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氷竜と身代わりの花嫁  作者: riki
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1.じゃぶんと異世界!

 このままずっと平凡な日常が続く、そう思っていたあたしは、ちゃんちゃら可笑しい甘ちゃんだったのですよ。

 あたしのごくごくありふれた女子高生ライフ(生命の意含む)は、お風呂のお湯とともに消え失せた。




+++++++++++++++




「フンフフン~♪ 磨けば光る、それってダイヤ? いえいえそれはこのあったしぃ~☆ ピカピカに、磨きあげればダイヤ! ルビー! サファイアパール! ぜ~んぶオトコが貢いでくれる♪ おっほほウホホイ! 世界のすべてはあたしのも~の~よ~! フンフフンっ♪」


 湯気の立ちこめた浴室に、あたしの鼻歌が響く。自作です。

 タオルを片づけに来たらしい母が、脱衣所で呆れ果てた溜息をついていたような気もするけど、うん、ちょっとだけ音が外れたからかな。小さなミスって愛嬌よね? 音痴なんて認めなくってよ。

 ボディソープを白くもわもわに泡立てて心ゆくまで身体を洗う。あぁ~、一日の終わりのお風呂って最高!

 ザアッと温かなシャワーで泡を洗い流した。先に洗っていた髪を後頭部でまとめ、あたしは勢いよく浴槽に入った。黄色いアヒルが高波に襲われ、プラスチックの縁にカンコンと頭突きをかましている。


「うぁ~……極楽だ~……」


 少し熱めのお湯がじわじわと身体を温める。はふ、と満足の吐息をこぼし、アヒル君を頭部強化訓練から解放してあげた。おいしい夕食を終え、数学の宿題という難解な未知なる暗号と戦った戦士に必要なものは休息じゃよ、若人よ。

 アヒル君に言い聞かせていたとき、ズ…ゴゴゴ……と不吉な音がした。

 たとえばそう、うっかり浴槽の栓のチェーンに足を引っかけ、お湯が抜けてゆくような……。

 って、お湯がどんどん減ってるし!


「も、もったいない!」


 栓をし直すべくさぐる指先に絡むチェーンはなくて、揺らめく水面に探した浴槽の底が――そもそもなかった。

 浴室も浴槽も見慣れた我が家のものなのに、底だけがブラックホールのように黒い。目を疑った瞬間、ズッ……と身体が下に引きこまれた。

 焦って伸ばした手が浴槽の縁にかかった! ……滑った。


「濡れた手だからってごばべぶぶぶっ……!!」


 悲鳴を上げた口に容赦なく押し寄せるお湯。


 ――溺れる。


 じゃぶん、と頭ごとお湯につかったあたしは、本気で命の危機を感じながら意識が遠退いた。

 山本山(やまもとさん)、十六歳。浴槽の底が抜けて溺死。

 お父さんお母さん、欠陥品の浴槽を納品した業者を訴えてください、よろしく。




+++++++++++++++




 ザバッシャアッ!! ドタッ。


「いっっっったぁーいっ!!」


 硬い床にしこたま打ったお尻がジーンと痺れた。この痺れは正座三時間級です。助けて、オバサマ愛用安楽正座椅子。

 そもそもどうしてあたしは落下してこなければならなかったのだろう。うずくまって痛みに呻いた目の前に、カンッ、コロコロコロ……と黄色いアヒルが降ってきた。アヒル君、どうして君は飛行石じゃないんだい。

 アヒルのつぶらな黒い目が言った。――それはあなたがおさげじゃないからですよ。

 だよね、おさげは重要なポイントだから外しちゃいけませんよね~。

 髪さえ乾けばおさげにだってできるけれど、こうも濡れてちゃあ……あれ?

 あたしはお風呂に入っていたはず、だ。

 きょろり、周囲を見回す。

 今あたしのお尻と熱烈接触をはたした床はびしょびしょに濡れている。まるで大量の水をぶちまけたかのように。濡れて黒く色の変わった石の床、もちろん見覚えなんてありません。衛生的にどうだろう、というその水溜りの中で、全裸のあたしとアヒル君は転がっていた。

 そろそろと顔を上げた視界に飛び込んできたのは、目が合って居たたまれないように逸らしたり、目を剥いていたり、ニッコリ笑いかけたりする、青年おじさんおじいさんの異性だった。おしい、少年がいればフルコンプ。


「ぬぁっ! ななななんっ!? なんなんでぁっ!!」


 あたしは年頃の乙女にあるまじき悲鳴を上げて跳ね起きた。

 どぉ~して人間には二本しか腕がないんですか、神様! あと三本あったらアッパーと眼つぶしとビンタを喰らわせて、不埒者どもに正義の鉄槌を下してやれるのに!

 肝心の二か所を手で隠して三人の男を睨みつける。うう、目頭が熱くなってきた。


「タダ見すんなっ! あっち向け! どっか行け! むしろ地獄へ逝けっ!」


 こいつらはあたしがお尻を打って悶絶しているところから、アヒル君と目と目で通じあってるところまで、あますところなく見ていたんだろう。

 涙目の抗議に何を思ったか、


「ほっほっほ。ご案じめされるな、この年では勃ちませぬよ」


 ほがらかに笑いながらおじいさん。フォローになってないし、下ネタ禁止!


「ま、その程度の身体ではな……」


 こ、このオッサンっ……!

 あたしの心の中の、「“で”あった時が百年目、必ず殺りま“す”ノート」――略してデスノートに名前が書き込まれたぞ覚悟しろっ。名前知らないけど!


「すまないね、気が利かなくて……」


 ツカツカと歩み寄る青年にビクリと震えた肩を、ふわっと布が覆った。

 自分のマントを外した青年は困った顔で微笑むと、大きなそれをぐるぐるとあたしに巻きつけた。


「――ようこそ、ソレール王国へ」


 赤い髪に、翠の眼。青年はマントからしてもうすでにアウトだけれど、マントの下はもっとドン退きなコスプレイヤーでした。

 順に見ていけばオッサンもおじいさんも、立派なコスプレで。

 えーと……近所で同人誌即売会やっていましたっけ? 危険物って会場に持ち込み禁止じゃないんですか? 重量のありそうなその剣とか、怪しく明滅する宝石の嵌った杖とか。

 ご一家で楽しいご趣味ですね、と愛想笑いとともに後方退却。

 そのまま現実からも退却を図ったけれど、無理でした。



 ――ここが異世界なんて嘘だ、ありえない!



 魔術師だというおじいさんの説明を耳を塞いで拒絶し、国王だというオッサンの説明は髭をむしって阻止したら掴み合いのケンカに発展、うやむやに流れ、王子だという青年の幼子に言い聞かせるような説明をようやく耳に入れたあたしは、「で?」と聞き返した。


「どうすれば元の世界に帰してくれるんですか?」


 完全に据わった目に、青年はたじろぎつつ言った。


「きみには身代わりの花嫁として、氷竜ひょうりゅうに嫁いでほしいんだ」


 よし、いけアヒルくん。このものたちをなぎはらえー。わーきゃーひのなのかかんー。

 三角座りでアヒル片手に呟くあたしの背に、「この者の頭は大丈夫か?」というオッサンの声が聞こえた。

 スカーンッと気持ちよくオッサンの頭にアヒル君の特攻が決まり、あたしはマントを巻き付けたまま立ち上がった。


「詳しい話を聞きましょうか。どうせあたしには、拒否権なんてないんでしょ?」


 一様に真剣になった三人の眼差しが、図星であると告げていた。

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