第11話 和解なんかさせるものじゃない
エアコンは温度が高めに設定されており、冷たい空気が優しく吹いている。少し暑く感じるが、定期的に当たるサーキュレーターの風が心地いい。
しかしエアコンよりも何よりも冷たい空気は、雰囲気というやつだ。
そう、俺とリエさんは正座させられており、主婦の眷属となったミオさんは影に隠れた。マリーさんは充電ドックに戻した上で電源を切り、家の中はこの部屋の空調の音しかしない。
「申し開きは?」
「ありません。連絡をしなかった俺がすべて悪いです」
思わず敬語になってしまう。
「ミオちゃんみたいなしっかりした子ならまだしも、こんな頼りない子じゃ信用できないわねえ」
「なにもしてません……」
「勝手にエアガンを持ち出して遊ぶ精神年齢の低さを言ってんの。こういう子がだまされて悪事に手を染めたり、悪い男について行ったりするの。まったく、正之助の部屋のクローゼットだけだったから良かったけど、誰もいない家によその子が一人で留守番なんて……」
母さんはため息交じりに言う。ぐうの音も出ない。
「お母様、信じてください。私は本物の天使なんです。天使が悪事を働くなんてありえません」
「天使とか悪魔とか今はいいから。ここは人間の家で、人間の尺度でものを言ってるの。わかる? それで貴方はよその子であって、うちの子じゃないの」
「……はい」
まさか天使が人間からガチ説教されるとは思わなかっただろう。俺もだ。
しかし、ミオさんは予想以上に母さんからの評価が高いらしい。見た目がしっかりしてそうだし、契約を重んじるからだろうか。
「それで、あんたこの子に手を出してないだろうね」
「出してません……」
「むしろ出してくれません……」
あ、いらんことを。
「あんた、それでも男?」
「母さんは俺をどうしたいんだよ! 人間の女子がいいんだよ!」
「それはミオちゃんにちゃんと言わなかったあんたの自業自得。契約ってのはそういうものだよ。でも、天使や悪魔に惚れられるなんてそうそう出来る話じゃないし、少しくらい楽しみなさい」
「豪胆すぎんだろ。ヘタしたらラブコメが異能バトルになるんだよ」
「ふふん。その時は私が正之助さんを守りつつ、あの悪魔を地獄に送り返してみせますよ」
「じゃあすぐにやればいいのでは? ほら、あの瓶の水とか使わないんですか」
「実はあれ、少々強すぎまして……」
急に口ごもるリエさん。この短い間にミオさんに情が移ったのだろうか。
「それが仕事よね? だったら貸しなさい。私がやるから」
「だめです! 仕事が終わったらここにいられなくなります!」
「なるほど、だから貴様は我に手を出さずにいたのか。油断も隙もない。正之助は我のものだと言って──」
「ミオちゃんもリエちゃんも選ばれてないじゃない。どちらのものでもないわねえ」
「……はい」
母さん強い。リエさんにもの申そうと出てきたミオさんが一瞬で沈黙し、影の中に逃げ込んだ。
「で、リエちゃんはバイトして生活費を入れるんだって?」
「はい! お食事やお風呂などお世話になりますので、田崎さんのところで働いています!」
背筋を伸ばし、ハキハキと答えるリエさんは、ここだけ自信を持っているように見えた。
「偉いねえ。高校生って立場にあぐらをかいてぐうたらしてる正之助も見習ってほしいねえ」
「俺のことはいいだろ。大体、うちの学校はバイト禁止じゃないか」
「そんなもんバレないバレない。なんなら家業の手伝いするって言えばいいんだよ」
「スポーツカメラマンの?」
「たまに結婚式場とかの仕事もあるからね、荷物持ちも、お父さんのパソコンのデータ整理もあるし」
「母さんがやりたくないやつばかりじゃないか!」
「バイトってのはやりたくない仕事のために雇うんだよ。なんで近場の仕事について行かなきゃいけないの」
やたらと父さんの仕事について行く理由が判明した。旅行気分かよ。夫婦仲が良すぎるだろ。
「お父様はカメラマンをなさってるんですね! かっこいいです!」
「でもねえ、どんな競技でもほいほい行くから、家を空けがちでねえ。だからマリーさんを買ったんだけど……」
ちらりと俺の足下を見やると、またため息だ。ミオさんを召喚したのは暇すぎた結果なんだよ。
おかしいな、現代風召喚の儀式って写真を仲間内で公開して笑って終わるはずだったのに……。
「それで貴方たちどうするの?」
「どうするって、なにがだよ」
「ミオちゃんとリエちゃんよ。二人とも正之助から離れたくない。ミオちゃんがいなくなればリエちゃんもいる理由がなくなる。だったら仲良くするべきじゃないかしら」
「天使が悪魔と……? それは承服できません」
「ほう、奇遇だのう。我も貴様のような飛び回ることしか能のない小娘ごときと手を取り合うなど、虫唾が走るわ」
俺を押しのけて再び現れるミオさんと、翼を広げてエアガンを構えるリエさん。
「貴様、そんなおもちゃで我をやれると思うたか?」
「銃口に聖水を少し垂らせば、プラスチックでも貴方はそれなりに痛い目に遭うことになるでしょう。さあ、聖なる炎に抱かれて痛い!」
母さんが翼を引っ張り、リエさんの姿勢が崩れる。言いかけで止められたリエさんは涙目だ。
「散らばったBB弾の掃除は大変なの。やるなら外でやってちょうだい」
「はい、すみませんでした……」
ああ、俺もあのエアガンで遊んでた頃、BB弾散らかしてめちゃくちゃ怒られたなあ……。
「正之助、あんた本当にこんな子たちから選ぶわけ?」
「だから人間の子がいいって言ってんだろ!?」




