幕間2 二宮、先生を取材する
そしてまた、おじさんの知らない数年後の物語――
*
「二宮さんの仰る通り、昔の私はフリーの探索者としてそれなりにやんちゃをしておりました。……ええ、昔の私がいまの落ち着いた私を見たら、さぞ驚くことでしょう」
ダレンポ系配信者、二宮――私の前でゆうゆうと語るのは、かつて自身を愛の吟遊詩人と名乗っていた美女だ。
私はぐっと身を寄せ、続きを促す。
私が活動しているダンジョン配信者取材記、二宮チャンネルはありがたいことに、前回行った”雷神”エリザさんへの取材で多くの反響を頂いた。
クラン”竜の山”側からも良い宣伝になったと言われ、コメントも多数頂いた。多くはエリザさんへの応援だったが、中には私の、レポーターとしての真摯な態度を応援してくれる人もいた。
温かい声援を頂けたのは、大変ありがたいことだ。
なお一部に見られた、エリザ様に踏まれたいだの、エリザ様の犬にしてくださいだのという特殊な……意味のわからないコメントは見ないことにした。
とはいえ、私の活動方針に変わりはない。
人気が出ようと取材を疎かにすることなく、探索者の生の声を拾う。初心を忘れず活動していくつもりだ。
そんな私がつぎに白羽の矢を立てたのが、彼女……通称ラブ”先生”。
”竜の山”にも劣らないと日本有数のクラン”暁の光”に所属する、A級探索者――ただし彼女は等級よりも、先生、という愛称で知られることが多いだろう。
現役のプレイヤーとして活動しながら、率先して後輩指導を行う先生。
時に優しく、時に厳しくも麗しい彼女の指導を受けた生徒は多く、なかには彼女を”英雄”と称する人もいるのだとか。
なので私はてっきり、彼女は面倒見のいい人なんだろうなと思っていたけれど――
「面倒見がいい、ですか。どうでしょうね。残念ながら昔の私は、もっと尖りに尖った厨二病の典型みたいな性格でしたけれど」
「ラブさんが、尖っていた、ですか……教育者としての落ち着いた姿からは、想像できませんけれど」
「若気の至りです。後悔はしていませんが……白石さんも耳にしたことはありませんか? ダンジョンの前で、歌って踊る美少女がいると」
ふふっと苦笑するラブさんは、女の私でも見惚れてしまうほどに美しい。
けど、噂は耳にしたことがある。腕は立つけど、妙に演劇口調な騎士がいると……。
「確かに、面倒がいい側面はあったかと思います。が、当時のそれは偽りの姿に過ぎません。表向きはいい人を演じながら、心の奥では他人の愛を求め続ける、承認欲求モンスター……人から与えられる愛などただの海水でしかないのに、当時の私はそれを求め続けていたのです」
やれやれと嘆息するラブさんだが、私は彼女が酷い人だとは思えない。
本当に承認欲求の強い探索者は、もっと酷い。
私のチャンネルにも時々、「俺は最強のダンジョン探索者になる男だから取材に来いよ」と上から目線でDMを送りつけてきたり、なぜ自分に取材が来ないのかと怒鳴りつけてくる人もいる。
そういう人間は大成しないどころか、ダンジョンに潜ったこともないペーパー探索者が大半だ。
けど、ラブさんは豊富な経験を元に、ベテランとして後輩の指導に当たっている。
虚栄心だけでは説明がつかない……と思うのだが、ラブさんの体感は異なるらしい。
「私が最も気取っていたのは、とある少女とともに活動していた時でしょうね。昔、私にすごく懐いてくれた子がいて……まあ今も良き友人として、私の家に来てご飯を作ってくれたりベッドメイクをしてくれたり、ずぼらな私の尻を叩いて起こしてくれたりしますが」
待って。それ半分奥さんでは?
あるいは、専属の召使いさん……メイドさん?
「当時の私は、それはもう極端な格好つけでしてね。彼女の前で英雄を気取りながら、彼女を救っているフリを演じていたのです。我ながら嘆かわしい話ですが」
「あー……よく分かりませんが、ラブさんにもそういう時代があったのですね……何か、方針を改めるきっかけが?」
彼女がソロでの探索活動を終え、クランに属し後輩を指導するようになった転機。
私の質問に、ラブさんは懐かしそうに表情を綻ばせる。
「その少女と過ごしていたある時、指摘を受けたのです。……他人に優しくするのも大切ですが、甘やかすだけでは良くない。時には成長する環境を与えなければ、人は自立できない、と」
「なるほど……でも、分かっていても中々言えることではありませんよね?」
「ええ。いまの時代他人に厳しくすればハラスメントと呼ばれ、立場を追われるケースも多くあります。……しかし、欠点をまったく指摘しないのは、優しさではないとも考えます。特にダンジョンでは、ですね」
ダンジョン探索はひとつ間違えれば、死に直結する危険な仕事だ。
優しく教育した結果、不用意な事故を起こしてしまい最悪の結果になる――そんな悲劇を回避する意味でも、彼女はいまの活動を続けているという。
「私に、そう考えるきっかけを与えてくれたのは……とある、おじさんでした」
「おじさん」
ぴく、と私の眉が思わず跳ねた。
先日のエリザさんとの取材にも出てきた言葉だ。もちろん、同じおじさんとは限らないけれど……。
偶然だろうか?
「そのおじさんは私の悩みを見抜き、面白い解決策を実践してくれました。詳細は省きますが……荒療治ではありますが、必要なことだったと思います。結局人が変わるのは、痛い目をみた時、ですから」
「なるほど。……そのおじさんは、有名な方なのでしょうか?」
私の質問に、ラブさんは眉を寄せて考えた。
麗しく首を傾げ、しばらく考え込んではみたものの……。
「すみません、名前までは。探索者はニックネームで呼び合うのが基本ですから。……ただ、普通のおじさんでしたね。町中を歩けばごく普通に見かけそうな」
「特別に強かったとか、目立つスキルがあったとか、でしょうか?」
「実力はありましたが、魔力ランクはD級です」
またD級。
しかもまた「平凡な、ごく普通のおじさん」。
そんな人が”雷神”エリザさんのみならず、界隈で有名な”先生”にまで影響を?
「そのおじさんは、ラブさんの親戚か関係者なのでしょうか。もしくは、長らくパーティを組んだ相棒とか」
「いえ。たまたま一度パーティを組んだだけの間柄です」
「……え?」
「赤の他人です。……そんな私にリスクを承知で指摘してくれた。彼こそ本当の意味で、教育者なのでしょう。まあ、あのおじさんに直にそう伝えても、笑って誤魔化されるでしょうが」
ラブさんがふふっと笑うが、そんな人本当にいるのだろうか?
昭和や平成ならいざ知らず、いまの時代に、余計なお世話だとやり玉に挙げられそうな人が。
……知りたい。彼女を変えたというおじさんの名を。
もしかしたら、エリザさんにも関わっているかも知れない、その人を――
しかし結局、ラブさんの口からおじさんの名が出てくることはなかった。
おぼろげな記憶によると、実におじさんっぽい名前をしていたらしいが……。
エリザさんに続き、名だたる教育者ラブさんにも影響を与えた、謎のおじさん。
同一人物かは、分からない。
けど、そんな名物おじさんが二人もいるとも思えない。
私の中で密かに『伝説のおじさん』とラベリングされつつある、謎の人物。
何者なのだろう。
いつか私も、その人を取材することは出来るだろうか?
この界隈には、まだまだ世に知られていない、すごい人が沢山居る――新たな発見にわくわくしながら、私は彼女への取材を続けることにした。
「ところで先程、ラブ先生にはご自宅にご飯を作りに来てくれる子がいると仰っていましたが……」
「最近アイテム鑑定師への就職が決まったらしくてね。就活に目処がついたので、これからは存分にラブ様への恩返しができます、と張り切っているよ。最近は家の掃除や洗濯もしてくれて、じつに助かっていて――」
完全に通い妻じゃん。
でも本人達が幸せならいいかな、と私はその話題を流すことにした。




