15.やさしい氷竜。
「人間の姿になれること、なんで黙ってたの」
捜索は一時中断。三角座りで頭からすっぽりと毛布をかぶり、あたしは目の前に腰を下ろした青年を問い詰めていた。
「竜族は人間の母を傷つけぬように人身で産まれたあと、竜に戻り成長する。黙っていたのは、人身になることができなかったからだ。神殿へ来てから何度も試みたのだが……産まれた時は己の意思で変身するわけではないから要領がわからなかった」
彼は自分の姿を珍しげに見下ろした。多分人間になったときは母親よりの容姿になるんだろう、角度によっては紺色にも見える蒼黒の髪、面立ちは王子たち同様ヨーロッパ系で肌は白かった。引き締まった体には中華風の服を身に着けている。衣装も魔力のうち? 変身して素っ裸なんていうオチじゃなくて本当によかった……。
「どうして急に変身できるようになったの?」
「姫を手伝いたいと強く願ったら、気がつけばこの姿になっていた」
人になってもこの金色の瞳はかわらない。
この世界であたしを案じてくれるのは、セフェリノだけ。
「何かとても大切な物を探しているのだろう?」
「べ、べつにそんなことないけどっ?」
「見ていればわかる」
ふっと微笑み、断言された。気取られないようにしていたのに案外敏い。
そう、あたしは焦っている。早く見つけたい。
――もう、関わりたくないんだよ。
探し物が大切なものだと気が付いてくれる。必死なことを察して手伝いたいと言ってくれる。
かぶっていた毛布を少し引き下ろし、セフェリノから顔を隠した。
やさしい氷竜。
あなたを陥れるために、《竜心珠》がいるの。
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セフェリノと手分けして神殿を探しても、それらしいものは見つからなかった。
お昼の休憩をはさんで午後からも探したけれど、収穫はなかった。
すっかり日が暮れてしまった。現代日本と違って電気のないこの国は、夜は本当に暗い。
メイドさんたちが夕食を持ってきてくれた。
いつもより人数が多いし、皆小柄で同じような背格好をしているから誰が誰だかわからない。王宮であたしを世話してくれた人もいるのかもしれないけれど、皆氷竜の姿に怯えないようヴェールをつけているから顔も見えない。もっとも、セフェリノが人型になったんだからヴェールは必要ない気もするけど。
そういえば、昼食を運んでくれたメイドさんたちはセフェリノを見て驚いていたみたいだったなぁ。
手蜀や籠を持つメイドさんの中、一人だけ手ぶらのメイドさんがいるのに気づいた。
てきぱきと食卓の用意を進める同僚を手伝うでもなく立っている。ヴェールに阻まれ定かではないけど、視線はセフェリノに向けられているようだった。
セフェリノを見ると、食事を摂らない彼はのんびりと椅子の上でくつろいでいる。う~ん、とくに見てても面白いことはやってないけど。
メイドさんに視線を戻すと、向こうもあたしを見ていた。くいっと顎をしゃくられる。
ええ、呼びつけられてるの?
身代わりだけど一応はお姫様なのに、メイドさんが呼びつけていいんだろうか。設定崩壊? と悩みつつ近寄ると、メイドさんはグッと腕を掴んであたしを引き寄せた。
顔がぶつかりそうな距離まで近づけば、ヴェール越しに黒い瞳と紅い弧を描く唇が見えた。
「どんなに醜い化物かと思ったら、見た目は悪くないじゃない?」
「――ディっ……いっ!」
ギリリと腕に食い込んだ爪に言葉を詰まらせるしかなかった。
メイドのお仕着せを着たディアナ姫はあたしの腕に爪を立てたまま小声で囁いた。
「静かになさいな、“ディアナ姫”」
「…………どうしてここへ」
「氷竜が人間に変わったとメイドが騒いでいたから、お兄様には内緒で見に来たの」
当然だ、こんな軽率な行動をエリー王子が許すはずがない。大切な妹を守るためにあたしを身代わりにしたのだから。なのに当のお姫様は好奇心を抑えきれずに神殿までやってきた。
セフェリノがあたしたちを見ていないのを確認して、怒涛のように言いたい文句を呑み込み、短く告げた。
「気づかれないうちに帰って」
「……わたくしに命令する気? 分をわきまえなさい」
籠められた力が強まった。容赦なく突き刺さる爪の痛みに黙って耐えるしかない。振り払いたくても、人目を引く行動はできない。
唇を噛む。
一体誰のために、あたしは何のためにこんなことをしているの!
叫び出したい衝動を堪えていると、メイドさんの一人が軽く会釈した。用意が終わった合図だったらしい。「時間だわ」と呟いたディアナ姫は手を解き、笑って言った。
「例のものが手に入ったら、あれは人の姿のままわたくしが飼ってあげるわ」
「なっ……」
素早くメイドさんたちがディアナ姫を囲んだ。同じお仕着せとヴェールの姿に個は埋没し、そこに誰かを見つけることは困難になる。
メイドさんの一団を見送ると神殿の中は静寂を取り戻した。
飼うって、セフェリノを?
人の好い彼を、お姫様が飼う。可愛い猫や犬を飼うように――ペットとして?
そしておそらく、王国は都合のいい兵力としてセフェリノを使役する。
ゾッとした。
あたしは何に加担しようとしているんだろう。
「姫? 食事が冷めてしまうぞ」
「…………いらない。今は食べたくないの」
途端に体調を心配してくる彼に、疲れたからだと言い訳して。
腕に残る鈍い痛みが罰のように疼く。
お願いセフェリノ、やさしくしないで。あたしにそんな価値ないんだから。