「美少女に転生したので弟扱いしている少年を可愛がりたい。」
ホームルームが終わり、教室内は途端に姦しくなる。
女子校といっても、放課後の過ごし方は共学とそうそう変わらない。部活に励む生徒もいれば、友達とだべる生徒もいるし、自習に行く生徒、さっさと帰ってしまう生徒もいる。
俺はさっさと帰る派だ。特に用事もないし。
荷物を鞄に詰めて持ち上げたとき、隣の席の氷見さんが何の気なしににこちらに顔を向けた。
小柄な体躯にふわふわの柔らかそうな髪の毛、垂れ気味の眼が優しそうな雰囲気を醸し出している。口元にぱっと笑みを浮かべ快活な声をあげる様はまさに陽の人間そのもの。
「結月ちゃん、もう帰るん?」
「うん、じゃあまた明日ー」
「またねー、ばいばーい!」
「ばいばい」
元気よく手を振られるので、ひらひらと返す。
俺が今通っている学校は幼稚園や小学校からそのまま上がってきた生徒が半数近くいるので、友達……と言える程親しい人間はいないのだが、なんとなくみんな顔見知りというか、緩い繋がりがある。
今声を掛けてくれた子はとにかく明るい子でクラスみんなと仲が良い。俺はそのコミュ力に尊敬しつつも、遭遇する度若干びびっている。人生2周目なのに未だに基本ぼっちでいる生粋の陰の者だから俺は……。
昇降口で靴を履き替えると、日はまだ高く出ていた。これからどんどん暑くなってくると思うと気が滅入る。俺は汗っかきかつ胸がでっけーので、夏場は大変なのだ。前世は代謝の悪いひょろがりの男だったから汗で悩んだことはあんまりなかったのだが。
あー、今年の夏も引きこもるかな。クーラーの効いた部屋で広夢とゲームして過ごすのがなんやかんや一番楽しいんだよなぁ。
広夢っていうのは母さんの友達の息子で、ほぼ俺の弟みたいな存在だ。五歳下で、今は小六だったはず。一言でいうと生意気なガキ。
転生前は美少女になって男を揶揄いてぇ〜とか思ってたのに、実際美少女になってもガキとしか接点が作れないの、真面目にもったいない気がしてくる。
俺、ポテンシャルはめっちゃあると思うんだけどね。タッパのあるむちむちギャル風の美少女だぞ。
手入れも怠ってないから、隅から隅までぴかぴかのどこに出しても恥ずかしくない美少女であると自負している。
サラツヤの茶髪に、ばっさばさの天然の睫毛、常に潤んで煌めく大きな瞳。肌は透明感のある白さだし、唇もぷるぷる。顔の造形自体はギャルっぽいと思っている。
身長は170cm。胸がまあとにかくでっかい。柔らかいし人も沈み込むし、重力に逆らうように形が整っているため、頻繁に足元は見えなくなるのはちょっと不便。尻も太腿もむちむちではあるが、腹はくびれているし、足もすらっとしているし、全体の印象としては引き締まった肢体といえるだろう。
前世で見たら五度見するレベルのエロい美少女、それこそが俺である。
まあ、中身がそれを差し引いても終わっているのだが。むちむち美少女に冴えない男の魂が入ってもドラマは生まれないのがよくわかるね。
それに実際男にモテまくりだったとしても対応出来ないと思うから、今のままが一番いいのだろうとはわかっている。
なんとなく男にちやほやされたり揶揄ってみたりしたいという願望を前世から引き摺っているだけなのだ。
暑くなってきたら散歩もダルくなりそうだから、今のうちにいつもより遠回りして、昔よく行っていた公園を通ることにした。
近付くにつれ、男子小学生と思しき甲高さが入り交じる声が聞こえてきた。
もう17時だけど小学生って元気だ。早く家に帰った方がいいんじゃねえかなと思いつつ、ひょっこりと覗き込むと、5、6人くらいの集団の中に見覚えのある頭が見えた。
と、その頭がこっちを向くと、びっくりしたように目を見開いたあと勢いよく走り寄ってきた。うん、お姉ちゃんは今日も広夢が元気で嬉しいよ。俺はひらひらと手を振りながら広夢が走ってくるのを迎えた。
体を使って遊んでいたのか、真っ直ぐな黒髪は少しぼさぼさになっていて、知的な美少年顔の頬には砂が付着している。
俺が何も考えず指先で優しく砂を落とすと、広夢はがっしりとその手を掴んでギリギリと睨んできた。痛い痛い、ナチュラルに子供扱いが出ちゃったねごめんね。もうそういう年頃だもんね、俺が悪かったです。
ごめんごめんと謝る俺の言葉を遮るように、広夢がこっちを見上げてくる。
「結月ちゃんなんでいるの」
声変わり前の高い声が限界まで低められていて、俺は微笑ましさでにっこりしてしまった。いや、笑いどころではないと思うんだが、幼い弟が精一杯怒ってるよアピールしてくるの可愛くない?なんか機嫌が悪いらしい俺の弟、マジで可愛い。いや弟ではないんだけど、ほぼ弟だから弟です。
「散歩しつつ帰ってただけだよー」
「は?危ないでしょ。てかなんで笑ってんの」
「んふ、心配してくれてありがと。広夢もそろそろ帰りなよ。もう5時だよ、あ、今日もうち泊まる?」
「あ、ぇ、泊まる。いや、違くて、結月ちゃん普段こっち通んないじゃん」
「私が普段直帰しかしてないこと言ってる???いや、その通りだけど、時々長めに歩きたくなるんだよね。そのお陰で今日は偶然広夢にも会えたし、嬉しいよ」
「……バカじゃないの?」
「なんで急に罵倒」
「結月ちゃんがバカだから、もういいから早く帰りなよ」
広夢は私の体を反転させるとぐいぐい押し込んでくるが、小学生と高校生(しかも俺の体はだいぶデカい)の体格差からすると、その力は微々たるもの。
まあなんかよくわからないが、広夢が俺を帰らせようとしているのは伝わったので、俺は素直に歩みを進めた。
「広夢が一人だったら一緒に帰ろーかって思ったけど、友達と遊んでるの邪魔しちゃったね、ごめん」
「…………いや、僕も結月ちゃんと帰る」
「え、もういいの?」
「うん、もう帰るつもりだったし。ちょうどよかった。結月ちゃんはあそこの角で待ってて。こっち見ないでね」
「謎の指定入れるねー?」
「いいから早く行って」
「はいはい」
広夢が言った通りに公園を見ないように待とうとすると、広夢の「は!?おいバカどもが!」という声と、軽い足音がいくつも近付いてきた。
「おねーさん、おねーさん、こんにちは!」
「お姉さんが『結月ちゃん』ですか?」
「こんにっちはー!広夢からいつも話聞いてたぞ!」
「めっちゃ美人っすね!」
多い多い多い。
広夢の友達と思しき男子小学生が4人、俺の周りをぐるりと囲った。
明るくはきはきとした喋り方をする子と、おっとり気味の眼鏡の子、とにかく元気で絆創膏が多い子、最後の子はなんかチャラそうだ。
「えーと、こんにちは?結月で合ってるよ。広夢の友達、だよねー?」
ぐいぐい来られて困惑している。大人しめの広夢と違って元気な子たちだ。まあでも、広夢の友達だし仲良くしておきたいところ。
「そうです!」
「おれらちょー仲良し!」
「今日も一緒に遊んでました」
「それにしても結月ちゃんさん超かわいっすね!?モテモテなんすか!?」
「いや、モテたことはないかなー?」
「えっえっ、じゃあオレ彼氏に立候補してもいっすか!?」
「お前結月ちゃんに何言ってんの」
チャラそうな子の頭を、いつの間にか後ろにいた広夢が思いっきり叩いた。
ばしーん、といい音がした。チャラそうな子は「いってー!?」と言いながら頭を抱えたが、それとは対照的に広夢の真っ黒の目が据わっている。怒である。広夢のこんな顔初めて見たかもしれない。
広夢の友達がぱっと静かになるのを見ながら、俺はすぐそばに来た広夢の額を指でつん、と突いた。
「広夢?」
「でも」
「ひ、ろ、む」
「……………………………………泰弘、殴ってごめん」
「うん、友達でも殴っちゃダメでしょ」
「……ごめんなさい」
「わかればよろしい。えーと、泰弘くん?叩かれたところ大丈夫?痛くない?」
「ぜーんぜん、だいじょぶっす!逆に広夢が謝ることの方が心臓に悪いっすよ!」
けらけらと笑う姿にほっとしつつ、普段女子同士の絡みしか目にしないものだから随分と驚いてしまった。男の子同士の付き合いってやや乱暴なんだったわ。
俺はうん、と頷く。
「まああと彼氏は無理かなー」
「えええええフラれた!」
「当たり前だろバカ」
「やっすーってバカなんです、結月ちゃんさんごめんなさい」
「あははっ、バーカバーカ!」
「バカだなーっ!」
「みんなしてオレをいじめてくる!結月ちゃんさん助けて!」
俺に近付こうとするのを広夢が必死に防いでるのを可愛いなぁと思いながら他の3人に目を向けると、一番に声を掛けてきた子がぴっと手を挙げてハキハキと自己紹介してきた。笑顔がぴっかぴかで目が焼かれそう。
「光です!よろしく!」
「ぼくは蒼唯です」
「おれは尊だー!」
続けて眼鏡の子も元気な子も名前を言ってくれた。
みんないい子である。挨拶も出来て偉い。
「うん、よろしくねー。広夢はもう帰るらしいけど、みんなももう解散する感じ?」
「そのつもりです!」
「結月ちゃんさんは高校の帰りなんですか?」
「そうだね、さっき終わったくらいかな」
「やっぱ高校生って遅いんだなーっ」
俺たちが他愛のないおしゃべりをしていると、広夢と泰弘くんの決着が着いたのか、息を切らした広夢が俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「荷物も持ったし、帰ろう結月ちゃん」
「おっけー。じゃあ光くん、蒼唯くん、尊くん、泰弘くんも、気をつけて帰ってねー」
ばいばい、と手を振ると元気に手を振り返してくれる男子小学生たち。うーん、あまりにも純真無垢。最近広夢と一緒にいるせいか小学生を見ると健気で涙が出てきそうになる俺には特攻だった。
それに俺の人見知りも、流石に小学生(しかも向こうからぐいぐい来てくれる)には発揮されなかったようだ。久々にグッドコミュニケーションが取れたのではなかろうか。
まあ、泰弘くんはだいぶマセているみたいだったが。
広夢は、いつもは近付くと文句を言うのに、今日は随分と俺に引っ付いている。先程掴んできた腕がそのままだ。
「いい子たちだったね」
「結月ちゃんの前だから猫被ってただけだよ」
「まあ急に高校生が来たらびっくりするよねー?悪いことしちゃったかも」
「…………大丈夫だよ、楽しそうだっただろ」
「んふ、ありがとう、広夢」
俺は嬉しくなって、腕を掴んでいた広夢の手を取って握った。
ゆらゆらと動かしても、何も文句を言われない。久々の素直な広夢だ、めっちゃ可愛い。
「広夢ー?」
「……なに」
「私の大好きな可愛い弟は広夢だけだよ」
「……急に何言ってんの?」
「え、お姉ちゃんが取られるかもって不安になってたじゃん?だからあんなに私を帰らせようとしてたんだと思ったけど」
「全然違うんだけど」
「えー、違う?」
「結月ちゃんって本当にバカ」
バーカ、と呟く広夢の顔が、いつもの生意気な表情になってたので、繋いでない方の手で頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「広夢は可愛いねー?」
「頭ボサボサになるだろ、やめろ」
やめろと言いつつも払い除けてこないところがさらに可愛い。耳が赤くなっているのに気付いてないところも可愛い。
可愛い可愛い俺の弟。
やっぱり、俺は広夢といるのが一番楽しいから、男を揶揄うことはもう出来なくてもいいや。
自分の手を繋ぎながら、心底嬉しそうにしている結月を見て、広夢は秘かに溜息を吐いた。
鼓動は素早く刻まれているし、指先もじわりと汗が滲みそうで気が気でないし、翌日の悪友からの質問攻めも憂鬱だが、今この時はこれ以上なく幸福なのだからしようがない。振りほどけるわけがない。
広夢だけが好き(意訳あり)と言われたら、嬉しくなって力が抜けてされるがままになるに決まっているではないか。
細くしなやかな指先が触れるのは、快活な笑みが向けられるのは、無防備に好意を伝えてくるのは、全部僕だけにして欲しい。そう広夢が願っていることを、結月は全くもって知らないのである。
おねショタになっている気がしたのでタグをつけましたが、なっていなかったらすみません。




