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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
11/28

11.降りられない役。

 我に返ったあたしはセフェリノに、「ちょっとオニイサマの顔を見てまいります。ウフフ」と断わりを入れ、城にすっ飛んで行った。困惑顔で止める兵士やメイドを振り切って、エリー王子の私室まで乗り込む。


「くぉらっ、エリー王子! よくも騙してくれたわねっ!!」


 事前に伝えられていたのだろう、扉を蹴破る剣幕のあたしを前にして、エリー王子は涼しげな顔だった。


「まあまあ、落ち着いて。何を怒っているんだい?」

「とぼけるんじゃないわよ! セフェリノから聞いたんだからっ。氷竜は人間を食べたりしないそうじゃない。あたしが勘違いしてるの知ってたんでしょ、どうして教えてくれなかったの!?」


 くつろいだ様子で足を組み変え、エリー王子は隣に控えていたサルバドール老師と目を見交わした。


「おや、そうだったのか。僕もきみから聞いて初めて知ったよ。なんせ氷竜が現れるのは五百年ぶりだからね、生態を知っている者など一人もいない」

「殿下のおっしゃる通り。氷竜が山脈を離れて人前に姿を現すことも滅多にないことですからの」


 嘘だ。

 多くの書物に目を通したと言ってたじゃない。氷食の竜だという記載は一文字もなかったの?

 それにエリー王子は世継ぎの王太子だ。王国の守護と繁栄を引き換えに、代々花嫁を送り出してきた王族が知らなかったとは考えにくい。

 二人を睨みつけ、強く拳を握った。


「本当は身代わりなんていらなかったのね。セフェリノはディアナ姫を食べたりしないもの」


 花嫁として迎えられる少女に、命の危機はなかったのだ。

 あたしの誤解は好都合だっただろう。誰だって自分の命がかかっているとなったら真剣になる。


「……だが考えてもみてくれ、仮に氷竜がディーを襲うことはないのだとしても、妹が化物の許へ嫁ぐことを黙って見過ごす兄がいるだろうか?」


 苦しげに訴えかける青年の態度がすべて演技だとは思わない。エリー王子が妹を可愛がっていることはこの目で見たから知っている。愛する家族を守りたいという想いも理解できる。


 ――でもね、あたしにだって家族がいたんだよ、王子様。

 無理やり召喚されたあたしの気持ち、考えてくれたことある?


「だから? 手前勝手にもほどがあるんじゃないの? 王女と引き換えだとわかっていながら、この国はさんざん氷竜の恩恵を受けてきたんでしょう。今さら支払って当然の対価を出し渋ったあげく、他人に尻拭いさせようなんて最っ低!」


 非難をぶつけても、一筋の傷もつかない硝子玉の翠。感情を映すことがないのは、始めからあたしのことなど眼中にないからだ。


「本当に、きみには申し訳ないことをしていると思う」


 上辺だけの謝罪が虚しく響いた。脱力のあまり膝が崩れそうになる。

 たった一言でこれまでの出来事を許せるなんて、エリー王子も思っていないだろう。

 わかっている。所詮彼には関係ない事だ。あたしが許そうと許すまいと、どうでもいい。その程度の価値しかないと、最初から暗に告げられていたのだから。

 目がじわりと熱を帯びた。


「あたし、降りるわ。こんな茶番に付き合ってられない!」


 吐き捨てた台詞。

 静まり返った部屋で笑いだしたのはサルバドール老師だった。


「ほっほっほっほっ……これは面白い! ここまで我らにとって都合が良いと空恐ろしいですなあ。禁呪とされるのも致し方ございませんのう」

「…………何が言いたいの?」


 尖るあたしの声に答えたのは、にやにや笑う老人ではなくエリー王子だった。


「きみは本気で言っているのかい? 一時の感情に任せて降りるのは自由だけれど、きみを召喚したのが僕たちだと忘れてはいけないよ」


 煮えたぎっていた頭に冷水を浴びせられ、しんと心まで冷えた。


「未だ《竜心珠》の発見にはいたらなくてね、きみには引き続き作戦から氷竜の気を逸らしておいてほしい。――元の世界に帰してあげられるかどうかは、きみの態度次第だと言っておくよ」


 悔しくて悔しくて、噛みしめた唇が切れた。爪が食い込むほど力を入れた拳が震える。

 喉元まで言葉がこみ上げてくる。

 だけど、言えない。


 かえりたい。

 家にかえりたい。


 結局、一縷の望みにすがるしかないのを彼らはよくわかっている。

 希望をちらつかせれば、意のままに踊る操り人形。この世界に召喚された瞬間からあたしに括りつけられている糸だった。

 心得た繰り手がほら、頭につながる糸を引く。


「これからも、協力してくれるね?」

「…………するわ」


 こくりと頷く。

 満足そうな二人に背を向け、あたしは城を後にした。




『おかえり、姫。……どうした? 泣きそうな顔をしているが』


 心配そうな声をかけてくるセフェリノの翼の下にもぐりこむ。驚いているらしい竜の腹にぎゅっと顔を押しつけた。ひんやりとした冷たさに、今にもこぼれだしそうだった涙が水際で止まる。首を回してこちらを窺うセフェリノに顔を見られたくなくて、くぐもる声で返事をかえした。


「…………泣きたくないけど、泣きそうだから、しばらくこうしてる」

『私はかまわないが……』


 セフェリノの翼が動き、抱きしめるように柔らかくあたしを包んだ。人が我慢してるのに、やさしくしないでよぅ……。


 ――泣いてもいいのに、というセフェリノの呟きが微かに聞こえた。

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