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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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10.人喰い竜の真実!

むやみに神殿を出るな、と命じられたあたしは入口まで寄って、氷竜と一緒に日向ぼっこをしていた。

 膝の上に抱えた果物籠からバナナらしきものを剥き剥き食べる。セフェリノにもすすめてみたけど、氷竜は首を振って断わった。あとでお腹空いたって泣いても某アンコパンのヒーローじゃあるまいし、ひとくちあたしを齧らせて欲しいってお願いは断固拒否だからね。

 ぽかぽか陽気が気持ちいい。太陽に当たって氷鱗が融けないのかと尋ねてみたら、魔力で維持してるから大丈夫なのだそうだ。魔力って! 何でもありですかこの世界は。


「それにしても良い天気。太陽が眩しいね~」

『この国は晴れる日が多い。元々ソレールという国名は、太陽という意味だからな』

「じゃあエストレージャは?」

『天を衝く峻嶮な山並みを指して、星の嶺という意味を持つ』

「へぇ……いや、そうだったね! うんうんっ」


 セフェリノの話にうっかり感心してしまったけど、いくらなんでも自国の国名の意味を知らないお姫様はいないだろう。慌てて思い出したふりをする。


「太陽かぁ、別名サンとも言うよね」

『そうなのか? 聞きなれない呼び名だが。人の世は言葉の移り変わりが早いな』

「あ、……うん。ソウデスネ」


 さっきと反対だ。まるで若者言葉に感心する中年のようなご長寿トカゲを横目に、あたしは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 自分の名前の音だから口にしてみただけだ。同じ「サン」なら、山より太陽の方がいいなぁっていうしがない乙女の夢だったんですよ。

 ああもう、墓穴って何個掘ったら足元すくわれるんだろう。



 神殿での生活は、同棲というより引きこもりに近い。

 衣食住の最低限の世話はされるけど、ほとんどセフェリノと二人きり。

 ソレール王国には当然テレビもなけりゃゲームもない。字が読めないから読書で暇潰しするわけにもいかず、あたしは時間を持て余していた。


「…………うあ~っ! ヒ、マ、だっ!」

『私はそうでもないが。姫を見ていると退屈しない』


 この竜はケンカ売ってんのか? あたしは芸人じゃないぞ。


「セフェリノ、なにか面白い話して。じゃなきゃ踊って」

『……私が踊るには狭いと思うが』


 あたしのムチャ振りにも気の好いセフェリノは、それでは、と軽く翼を動かして足踏みをした。途端にぶわっと風が生まれて、ズシンズシンと地響きが起こる。ちょっ、神殿が揺れてるって!


「いいっ! 踊らなくていい! 下手に動かないでっ」


 身の危険を感じて待ったをかけると、セフェリノは翼を畳んで長い首を下げた。言った通りだろう、と瞬きで伝える雄弁な瞳が近づいてくる。うううう……。


「……面白い話、は?」

『私はほとんどエストレージャから出たことがない。姫に話すような事が思い浮かばぬ。反対に姫の話が聞きたい』


 おお、ヤブヘビだった!

 あたしの生い立ちアンド日常を語ったら、一発で身代わりだとバレちゃうよ。へらりと笑って誤魔化す。


「でもさ、セフェリノって何百年も生きてるんでしょ? その間には血沸き肉躍る一大スペクタクル!な冒険のひとつぐらいあるんじゃないの?」

『私はまだ百を少し越えたところだが? エストレージャを降れるほど飛べるようになったのはこの数年のことだ。姫の言うような冒険はしていないな』


 若干恥ずかしげに見えるのは目の錯覚じゃないらしい。

 セフェリノ、飛べるようになったの最近なんだね。あたしの脳裏には、必死に翼を羽ばたかせて山腹をドタバタ駆けまわったり、「風になれ!」と崖から飛び降りて雪にめり込む氷竜の姿がよぎった。


「……百歳と少しって、五百年ぶりって話じゃなかった?」


 たしかエリー王子は、氷竜が花嫁を要求したのは五百年ぶりだと言っていた。


『竜の寿命は個体差によるが、大体四百年から七百年だ。私はまだ若輩の内に入る。姫の言う氷竜は、恐らく祖父のことだろう。我が一族は代々守護するこの国から花嫁を娶ってきた。祖父は王女を娶ったが、父は変わり者で、エストレージャに迷い込んだ若い娘の猟師を花嫁に迎えたのだ』


 百歳超えてるらしいけど実は若かったようだ。鱗のツヤとか翼のハリとか、竜から見たら「やっぱり若い子はお肌ピチピチね」レベルの違いがあるのかもしれないけど、外見からはまったく判断つきません。

 ようするに、セフェリノのお父さんがその辺の娘さんをつい食べ……じゃなかった、花嫁にしたから、五百年も間が空いたらしい。


「そういえば、どうしてあたしが黒髪だってこと知ってたの?」


 身代わりの必須条件。ディアナ姫が黒髪だったから、あたしが選ばれた。姫の顔も知らないくせに黒髪だけは把握してたんだから、セフェリノにとって髪色はこだわる箇所らしいと想像はつく。周りに合わせて色を抜かなかったことに意味はないけど、こんなことならド金髪にしておけばよかったと思う。


『花嫁を迎えるなら、美しい黒髪の娘にすると決めていた。現王族の中で黒髪なのは王妃と王女だけだ』

「なんでピンポイントで黒? 黒髪フェチ?」

『ふぇち、というのはよくわからないが、黒髪が最も美しいと思うのは、私の母が黒髪だったからだろうな』


 ――堂々と言うなっ、このマザコンがっ!!

 オトコって大概マザコンだって近所のおばちゃんが言ってたけど、竜すら例にもれずとは!

 待ってよ、母が黒髪?


「セフェリノって卵から孵ったんじゃないの? お母さんの黒“髪”って、鱗の間違いでしょ?」

『姫は私を何だと思っている? 私の母親は人間だ』


 きょとん、と互いに見つめ合う。


「いや、何って……竜でしょ? 氷竜。竜と竜の間に卵が産まれて、繁殖してるんじゃないの?」

『竜族は牡しかいない。子を成す時は人間の娘を娶るのだ』


 いやいやいや、待って何それ、初耳なんですけど!?


「花嫁ってごはんの隠語じゃないの!? 結婚したらあたしを頭からムシャムシャ食べちゃうんでしょ?」

『なぜそのような勘違いを……。花嫁というのはつがう相手だ。人間の間では他の意味があるのか? それに私は氷竜だ。食むのは水氷であり、人間を食べることなどない』


 ベジタリアンも真っ青の次世代超エコ竜が傷ついた風に耳を伏せる。道理で一生懸命すすめた果物もパンも食べないわけだ。


 フォローするどころか、あたしは衝撃の事実にぽかんと開けた口を閉じることも忘れていた。

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