第52話 届いた声。
《――ホーム視点。》
『マスター!!ここです!!リタはここですッ!!』
『リ‥‥リタ‥‥今から‥‥から‥‥脱出‥‥するから‥‥備えろ。』
思念伝達は途切れ途切れで全て理解することは出来なかったが”脱出する”という言葉を聞けただけで十分で、リタは何が起こってもいいようにと備えた。
そして――ドカン!!と天井が崩壊した。
瓦礫と共にゾンビが降って来るが、そんなものはどうでも良かった。リタが探す物はマスターだけであった。そして、上から降ってくるマスターが目に入った。
「リタ!!来いッ!!」
ずっと待っていた。マスターを行かせてしまったこの自分を呪い、マスターがいない世界では生きる意味はないと消えることを決めていた。だが、マスターは生きていた。
そして、また私に命令をしてくれる。なら、私もマスターの命令に全てを犠牲にしてでも応える。
リタは空中に張っていたワイヤーを足場にして、空を駆け上がって行った。そして、正人のことをもう二度と離さないと言わんばかりに力強く捕まえた。
「助かった。」
「はい!!」
たった、その一言がリタの心を温かくした。さきほどの冷たく全て絶望している姿は一切消えて、すべてが生き生きしている、ただの女の子がそこにはいた。
そしてリタに助けられた正人はすぐに、全員に向かって命令を出した。
「全員!!電車に乗れ!!神崎ッ‥‥出発しろ!!」
その声と共に電車はブォォォ!!と全速力で出発した。
◇
《――正人視点。》
「はぁ‥‥はぁ‥‥マジで‥‥危なかった。」
全身の力が一気に抜けて、その場に座り込んだ。さっきまで張り詰めていた緊張が切れたせいか、肺が焼けるように熱く、呼吸がうまく整わない。
そんな俺の前に、すぐにリタが膝をついて顔を覗き込んできた。その顔は、さっきまで戦場で見せていた鬼気迫る表情とは違い、どこか泣きそうなほど不安そうな顔をしていた。
「マスター。帰ってくるのが遅いです。」
その声には、怒っているような、安心しているような、そんな複雑な感情が混ざっていた。
「私、マスターの身に何かがあったと思っても、気が気じゃなかったですよ?あまり私たちを心配させないでください。」
そう言いながら、リタは俺の体をじっと見つめている。肩、腕、足、服の破れた部分まで一つ一つ確認していく。まるで、本当に無事なのかを確かめるように。
「それは悪いと思っているが遅いのは仕方ないだろ?こっちはこっちで色々あったんだから。これで最速でやって戻って来たんだぞ?」
そう言いながら肩を竦めて見せるが、リタの表情はまだ少し険しい。
「そうですけど。でも、遅いです。」
むすっとした顔でそう言うと、リタはさらに顔を近づけてきた。
「マスターならもっと速く出来ると思います。怪我とかはしてないですよね?」
「うーーん、少ししたけどポーションで回復したから、問題はないぞ。」
そう答えると、リタの肩がほんの少しだけ落ちた。張り詰めていたものが、やっと解けたのだろう。
「そうですか。なら、いいですけど。」
それでも完全には納得していないのか、どこか拗ねたような声だった。
「で、そっちはちゃんと守ったのか?誰一人として欠けていないか?」
俺がそう聞くと、リタはすぐに背筋を伸ばした。さっきまでの表情が嘘のように、誇らしそうな顔になる。
「はい、それは任せてください。マスターの命令通り全員ちゃんと守りましたよ。」
その声には、自信と、どこか誇らしげな響きがあった。
「そうか。よくやったよリタ。」
そう言って軽く頭を撫でると、リタの目が一瞬だけ大きく開かれた。
そして――ほんのわずかだが、嬉しそうに笑った。
とリタとの再会の言葉を交わしていると、前の車両から堂島さんがやってきた。
「本当に、お前は凄いよ。まさか、本当にやっちまうとはなぁ。また、お前に助けられたな。本当に、ありがとう。」
と手を差し出してきたので、俺はその手を取って立ち上がった。
「‥‥別に。俺は俺の仕事をしただけだ。リタからは特に噛まれた人はいないと聞いているが、怪我人はどうだ?」
「まぁ、何人かはいるが、そこまでの重傷者はいない。今は、神崎さんたちが治療してくれている。お前の方は怪我とかはないのか?一番、大変だったのはリーヴァだったからな。」
「俺の方は問題ない。この通り五体満足だし、噛まれてもいない。」
「そうか。怪我すらしていないのか‥‥本当に、すごいな。で、この電車でどこまで向かうんだ?拠点の場所は桜ノ宮駅だから、そこでいいのか?」
「あぁ、それで問題ない。桜ノ宮駅にいるゾンビの処理は終わっているから、あとはこのまま駅に着くまで大人しくしていればいい。」
「そうか。なら、無事に着いたってことだな。」
と堂島は膝を折って頭を地面に付けた。それは土下座の体勢だった。
「なんだ?急に土下座なんかして。」
「ありがとう!!俺達が全員でここまで来れたのはリーヴァのお陰だ。本当に感謝してる。そして、それと同時にすまなかった。俺は、お前の”待っていろ”という命令を‥‥最後は聞けなかった。お前を置いて‥‥出発しようとした。
――本当にすまなかった。だから、俺のことが気に入らないなら‥‥ここで、お前の手で処理してくれていい。だけど、ここにいる人たちは拠点へと連れて行ってくれ!!頼む!!」
堂島さんの性格は理解しているつもりだった。曲がったことが嫌いで、みんなの為なら自分のことを犠牲に出来る人だとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
あの時、堂島さんの判断は決して間違っていない。俺という人間を一人待つことで、皆の命が危険になるなら俺を切り捨てる。その判断は正しい。けれど俺は生きていた。俺が戻ってくるのがあと少し遅ければ俺は置いていかれたはずだ。
だからこそ堂島さんは、全ての判断を下したのは自分だと言って、全ての罪を背負うつもりでいる。
「‥‥アハハハハ!!あんたはどこまでも石頭だな。あんたたちをここで置いて行くつもりも、あんたを処理するつもりなんてない。だって、そんなことをすれば俺がここまでやってきたことが全て水の泡になるだろうが。
堂島さん。あなたの判断は間違ってないです。みんなを助ける為に最良の判断をしたまでです。だから、自分を責める必要も責任を取る必要もない。これからもみんなの為によろしくお願いします。」
と言ってその場を離れた。すると、背後から「ありがとう」という言葉が聞こえてきた。




