第26話 遠征。《前編》
「じゃあ、行ってくるな。」
「‥‥うん。」
約束の時を迎えて、俺は拠点を発つ時を迎えた。今日までに俺がいなくても一ヶ月は今の生活が出来るように、物資の準備をしたし、ゾンビに噛まれてもいいようにポーションも作っておいた。
畑に関しても種まきを終えて、後の世話は子供たちに任せても問題ない。全て、やれることはやってきた。それに「リル」だっているんだから、何も心配する必要は全くない。
と頭では分かっているが、それでも心配してしまうのが祈の性格なのだ。
俺は祈の頬に手を添えて、不安を拭うように優しく撫でる。
「そんな悲しい顔をするなって。一週間ぐらいで戻ってくる。俺がいない間、ちゃんと俺の家を守ってくれよ。信頼してるからな?」
「う、うん‥‥任せて。正人が帰ってくるまで‥‥ちゃんと守るから‥‥絶対に戻ってきてね。」
「あぁ、もちろん。それじゃあリルも頼むよ。この防衛はリルに掛かっている。俺がいない間は祈のマスターとして言うことを聞くんだ。」
「はい、マスター。マスターもお気をつけください。」
「うん。じゃあ、行ってくる!!行くぞ――リタ。」
――と拠点を出発した。
◇
拠点を出てしばらく歩いても、背中に残る視線の感覚が消えなかった。振り返れば、まだ祈がそこに立っていそうな気がして――俺は一度だけ、足を止めた。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。俺にはやるべきことがある。
拠点を出発して30分が経過した。
俺とリタが現在いる場所は、既に一度探索をした範囲と、一度も探索したことがない場所の境目に立っていた。
「リタ。この先から完全に未探索エリアになる。その前に”マント””お面””イヤリング”を渡しておく。」
「はい、マスター」
今、渡した物は全て魔道具だ。
マントは姿の認識を阻害する効果と、雨風を防ぐ効果がついている。お面はどんなに激しく動いても取れないのと、声を変えるボイスチェンジャーの効果がある。イヤリングには”思念伝達”と、声に出さずに会話をすることが出来る効果がある。
――全て俺が作った魔道具だ。
この先にはゾンビはもちろんいるが、人と会う可能性が高い。だから、俺もリタもちゃんと認識されないようにしておく必要がある。
出会った人が必ずしも善人とは限らない以上、警戒は最大限にして、いつでも交戦出来るようにしておく必要もある。
『あーあーテステス‥‥聞こえているか?』
『はい、バッチリです。マスター』
『よし。これで準備は整った。目的地は”京田総合体育館”になる。本当にここが安全ならいいがな。
地上はゾンビがうようよしているから、比較的安全なマンションの屋上を経由して目的地へと向かう。もちろん、屋上にゾンビがいる場合は排除して進む――質問は?』
『生存者を発見した場合はどうしますか?』
『そうだな。道中の生存者に関しては、見つけたら助けるが、相手がどんな人か分からない以上‥‥慎重に選択するつもりだ。』
『仮にですが、相手が善人ではなく悪人だった場合は‥‥排除してもいいのでしょうか?』
『あぁ‥‥徹底的に排除する。』
この世界で人の心を捨てた者は生きる必要はない。どれだけ辛くても、残酷であっても‥‥人の心だけは忘れてはいけない。それを捨ててしまったら、人は人でなくなる。
人の心を捨てた人間が、この世界を救った後に、自分がやったことも忘れて生きることなどあってはいけない。必ず”罰は返ってくる”ということを教えてやる。
『了解です。私から質問はないです‥‥マスター。』
『なら、出発しよう。』
――俺達は京田総合体育館に向けて進み始めた。




