゲットロックオンされた悲運の少女、十五歳。

 三番目はセバスティアン王子。ばぶばぶベイビー、八か月だそうです。年齢の開きすごい。この場合頑張ったのは国王か王妃か。

 氷竜が花嫁に望んだソレールの姫、常識的に考えてディアナ姫だろうなぁ。

 まったく部外者のあたしがそう思うんだから、国王も頭を抱えたそうだ。王妃は悲嘆に暮れて床についたと言うし。

 氷竜の要求を拒み、怒りを買えば王国存亡の危機。

 だがどうして一人娘を氷竜の牙の前に差し出せようか。身代わりとして臣民を差し出すわけにもいかない。

 思い悩む両親を見、妹想いのお兄ちゃんは頑張った。何日も徹夜で王宮の書庫を漁り、ひっくり返し、禁書の棚に手を伸ばしたとき、それを発見したのだという。

 召喚の書を。

 国の中から身代わりを出せぬならば、外から呼び寄せましょう、と。

 高名な魔術師を国中からかき集め、唯一召喚に成功したのがあの場にいたおじいさん、サルバドール老師だという。


「どこの世界にもいらないことをする人っているよね。あたしにとってはまさにあんたがそれだ、エリー王子!」

「……言い訳はしないよ、きみには申し訳ないことをしていると思う」

「申し訳ない? そりゃ申し訳ないでしょうよ、あんたの妹の代わりにあたしに竜に喰われろって言ってるんだもんね。それもまったく関係ないあたしにね。正直あたしにはこの国がどうなろうとあんたの妹がどうなろうと関係ないのよ、いい迷惑だわっ! い、たっ……」


 手首をひねり上げられ、ミシッと嫌な音が響いた。握り潰されそうっ。


「すまないが、ディーは僕にとって大切な妹なんだ。ないがしろにする発言は慎んでほしいな」

「この~、馬鹿力シスコンっ!」


 解放された手首は赤く指の跡が残っていた。痣になるよ絶対。

 ふぅふぅと息を吹きつけていると、「冷やす布をとってくるよ」とエリー王子は出ていった。

 かわりに入ってきたのはサルバドール老師だった。


「ほっほっほ。殿下はあなたの前では平静を崩されますな、おもしろい」


 立ち聞きしてたのか、梟じいさん。

 ぜんっぜんおもしろくないですけど。キレやすい若者だよあのシスコン。


「実に不思議ですな、召喚術というものは。異界から呼び寄せたあなたはまるでこの国の民と同じだ。言葉も通じる。“我らにとって都合のよいものを呼び寄せる”、漠然とした呪を意味ある力として練り上げるのには骨を折りましたが……なるほど禁呪と封じられる訳ですな」

「都合のよいものを、呼び寄せる?」


 引っ掛かる言葉。不審も露わなあたしに、ますます皺を深めて告げる。


「そう、“我れらにとって”ですがのう。顔立ちはさておき、黒髪はディアナ姫と同じ、年はあなたの方がお若いかな? 我が国の臣民ではなく、後の遺恨と成りかねぬ他国のものでもない。ほんにこれ以上ない条件のお方だ。もちろん花嫁に相応しく――純潔でありましょうな?」


 ニッコリと笑ったサルバドール老師。好々爺といった風情で吐く言葉は、毒に塗り固められている。

 だっと駆け出したあたしを彼は止めなかった。

 部屋の扉を開き、逃げ出そうとした目前に、ガシャンとクロスして突き出された槍。


「どちらへ参られますか? 国王の許可がない限り、この部屋より外へ出ること相成りませぬ」

「お部屋へお戻りを」


 扉の外に控えていた衛兵が口々に言う。見張りがいたからサルバドール老師は止めなかったんだ。

 とぼとぼと室内に引き返したあたしは、陰険じいさんを追い出し、冷やした布だけひったくってエリー王子の鼻先でぴしゃりと扉を閉めて、不貞寝した。


 ……天蓋つきベッドで「ちょっぴりプリンセス気分☆」で眠ったなんて事実はありませんよええ本当ですとも!

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