第16話 おじさん、若者に道を示す
冷静に考えれば分かることだが、おじさんには一人でコカトリスの卵を採取する力はない。
先にも説明したが、コカトリスの卵を入手する方法はふたつ。
ひとつは正面撃破。もう一つは囮役がコカトリスを惹き付けてる間に、盗み出すことだ。
当然、D級のおじさんにC級のコカトリス相手は荷が重く……まあ絶対に出来ない訳ではないが、危険は伴う。おじさんも歳だし、怪我するとあとあと大変だからね。割に合わない。
一方、盗み出す方はそもそも囮役がいない。
ラブさん達にコカトリスを押しつけ、その間に盗み出す手も考えはしたが……暴走したコカトリス達が巣に俺に迫ってきたら、これまた危険だ。
では、おじさんは結局なにをしていたか?
簡単さ。ラブさん達と別方向に出た十分後、こっそり入口に戻り、のんびりお茶をしていただけである。
「な、なっ……つまり……」
「君達が降参しなければ、おじさんに勝ちはありませんでした。というか、おじさん未だに勝ってないと思います」
「何よそれえええっ!?」
だんっ、とメイトさんの拳がテーブルを思い切り叩きつける。
周囲の客がびくっとし、ラブさんがまあまあと窘めるが当人の顔はリンゴのように真っ赤っかだ。
ダンジョン“針山山岳”を出たのち、俺はラブさん達と共に喫茶店に足を運んだ。
おじさんはうめ昆布茶、ラブさんは優雅にアールグレイとショートケーキ。
メイトさんは抹茶プリンとアイスにクリームソーダだ。注文を終えてもなお目頭を赤くし、俺をめちゃめちゃ恨めしげに睨んでいる。相当お冠のようである。
なお(諸々の責任を取る意味で)こちらの全額持ち。おじさんの財布のライフはもうゼロよ?
勘弁してくれと渋い顔をしてると、メイトさんは恨めしオバケみたいな目で睨み、うーうー唇を噛みしめた後スマホを掴んだ。QRオーダーでべしべし追加注文を投入していく。
「ベイクドチーズケーキにチョコキャラメルミルクレープ、宇治抹茶ラテにブレンドコーヒーにタピオカミルクティー」
「メイト君、食べ物で八つ当たりをしてはいけないよ」
「全部食べるぅ……」
子供のように拗ねるメイトさん。可愛いけど経済DVやめてください。
……まあ、今回は甘んじて引き受けよう。結構ダーティな手を取ったからな。実力者のラブさんがいれば、メイトさんが怪我をすることはないと思ってはいたが……万が一、という可能性もあるにはあった。
ラブさんなら下手は打たないだろう、と信頼もしていたが。
「ところで、オジマさん。ボクは今回の件について特に怒ってはいないし、勝負に非常な手を使うことを問題視もしていない。しかし結局、メイト君になにを伝えたかったのかな?」
「……単に、私を挑発して遊んでただけでしょ……?」
ラブさんがクールに、メイトさんが激おこぷんぷんで頬を膨らませる。
……さて。そろそろ本題に入ろう。
俺はメイトさんに微笑み、さきほど彼女に仕掛けた”ブックチャット”をもう一冊取り出した。
うぇ、とメイトさんの顔が歪む。
「卑劣な罠で、私をはめてさぞ楽しかったでしょうね、この鬼畜おじさん!」
「怒りたい気持ちは分かります。……が、じつはこのアイテム、罠ではなく、市場でもごく稀に普通に売られている不良品です」
「……は? え?」
「ブックチャットはダンジョンにある樹木を素材に、生産系スキルを用いて作成されます。が、たまに不良品が出来るんですよ。素材元である樹木のべつのモンスターの魔力が付着していたり、生産スキルの使用者がべつの作業をしていたせいで余計な魔力が混じってしまった、等ですね」
メイトさんがぎょっと目を見開くが、事実だ。
ブックチャットは遭難時やパーティ分割時の生命線になるアイテムにも関わらず、ごく稀に不良品が混じり込むことは業界でも有名な話である。
「待ってください。そんな命に関わる不良品が、いまの日本で?」
「これは国に関係なく、システム上どうしても起こりえるものなんだ。理由は簡単で、魔力を宿した製品はその大半が生産系スキルによるオーダーメイドだからね」
魔力は、電子機器と相性が悪い――ダンジョンの基本ルール。
ゆえにダンジョン内ではスマートフォンや電子機器、重機の類いが使えず、探索者と呼ばれる人間の手による採取活動が基本になっている。
同様の理由で、魔力を宿したポーションやアイテムを作成するのは工場では行えず、大半が手作業だ。
結果、人為的エラーから逃れることは出来ず、不良品はどうしても出てしまう。
「それでも、最近はだいぶマシになった。……ダンジョン系アイテムの品質管理を行う役職が出来てね。いわゆる“鑑定師”だ。こういった裏方の仕事があるからこそ、おじさん達探索者は安心して仕事に出れるわけだな。飛行機なら整備士、医療機器ならME――パイロットや医者のような主役ではないけれど、絶対になくてはならない仕事さ。
……そしてこれらの仕事は、上限魔力がD級でも十分こなせる。一方で、鑑定スキル以外にも目利きと経験が必要になる。今後、魔力系アイテムが増える度に需要が増える仕事でもあるだろう。……そこから足を伸ばして、アイテムを実際に生産する仕事に就くのも面白いかもしれない」
現代において、一人で完結する業務はまず存在しない。
ダンジョンに限った話ではないが、現代社会は業務が高度に細分化されており、不必要な仕事など早々ないものだ。
おじさんは、裏方業務を軽視しない。
むしろ、そういった仕事に背中を支えられているからこそ安全に探索できると思う。
「そして今回、メイトさんにいま説明した知識があれば、君達は勝負に勝てただろう。――同時にこういった事故は、勝負とは関係なく一定確率で発生する。状況によっては探索者の命に関わるだろう」
「…………」
「社会には色々な仕事がある。0を1にする仕事もあれば、1の成果を100として華々しく発表する仕事も。それに比べれば、マイナス1を0にする仕事は地味かもしれない。けど、大切な仕事だし……広い目で見れば、探索業務に貢献してるとも言えないかな?」
「……それは……」
「メイトさんの望む形ではないだろう。けど、君が本当に大切な人を守りたいと思うのなら、そういう手段もある、ということは忘れないでいて欲しい」
無論、選ぶのはメイトさん自身だ。おじさんにできるのは、助言のみ。
彼女が己の才能に賭けて、探索者の道を目指すのを止めはしない。
メイトさんはまだ若く、魔力の伸びしろも十分ある。魔力診断の精度も絶対ではなかったはずだ、本気で努力すればB級……才能があれば、A級まで行ける可能性はなくもない。
もちろん他の道を選ぶのも自由だし、そもそも、ダンジョンには全く関係ない仕事に就くのもアリだろう。……何なら、ラブさんの専属メイドになり生活を支えてあげても良いのだ。
何にせよ自分の気持ちと収入、生活との折り合いを考えたうえで、選んで欲しい。
選択肢があるのは、若い頃だけだからな。
おじさんみたいに、貴重な機会を無駄にしないでくれよ?
ふ、と年寄りらしいことを考える俺の前に、注文したベイクドチーズケーキとチョコキャラメルミルクレープ、宇治抹茶ラテにブレンドコーヒー、さらにタピオカミルクティーが運ばれてきた。
……本気で頼んだのか……店員さんがちょっと引いてるぞ。
呆れながら彼女を見つめていると、メイトさんが唇をきゅっと尖らせるのが見えた。
「……オジマさん。あなたに対する怒りは、まだ収まっていません。私を危険にさらしたことで、ラブ様を傷つけようとしたことに、本気で怒っています。……ですが、言いたいことは理解します」
さく、と彼女がチーズケーキにフォークをおろし、不満げに。
それはもう大いに怒ってますとばかりにぷくっと頬を膨らませ、渋々といったご様子。
まあ恨まれても仕方ない。やり方が卑怯なのは、認める。感謝されたくて、やってる訳でもないしな。
それでも、おじさんとしては……まだ若い彼女に、取り返しのつかない失敗をして欲しくないと願うだけ。
このやり方が正しいかは分からないが、な。
「分かってくれて嬉しいよ。中には逆ギレして、水を叩きつけてくる人もいるからな」
「……不満があるのは本当です。でも、理解もできます。実際に私は今回、ラブ様の足を引っ張りました」
「メイト君、それは……」
「ラブ様は違うって言いますけど、それは事実です。そして私がラブ様と一緒にいる限り、そういう危険性はつきまとう。そういう意味ですよね?」
おじさんの意図を正しく受け止めて頂けて、嬉しいよ。
彼女の気持ちは分かるが、ダンジョンが危険なのは事実だ。愛と友情を育む先が、ダンジョンである必要はないのだから。
「……私の人生については、改めてもう一度、ラブ様や家族と相談して考えてみますので」
「それがいい。もちろん、絶対に進路を変えろという意味ではないよ。何なら一度、本気で探索者を目指してから考えてもいいしね」
「分かっています。……探索者以外の仕事の大切さも、痛感しましたから」
そう言いつつも怒りは収まらないのだろう、メイトさんはぱくぱくもぐもぐと勢いよくベイクドチーズケーキをドカ食いし、続けてティラミスへとスプーンを伸ばしながら……
仕方なく。
本当に仕方なさそうに、俺に、手つかずのタピオカミルクティーを差し出してきた。ん?
「……ですから。これは、お礼です」
見れば、メイトさんは唇を引きつらせながらも――俺に向かい、ぺこりと頭を下げた。
悔しげに。
けれど確かに、感謝の意を込めて。
「ありがとう、ございました」
「……ああ」
感情とは別にお礼が出来る辺り、彼女も根はいい子なんだろう。
今回は痛い目を見ただろうが、それを糧に今後とも頑張って欲しい……と祈りつつ、彼女にカップをお返しする。
気持ちは嬉しいが、その……なあ?
「悪いな。おじさんくらいの歳になると、タピオカはカロリーがな……」
「そうですか。私とオジマさんは、どこまでも相性が悪いようですね。一緒にラブ様を応援した身なのに」
あの姿は忘れてくれと苦笑すると、メイトさんも呆れたように唇を緩め、ふふ、と笑った。
――実に、渋い話だ。
*
かくしてラブさんとメイトさん。不思議な二人組とのクエストは完了し、パーティは解散となった。
おじさんは規定通り、B・P社から三倍の給与を頂き、お財布がぶじ潤う。
メイトさんがその後どうしたかは、わからない。
そこまでの責任は、おじさんには取れないが……彼女がどんな道を進もうと、後悔がないことを祈るのみだ。
それが、おじさんに出来る唯一のことだから、な。
○クエスト総合評価:D
○利用者からのフィードバック
匿名M氏:評価 D
言いたいことは分かりますが同パーティを攻撃するようなやり方はダメだと思います! あと応援も様になっていませんでした、次までにサイリウムライトの振り方をきちんと勉強しておいてください!
匿名L氏:評価 A
(このコメントは投稿者の要望により公表を差し控えさせて頂きます)
※追記)クエスト規定違反 D
本クエスト業務中、該当する探索者によるクエスト遂行への妨害行為があり、本人も認めたため、クエスト最終評価はフィードバック内容に関わらずDとさせて頂きます。




