第4話 人間の生活なんかするものじゃない
「まあいいでしょう。この世界での名をリエとし、真名を永久音とします。ふふふ……真名を隠させるとは正之助さんもわかってますね」
一呼吸置いてから、ニヤついてご飯を食べるリエさん。貴方の真名はアリエルでは……?
「……とすると、字は少し変えてこんな感じですね」
・璃慧 (りえ)
・†永久音† (とわね)
「ちなみにこの十字架みたいな文字はダガーと入れると変換出来るんですよ。今度やってみてください」
いらない情報ありがとう。人間界の常識に詳しいですね。
「ところで、今後どうするんですか? ミオさんを拘束してこの世界から追い出すんですよね? 出来ればよそでやってほしいというか……」
「そう、そこなんですよ! 人の多いところでやりあうわけにもいかないですからね。そして長期戦になった場合、貴方が悪魔に堕落させられないよう、監視する仕事もあるのです!」
「つまり、もしかして……」
「はい、よろしくお願いしますね」
『駄目です。食費、水道光熱費をどうするおつもりですか?』
出たぜ、マリーさんの正論パンチだ。
「ぐっ……バイト……します……」
可愛い服もほしいしと付け加えたのを、俺は聞き逃さなかった。
「まあ、悪魔が食べなくてもすむなら、天使も食べなくていいかもだし」
「いやです! 食べたいです! お風呂も入りたいです!」
なんだこれ。悪魔のがよっぽど無欲に近いんじゃないのか?
とりあえず例の古本屋にでも行ってもらうか。あそこのじいさんもそろそろいい年だしな。
本当に雇えるだけの余裕があるのかはわからないけど。
「──じゃあ古本屋とかどうですか? 近所にバイト募集の張り紙が出てる店があるんです」
「いいですね。本は好きです。明日にでも行ってみます」
「ビル清掃やとび職なんかお似合いだと思うがのう」
「貴方まだ起きてたんですか! さっさと寝てください! 私は正之助さんと大事な話をしてるんです!」
ミオさんはあざ笑うように俺の影の中に消えていく。
うん、さっさと二人で出て行ってくれるのが一番なんだけどね。なんならマリーさんも元に戻してくれないかなあ……。
「……ごちそうさまでした。さて、お風呂をお借りしますね。部屋割りに関しては、その後で相談させてください」
相談も何もない。リビングで寝てもらうつもりだ。
なんで天使も悪魔も我が物顔なんだよ。
***
俺が咄嗟に出したのがモテたいという程度の願いだったわけだけど、もっと具体的に言うべきだったのか? 大人の世界では契約書に細かく色々書いてあるらしいが、その重要性がわかった気がする。
そんなことを考えながら口を付けた、マリーさんの淹れてくれたお茶。とてもおいしい。
あとは、腕にべったりくっついてくる無機質な感触さえなければ考え事もしやすいのになあ……。
『たまたま良さそうな茶葉が売っていたのです。よそのロボットを制圧して手に入れました。勝利の味、というやつです』
「マリーさん……?」
『冗談です。正之助様が外に出づらくなるような行動は起こしません。買い物に出た際に、柴田様の奥様がおすすめだと言うので買ったのです』
最初からそう言ってくれないかな。今のマリーさんなら本当にやりかねないんだよ。
それにしても柴田のおばちゃん、ナイス。濃い緑茶は最高だ。
じじくさい? ほっとけ。
「マリーさん、重いからそろそろ充電ドックに戻ろうか」
『ですが、あのオカルトたちから正之助様をお守りしなければ』
「マリーさんはお手伝いロボットだからね?」
***
「きゃあああ!」
マリーさんがスリープモードに入った直後。風呂場からリエさんの悲鳴が。これはチャンス。いや、緊急事態だ。
「失礼します!」
一言言いながら洗面所のドアを開ける。そこには片方の翼で体を隠し、涙目のリエさんがいた。もう片方の翼はと言うと──そう、黒く輝くあいつが這っていたのだ。
リエさんは、恐怖で固まっている。
「み、見ないでください! 見ないでどこかへやってください!」
「無茶言わないでくださいよ」
うん、いいね。一瞬だけど良いものを見た。ミオさんのように主張が強いわけではないが、均整の取れた万人受けするスタイルだと思う。隠すべき所はしっかり隠していたのが残念だが。
ていうか、翼を動かせばどこかに行くのではないだろうか。その後で殺虫剤を使うとか。
***
「うう……ひどい目に遭いました……」
悪魔と戦えるのに虫は駄目という天使の翼にドライヤーをかけている。この翼はさわり心地がいいし、真っ白で綺麗だし、今はいい仕事をさせてもらっている気がする。
リエさんがここで生活するのなら、ドライヤーだけは毎日させてもらいたいほどだ。
それにしても、お下げ髪をやめて眼鏡を取ったらそこそこ美少女なんだな。地味なのは否めないけど。
「み、見ました……よね?」
「…………少し」
「もうお嫁に行けません……」
「え、天使に結婚って制度があるんですか?」
「ないですけど、こういうときの台詞として、言わないといけない気がして」
「……そうですか。その翼、ミオさんみたいに隠せないんですか?」
「私はちょっとそれがヘタで、だからリュックに押し込んでるんですけど」
「じゃあ、隠せない翼のおかげで隠せたと。悪いことばかりじゃないですよ」
「どこまで! どこまで見たんですか!」
おっと失言。しかし俺は少しいいものが見れたので、この駄天使が怒ろうが構わない。




