13.封印されし実力を見よ!
とりあえずの脅威が去ったあたしは、また退屈と戦うことになった。
神殿にはセフェリノの他に誰もいないので、必然的に氷竜に構ってもらうしかない。というわけで、日本でしていた遊びに付き合ってもらうことにした。ルールを説明すると意外にノリがいいセフェリノは、『面白そうだな。やってみよう』と応じてくれた。
広い神殿を使ってあたしたちがしているのは、懐かしのあれだった。
「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、ん、だっ!」
しゅばっと振り返ったあたしの後ろに、片足を持ちあげた状態でぴたりと静止するセフェリノ。
あと一歩の距離まで迫られていた。
今回が勝負のようね? じろじろと氷竜の全身を舐め回すように見つめる。
ち、どこか動かないものか。
『姫、三十数える時間以上に見るのは、反則じゃないのか?』
「それは人間のためのルールよっ」
前回鬼役のセフェリノは、あたしが足を踏み出そうとしたときに振りかえり、じーっとじーっと見つめてくるのだ。しゃべることも動きの内に入るのでひたすら我慢していたけど、ついにバランスを崩して足をついてしまった。
『動いたぞ、姫』と嬉しげに指摘する竜に、思わず「アホかぁ!」とツッコミを入れた。人間は片足で動かずに立っていられる時間は短いんだから。
仕返しに同一姿勢で時が止まったような氷竜をずっと見ているんだけど……。
「……なんでセフェリノは動かずにいられるの?」
『尾で支えている』
~~ズルイぞっ、巨大トカゲめ!!
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『今日は何をするんだ?』
「影踏み鬼をします。ルールは簡単、鬼役の相手に自分の影を踏まれたら、鬼を交代するの。じゃ、まずはあたしが鬼をするね。十数えたら始めるから。いーち、にーい……やめやめぇっ! 外でしよう外で!」
セフェリノの巨体を忘れていた。あたしから離れようと歩きだした竜の重量で神殿が揺れている。パラパラ降ってくるホコリを払いながら、そのうち天井が崩れるんじゃないだろうかと不安になった。
中庭に出て、仕切り直すことにした。
チョロチョロならぬドタドタ走る竜は速かった。
「ちょっ……くそっ……。なによ、すばしっこいわねっ。…………ふっふっふ、追い詰めたわよ……って、あー! 飛ぶの禁止!」
足を捕られる振動にもめげずに庭を駆けずり回り、端に追い詰めて勝利を確信したら、セフェリノは文字通り飛び上がった。巻き起こる風で激しく髪がなびく。
飛ぶのは反則よ!
あたしの抗議を受けて地面に降り立ったところで影を踏み、鬼交代となった。
セフェリノが十数えている間に全速力で走って逃げる。
はぁはぁ荒くなる呼吸に、「運動不足ってつらい。でもこれって結構イイ運動よね?」、とニンマリ消費カロリーを考えてしまう乙女心です。
ぎゃ、もう追いついてきた。
ふうっと冷たい吐息が首の後ろにかかる。こうなれば向き直って相手の動きを読んだ方が得策だ。
くるりと振り向き、さあ来い! 右か左か!? とかまえていたら、セフェリノは困惑したようにその場で佇んでいた。
ん? 影踏みに来ないの?
『…………この遊びはやめよう』
「なんで! 自分が鬼になったからって勝手だよっ」
『そうではない』
「じゃあなんだっていうの?」
水を注された気分でふくれていると、セフェリノの頭がすっと近づいてきた。金色の瞳の中に、びっくりした顔のあたしが映る。
『人間は、か弱く、小さく、脆い』
頭に響く澄んだ声は、厭うような悲しみが交じっていた。
『私の爪で傷つけてしまうかもしれない。それが、恐ろしいのだ』
――姫の影を踏もうとすることすらできぬ。
氷柱の爪が土を掴む。固く締まった地面に、まるで豆腐を抉るように深く爪痕が刻まれた。
知らず顔が引きつってしまったあたしに、セフェリノは静かに首を引いた。逸らされた視線に、ぼんやりと理解する。
ああ、セフェリノが厭っているのは、自分自身なんだ。
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種族的なハンディがない遊びかー。
トランプはこの国にないし、あの爪じゃカード引けないだろうし。
ごそごそと神殿を物色していたら、ミニ黒板とチョークを発見した。
「セフェリノ~、絵当てゲームしよう~!」
『それはどういった遊びなのだ?』
「今からこれに絵を描くから、セフェリノはあたしがなにを描いたか当てるの」
氷竜の足元に陣取り、意気揚々とチョークを握った。
地球にいてこっちにいない生物とかいるのかなぁ。ま、無難なところであれにするか、この世界でも食べたことあるし。
黒板に線を描き込んでいく。セフェリノは肩越しに、あたしの手元を興味深そうに覗き込んでいた。
「はい完成。さあこれはなんでしょー」
黒板をかざすと、セフェリノは考えたのちにこう言った。
『カボチャだな』
「リンゴだよっ、リ、ン、ゴ!!」
失礼な! その驚愕に見開いた目はなんだ!
『……しかし、その波打つ線はとてもリンゴのものとは……』
少しばかり線がふるえるのはフリーハンドだもん、しょうがないじゃない!
「……あなたの挑戦、受けて立とうじゃないの」
とうとうこの絵筆、じゃなかったチョークの封印を解く時が来たようね。小学校で「個性的な絵ですね」と先生を唸らせ、中学校では「山本の絵は前衛芸術だな」と友達に言わしめた山画伯の本気を見せてあげましょう!
含み笑うあたしの手の中で、チョークがポキンと真っ二つになった。
「……できたっ。これならわかるでしょ?」
『特徴がよく捉えてある。豚だろう?』
「犬よイヌ! ふさふさ尻尾があるじゃない!」
『犬だったのか……潰れた鼻と丸く肥えた胴に騙された』
「……できたよ。これはわかりやすいから簡単なはず」
『……残酷な場面だ』
「はぁ? これのどこが?」
『絞められた鳥だろう?』
「キモい解釈するな! ウサギちゃんよ! ラブリーでふわふわなウサギちゃん!」
『ではこれは耳だったのかっ。私は断末魔に羽ばたく翼かと……』
セフェリノって芸術オンチに違いない。
あたしの描く絵のことごとくで明後日の解答をするんだから、筋金入りだ。
ムキになって描いては消し、描いては消しを繰り返していると、チョークはすっかり小さくなっていた。
「……じゃあ、これが最後」
ジャーン!と見せると、セフェリノは金色の瞳を瞬かせた。ゆらりと尻尾が泳ぐ。
『……それ、は……わかった』
「待った! セフェリノがわかったっていうのあてにならないから、なんでそれだと思ったのか理由もいってね?」
あたしの言葉に躊躇う間があき、言葉が続けられる。
『…………その髭のようなものは耳だろう。逆立つ鬣はおそらく角で、背中の瘤は翼。五本目の足にしか見えないが、たぶん尻尾だろう』
ピキピキとこめかみに青筋を立てて聞いていたあたしは、「で、答えは何なの?」と促した。
『――私を描いてくれたのだろう? ありがとう、姫』
細められた瞳にやっとセフェリノは照れているのだと気がついて、わたわたと手をふった。つられて顔が赤くなってくる。
「や、そんな大したことしてないからっ……あの、えっと、下手でごめんね?」
恥ずかしくなって黒板を消そうとしたら、セフェリノが咥えて取り上げた。茫然と見ていると、絶対に手が届かない位置の窓に飾られてしまった。
『消さないでほしい……とても嬉しかったから』
頭に響く声はやわらかで、向けられた喜びの感情が伝わってくる。
あたしは熱くなる耳を自覚しながら、「……どういたしまして」と返すことしかできなかった。