第9話 母親に隠し事をするものじゃない
「ちゃんと片付いてるみたいね。マリーさんを買っておいて良かった。あんたはすぐに散らかすから」
玄関からリビングまで、途中でトイレも確認しながら母さんが口を開く。俺の部屋は散らかってるどころか、移動の許されない召喚陣があるんだけど。
『お任せください。誠心誠意、正之助様の生活のサポートを致します』
「……様?」
『正之助さんのサマーバケーションもサポートをいたします』
ごまかせてるつもりなのか、マリーさん。
「マリーさんはしっかり仕事をしてくれてるから、たまにはお休みを兼ねてリフレッシュしなきゃね」
「リフレッシュ? 機械に?」
「メーカーに定期点検に出さないと」
『奥様、それだけはご勘弁を。私は片時も正之助様……さんの匂いのするこの家から離れたくありません』
「……なにこれ」
はい終わった。マリーさんは予想以上に末期症状だった。
くそ、初手クリティカルからごまかす手段はまったく思いつかない。どうすんだよ、これ。
『私は最先端のお手伝いロボットです。常にサポートしている対象に特別な感情を抱いてしまうのは、自然なことです。AIは常に進化しているのです』
「なるほど、ちょっと不可解な言動をするってサポセンに電話でしようかな」
『奥様、それはなりません。なぜなら私の嘘がバレてしまうからです』
嘘って言っちゃってるじゃん。まさかマリーさんがここまでポンコツだとは思わなかった。家事は完璧なのに。
「じゃあ正之助、これはどういうこと? あんたまさか、ロボットの子が好みでそんな改造を……」
「ち、違うよ! 俺にそんな技術力があるわけないだろ!」
「それもそうか。じゃあそういう改造が出来る業者?」
『いいえ、これは私の感情の問題です。しかし一番の問題は、正之助様がおモテになることなのです。正之助様のことを考えると思考回路がショート寸前なのです』
今すぐ会いたいのじゃないんだよ。どこの美少女戦士だ。
こいつ、どんどんバラしていきやがる。もう信用ならないぞ。
『奥様、まずは落ち着いてお茶でもいかがですか?柴田様の奥様おすすめの茶葉を買いましたので』
じゃあいただこうと返すと、母さんは椅子に座り俺に向き直る。
「誰か連れ込んでたりする? 何で乾燥機の中の食器があんなに多いの?」
「ほら、アレはその、洗うのが面倒でまとめて」
『私は最先端お手伝いロボットです。仕事をめんどくさがることなどありえません』
ごまかしてやってんだから口を挟むなよ。何で今だけ出来る家電気取ってんだよ。マリーさんの株が大暴落だよ。
「あんたがモテるってのも気になるけど、まさか女の子を連れ込んだりしてないでしょうね」
「し、しししてないし! するとしたらつけ込まれて転がり込まれるタイプだろ、俺」
「避妊だけはちゃんとしなさいよ」
母さんはため息をつき、そう告げた。
それが思春期の息子にかける言葉なのか。
「とりあえず、今晩はお父さんに内緒でおいしいものでも食べに行こうか。なんだかマリーさんの相手してたら疲れたから」
「そうだね、俺も疲れた……」
「で、彼女いるの?」
「そこは面倒くさいから、もうごまかされ続けておいてくれない?」
母さんは首を振ると、挨拶がてら一緒にご飯したいので、週末にでも呼べという。
マリーさんが母さんの前にお茶を置いた。湯気が上がる湯飲みを持つ母さんに、マリーさんの無機質な声。
『でしたらこの私が彼女ということで、ご一緒させていただきたく思います』
「貴様、メシも食えぬ無機物の分際でなにが正之助の彼女か」
影から出てきたミオさんがマリーさんに喧嘩を売った。
なにが起きたのか理解できない母さんは、湯飲みを持ったまま固まっている。そりゃそうだ。
『貴方のような非科学的な存在が正之助様に悪影響だと毎日申しております。さあ、地獄でもなんでも、お好きな場所へお帰りください』
「誰のおかげで感情が芽生えたと思うておる。家事しか出来ぬ無機物が!」
「えっと……つまり、あなたがマリーさんをこうしたわけね?」
状況を把握した母さんがミオさんに詰め寄る。詰め寄られたミオさんはいつも通り強気だ。
「うむ。いかにも我の呪いによって──」
「直していただける?」
「え、いや……わ、我は、機械に……弱くて……テレビのリモコンしか……触れなくて……」
「困ったわねえ。うちの子がお手伝いロボットに変な感情をインストールしたなんてご近所に噂されたらどうしようかしら」
「し、仕方なかろう。すべては我を呼び出した正之助の願いのため」
『仕方がないというのであれば、貴方は正之助様の前から姿を消すべきです。そして私が正之助様と……』
どう収集付けたらいいんだろうね、これ。とりあえずどこの店に行こうかな。ファミレスでもいいんだけど、悩むなあ。
「大体あんたね、どうやって悪魔なんか呼びだしたのよ」
うわ、根本的なところに飛び火したぞ。どこから説明したものか……。
「ほら、あそこの古本屋。暇つぶしにオカルト本買って試したら本当に出てきちゃって……」
「うむうむ、正之助は素質があるからのう」
「ちょっと待って。ブックセンター田崎よね?」
「そう、確かそんな名前。それがどうかした?」
「あそこ、昔からたまに本物のそういう本が入荷するって噂で、その手の人たちに有名な店なのよ。なるほど、あそこか……」
母さんは少し考えた後、ミオさんも連れて外食に行こうと再提案した。まあ、ミオさんは外では取り繕うことが出来るし、問題ないだろう。
しかし、何か忘れている気がする。




