文字の帳
嗚呼、分かり合えない!これは悲しく、寂しいわ!滲んだのは涙か、私か。感嘆の言葉が始めるのは、いつだって悲劇だ。人の弱さを知っている。それは、悲しくも切なくもない事実だ。友は笑う。分かり合えなくていいの、綺麗事じゃ生きられないものね。そこには、ひとつの答えが在った。私はそこが空白のままだ。
「そんでエ?まだ小説なんて書いてるのかア?」
曖昧に愛想笑いをして、俯いた。頬は一瞬、痙攣をする。叔父さんは、悪いお人だ。
「やめなさいよオ。」
奥さんが旦那を制するが、その表情はどうも可笑しそうだ。仮面をつけているのではない、こやつは化け狐だ。
「もう、書いていないです。」
私は自分の言葉で、自分を守れなかった。夫婦は顔を見合わせてくつくつ笑い合った。私は、人の弱さを、知っている。
煮えた腹は、私の在り方を抱き止めた。今は、ここに、居なくてもいい。私はすっと、息をする。窓の外で、雪は降り続いていた。そっと席を立って、祖母の部屋に来た。大切なものがあるのよ、入らないでちょうだいと、咎める人はもういなかった。棚から取り出した一冊は埃っぽかったけれど、今は、言葉のそばに居たかった。
手に取った一冊は、捲るページに人の気配がありながらも、大切にされていたようだ。祖母は言葉に守られていたのかもしれなかった。
その感覚は、冷えていた。孤独と、闇が、文字の間で揺れていた。私は知らないザラザラを、なぞっていた。それはひとつの文学だった。人の温もりさえ、冷えてしまったようだった。
孤独を文学にしようとしたわけでもない。ただ、書かなければ、冷えて切ってしまうことが恐ろしかったのだと思う。言葉は人であることを繋ぎ止めた。波打もしない静かな肯定が、そこに在った。
ーーー雪や、降る。目を背けたくなるような純白の中に、彼は立つ。ーーー
情景が、映る。指先に、力がこもる。本を通じて、彼に、触れるように。
それは、悲しくも、切なくもない。冷えたそれは、事実だ。突き抜けた、澄んだ孤独。それが、恐怖に変わる瞬間は、通り過ぎたようだった。
「一人じゃない。」
思わず、落ちた言葉。部屋は静かだ。私は否定も肯定もしない。嘘の手前で、私たちは出会う。溢れるように流れる言葉は、鼓動を揺らす。ただ言葉の存在は、私をそっと肯定した。
救うのは、いつだって、言葉ではない。けれど、意識を研ぎ澄ませば、そこに在った。
言葉が守ってくれたのは、愛でも未来でもない、確かな悲劇だ。分かり合えたわけでもない。
袖が静かに触れていた。
帳は、降りた。いつかの答えが、そこに在った。
綺麗事は、時に私たちを救うのかもしれなかった。
了




