第2話 迂闊に期待するものじゃない
食事の後も地獄だった。
マリーさんは背中を流そうと風呂についてきて、それを追ってきたミオさんともみ合いになった。悪魔とお手伝いロボットが喧嘩をし始めたのだ。なんだその絵面。
二人を無理矢理引き剥がすと、マリーさんは洗い物を終えたら充電ドックに戻るように指示し、ミオさんはテレビでも見ているように言った。
何とは言わないが、どさくさで触れたミオさんのはとても柔らかかった。
***
「正之助、一緒に寝てはくれんかの。ホームシックとやらになってしまって寂しいのだ」
明日は月曜。憂鬱な一週間が始まるというのに、目を輝かせて何を言い出すんだ、この悪魔は。
「悪いけど、一人で寝てください。俺も学校があるから早く寝たいんで」
「つれないのう。では、眠る前の挨拶をしてやろう」
頬に唇が触れた。その瞬間、意識が遮断されたかのように眠りについた。
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『正之助様。起床時間です。制服と朝食の準備が出来ております』
「んあ……マリーさんおはよ……」
マリーさんのいつもの声で目覚める。そうだ、昨日のアレは全部夢だ。
起き上がると、マリーさんが部屋に入ってきて俺の寝間着を脱がせようとする。
『ああ、素敵……』
「待って! 自分で着替えるからやめて!」
夢じゃなかった。マリーさんは貧相な俺の体を褒めるほどにおかしくなったままだし、ミオさんは床で爆睡している。寝相悪いな、この人。
しかしこれで確信を持った。俺はモテる。学校に行くのが楽しみだ。ありがとうミオさん。お見送りはいいので、そのまま寝ていてください。
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あれ? もう午前の授業も終わろうというのに、誰もアクションを起こさなかったな。
授業中にチラチラとこっちを見る子もいなかったし、休憩時間にトイレから戻ったら手紙が入ってるというのもなかったな。
みんな照れてるのかな。
きっと、お昼を一緒に食べようとかそういうのがあるはずだ。なぜなら、今の俺はモテモテだからだ。
***
あれ? もうホームルームまで終わったけど今まで通りだったぞ? あ、もしかしてどうやって夏休みに俺を誘おうか考えてるのか?
いやー、困るな。予定を開けておかないと。盆は父さんの実家に行くから駄目だぞ、子猫ちゃんたち。
そんなことを考えていて、気づいたら教室には誰もいないじゃないか。
「無駄だ。正之助は人間の女からは好かれん。漠然としたモテたいという願いは叶えたであろう?」
「うわびっくりした! どこにいたんですか! ていうか心を読まないでくださいよ」
「正之助の今考えていることなど、心が読めなくともわかるわい。それに、影に潜むことも造作もない。さあ、諦めて我との愛の巣へ帰ろうぞ」
いやだ。俺は楽しい青春を手に入れるんだ。ミオさんのそんな言葉は信じない。
「ほれほれ、一人で影に向かって話しておるところを見られたら、ますます女子が離れるぞ。さあ、我と腕を組んで仲良く──」
「そうはいきません。見つけましたよ」
俺とミオさん以外の、三人目の声が響いた。教室の入り口を見ると、セミロングの髪を左右でお下げにした、眼鏡の地味な女子がいた。
それも、ドアにもたれてちょっとした決めポーズで。
「人の欲望をかき立てる悪魔よ。この世界への干渉は禁じられているはずです」
「我は召喚されてここに来たからのう。そんなことは関係ないのう」
影の中から余裕ぶるミオさんに、ルールを説くお下げの女子生徒。この子は一体何者なんだ。
「これ以上人間界に干渉させないよう、貴方を拘束します」
「天使風情が我をどうにか出来るのかの? 暴力に出るのか? 人間のいる場所で我とやるのか? ほれほれ、どうするのだ?」
「こうします!」
天使と言われた女子がポケットに手を入れ、小瓶を取り出す。
「それはなんだ? それで何をするのだ?」
「こうするんですよ!」
瓶の蓋に手を掛けた、まさにその時。
「まだ誰か残ってるのかー?」
あ、体育の吉川先生。
「もう一人女子の声が聞こえたと思ったが……」
「やだなあ先生、気のせいですよ。疲れてるんじゃないですか? 家族サービスで週末休めてないんですよ」
「で……お前は見たことない顔だが、クラスは?」
天使の目が泳いでいる。どう見ても捕まった不審者という顔だ。
「あ……えーっと……その、あの……し、失礼します!」
全力疾走。
あの天使、逃げやがった。どうすんだよ。俺一人に説明させるのか?
「田中、逃げた女子は誰だ?」
「多分ですけど……うちの制服を着た、いわゆる中二病の子……じゃないですかね? 校内への侵入は良くないですが、あの手の子は優しく見守ってあげるべきですよ」
「そ、そうか。お前も早く帰れよ」
天使さん、安心してください。俺の見事な機転であなたの身元は隠し通しましたよ。




