第15話 メイト、愛を知る(後)
「メイト君。きみは以前から、ボクに恩返しをできないことを気に病んでたようだけど……ボクからすれば、大した話じゃない。そもそも君をダンジョンに連れて行くと決めたのは、ボクだ。なら、ボクが責任を取るべきことであり、ボクはそれを理解したうえで行動した。だから責任を感じる必要はない」
「……ラブ、様……」
「それにね。ボクは君の応援、結構好きなんだよ。なにせボクは、愛に飢えているからね」
ぎゅーっと抱きしめられ、よしよしと後頭部を撫でられ、メイトの瞳に一筋の涙が零れていく。
……ごめんなさい。
ごめんなさい。
心から彼女に謝りたいのに――自分を包む温かな熱が心地良くて、言葉がうまく出てこない。
そんなメイトにラブ様は珍しく声を落とし、薄暗い吐息を零していく……。
「……メイト君。君には、理解し難いかもしれないけれど。世の中には、実の親から愛されない人間も、本物の愛を知らない人間も数多くいる。けれど君は、君なりの誠意をもってボクに愛を返そうとしてくれた。その姿勢が可愛らしくていじらしくて、つい、ボクも君を甘やかし連れ回してしまった……というのも、事実さ」
だから君一人が嘆くことはない。これはボクの罪でもあるからね、とラブ様がハンカチを片手にメイトの涙を拭う。
……でも。それでも。
「私は、応援以外にできることがなくて」
「その応援が、ボクには嬉しいのさ。人は案外、感謝の気持ちや愛を伝えられるだけで、心が潤うものだよ?」
本当、だろうか。
……私は、ただの役立たずでは、なかったのか。
そんな想いが本当は、ずっと、心の中で疼いていたけれど――
メイトの疑念を、ラブ様はふふっと笑ってはねのける。
「君が役立たずだなんて、冗談を。少なくともボクは君と一緒にいて楽しいと感じているさ。金銭的な価値がなくとも、友人と一緒に語り合うのは楽しいものだろう? それとも君は、友人との間にも利益が発生しないと価値を感じないタイプなのかい?」
ふるり、とメイトは首を振る。
いい子だ、とラブ様はくすくすと優しく笑う。
「オジマさんの言いたいことは、一理ある。……けれど人間は、仕事や利害関係だけが全てじゃない。時には君のように、心だけでもボクを支えようとしてくれる人がいる、それだけで元気が出るものさ。もっとも、その愛を語り合うのはダンジョンでなくてもいいよねと言われれば、ぐぅの音も出ないがね! その点は大いに反省しよう! ……だから泣くんじゃないよ、メイト君」
あっはっはといつものように笑いながら、メイトの涙を払うラブ様。
でも違う。
これは悲しくて泣いてるだけでなく……
悲しいと同時に、嬉しくて、泣いているのだ。
……自分の存在が、きちんと、ラブ様のお役に立てている。
身勝手な感情だと理解してはいたけれど、それでも……それでも、嬉しくて。
膝をついて彼女に抱きつき、顔を埋めるようにおでこをぺたんとくっつける。
人前で泣くなんて、いつ以来だろう。
そんなことを思いながら、彼女は声を殺して涙し、ぎゅうっと唇を噛みしめた。
ごめんなさい、と、ありがとうございます。両方の気持ちがぐるぐると入り交じる。
感情が暴走し、いま自分が何をしているのかすら分からなくなり、止めどなく涙があふれてしまう……いけない。こんな恥ずかしい所、ラブ様には決してお見せしたくない――そう思う一方、情けない自分を見て欲しい、受け止めて欲しいという気持ちもじんわりと交じりメイトの心を満たしていく。
そんなメイトに、ふふ、とラブ様がゆるやかに唇を綻ばせた。
「メイト君がこの状態では、勝負の続行は難しそうだね。……諦めて降参しようか」
「で、でもっ……」
「そもそも今回の勝負、負けても何もデメリットも無いだろう? 意地を張って、メイト君に怪我をさせることこそ、避けるべきだ。わんわん泣いてる少女を傷つける英雄なんてあり得ない。なら、さっさと降りるのが得策さ」
「っ……すみません私。本当に」
「気にすることはない。君の気持ちを知れただけでも満足さ。……とはいえ」
ラブ様がメイトから離れ、すらりと細剣を掴む。
巨大ミミズに狙いを定める。
結界の外でぐるぐると威嚇する獲物を前に、剣に炎を灯しながら、彼女がふっと勝ち気に笑い――
「負けるにしても、メイト君の感動の涙を、オジマさんに見られるのは気が乗らないね。彼女の涙はボクだけのものだ。降参する前に、メイクを整える時間くらいは頂こう。……メイト君も、オジマさんに緩んだ顔を見られるのは嫌だろう?」
それは……確かに。
メイトは慌ててハンドタオルで涙を払い、鞄から一応持っていた化粧道具を掴む。
負けは、認める。
けど、瞳を真っ赤にした顔をおじさんに見られるのは癪に障る。下唇を噛んだメイトは、慌ててポケットから手鏡を取り出す。
そう。私は、可愛い!
ラブ様の一番のファンとして――例え負けたとしても、いつも通りクールに佇むのだ……!
「その調子だ、メイト君! 五分あげよう、その間にいつもの君に戻りたまえ。あの厄介なおじさんに、君が泣かされたなんて知られたくはないだろう? 降参はするが心を折られてはならない。お前が卑怯な手を使うから仕方なく降参してやったんだぞと、顔にありありと不満を浮かべ、見せつけてやろうじゃないか!」
それがボク等にできる反撃さとラブ様がケラケラ笑い、メイトは急ぎ身だしなみを整える。
試合には負けても、心の勝負では譲らない。
それが自分の戦い方だと奮起し、人としての矜持を見せつけるべく、涙を隠す。
そうして、メイト達はブックチャットを用い、おじさんに降参を宣言した。
無論――涙の痕など、ひとつも見せずに。
*
メイト達がダンジョンを出ると、おじさんは既にプレハブ小屋の待ち合わせコーナーにて、のんびりペットボトルのお茶を口にしていた。
なんてのんきなと殴り飛ばしたい気持ちが膨れるが、苛立ちを悟られたくもない。
……けど、文句は言わせて貰う、とメイトは一歩前に出る。
「オジマさん。今回の勝負は私達の負けです。……ですが、ラブ様が負けた訳ではありません。ラブ様が本来の実力を発揮すれば、勝者は確実にラブ様でした。不覚をとったのは私の存在、そして、か弱くも可愛い私を狙い撃ちにするというオジマさんの卑怯にして卑劣、犬畜生にも劣る倫理観の欠片もない作戦によるものに過ぎません。人を貶めて口にする美酒は美味しいですか? きっとあなたの性根は何処までも腐っているのでしょうね。でも、ラブ様は決してあなたに屈したわけではなく私の……」
「あー……ちょっと待った、メイトさん。その前にひとつ、訂正しておこう」
口から溢れる怨嗟の言葉を、オジマさんが手を出し止める。
何か弁明が?
と瞳をつり上げるメイトに、彼はぼりぼりと無精髭を掻いて。
「確かに、ラブさんたちは降参してダンジョンを出た。その点だけを見れば、おじさんの勝ちかもしれないが……実際、どうなんだろうな?」
「……どういう意味ですか?」
「今回の勝負は、コカトリスの卵を沢山集めたほうが勝ちだろう?」
当然です。最初からそういう勝負でしたが……
何が言いたいのかと睨むメイトに、オジマさんは申し訳なさそうに腕組みをして。
「……おじさん、卵ひとつも集めてないんだよね」
「は?」
「だっておじさん、コカトリスにタイマンで勝てないし……つまり現状、0:0なわけだろう? これ、おじさん勝ってるかなぁ……」
は??? え???
は……はああ~~っ!? な、何言い出してるんですか今ごろ!?




