第11話 メイト、勝負の相談をする(前)
「あっはっは、それはまた愉快な話になったねえ。ボクの美技と、オジマさんの知見。どちらが上回るか勝負というわけだ、面白い!」
けらけらと笑うラブ様を前に、茅野姪――メイトはダンジョンの入口にて、はぁ、と溜息をついていた。
……なんで、こんなことになったの?
*
父の事業が失敗し、一家が借金を背負ったのはメイトが中学の時だった。
自分の家族が、借金を背負う――当時のメイトは想像すらしたことなく実感もなかったが、空気の重さはひしひしと感じていた。
冷蔵庫にいつもあった牛乳がなくなり、食卓から野菜が消えた。
以前はスーパーから買っていた水もお茶も、いつの間にかパックになり水道水になった。
両親は不安な色を浮かべつつも、具体的な話は一切しない……メイトの前ではいつも、穏やかな笑顔を浮かべるのみ。でも、深夜に両親がリビングで顔をつきあわせている様子を見ると、どうしても不安が拭えない……。
それでも幸運だったのは、両親がしっかり、メイトを守ろうとしたことだ。
『心配しなくていいからね。お父さんとお母さんが、あなたの分だけは何とかするから』
そのお陰で、メイトは借金取りの電話を取ったことも、自宅に押しかけられたこともない。
父はきちんと返済計画を立てていたし、母も夜遅くまでバイトを入れていた。ドラマで聞くような、無責任な親でなかったのは幸運だったのだろう。
それでも、家族の苦労は滲むもの。
メイトも自然と考える。……自分も、お手伝いできないだろうか?
中学生なりに考え、学校の知り合いに「私、いまお金が欲しくて」と呟いたら誰かがぽろりと口にしたのだ。
『ダンジョンのバイトとか? 結構儲かるらしいよ?』と。
……が、当時のメイトは思いっきり勘違いした。多分その友達も勘違いしていた。
ダンジョンバイトを、ダンジョンに一緒に入って荷物持ちをするのかな、なんて脳天気なことを考えていたのだ。今でも火を吹きたくなる程に恥ずかしい話だが、当時は本気でそう考え……
ダンジョンのあるプレハブ小屋付近をうろうろし、客を探した。
馬鹿だった。
警察が通りかかれば確実に補導……それで済めばまだマシで、悪意ある男に声をかけられ、人生が狂っていた可能性もある。
知らぬ間に、人生の危機に立たされていた――そんな自分に手を差し伸べてくれたのが、彼女だ。
「どうしたんだい、君。ダンジョンの前でうろうろしていたら誤解されてしまうよ?」
麗しい金髪に、すらりとした高身長。
理想の美女がメイトを見下ろし、爽やかに微笑んでいた。
事情を説明したら思いっきり叱られ、それでもお金が必要だと訴えると、ラブさんは眩しい笑顔で笑ってくれた。
「いいだろう! 丁度ボクも、手伝いを探していた所でね。君のような美少女なら大歓迎さ」
後はトントン拍子だ。講習を受ければ誰でも貰えるE級ライセンスを獲得し、彼女の後についていく。
ラブさんがどんなクエストに挑んでいるかは分からなかったけど、草原で飛びかかってくるウサギを軽々と薙ぎ倒し、あっという間に全滅させた。
簡単な仕事なんだろうな~、と、メイトはぼーっと見学し、素材集めを一緒に手伝った。
「六十五万円になります。こんなに上質な首狩りウサギの後鎌、どこで手に入れたんですか? 熟練の探索者だね、これは」
違った。ラブさんはガチ勢だった。しかも明らかに場違いな報酬をくれた。
慌てて換金し、でも、全額ネコババするのは良心が咎めた。だから報酬の大半を、ラブさんに返そうとしたのだが……
「遠慮せずに受け取りたまえ」
「いや、でも……」
「君には皮肉に聞こえるだろうが、ボクの実家は裕福でね。お金には困っていないのさ。もちろん仕事の収入は必要だが、君にはいま急ぎでお金が必要なのだろう?」
「でも! こんな額、受け取れませんっ」
両親の教育が良かったのだろう。メイトは、これはダメだと誠実に訴えた。
が、彼女はさらりと笑い、自分の手に大金を押し返してきたのだ。
「世の中には、人を騙して金を奪う邪な輩がいることを知っている。人の恩に、仇をもって返す者がいることも。……でも君は、違うだろう? 誠実な君だからこそ、ボクの愛を受けるに相応しいと思ったのだよ。自己満足だがね」
――結局、メイトは両親に事情を話した。
両親は驚いたが、ラブさんの好意を受け取り、返済に回した。
メイト家の借金は、完全に返済した。いまは生活も安定し、日常生活には困らない程度に安定している。
でも結局、メイトはラブさんに……ラブ様に何一つ、恩返しを出来ていない。
これだけの恩を受け、何もしないのは人として、恥だ。
だから、メイトなりに考え――けど彼女は、才能に恵まれなかった。強引に探索者育成学校に入ることも考えたが、失敗したら取り返しがつかなくなるし、ラブ様に合わせる顔がない。
……どうしたらいい?
どうすれば、ラブ様にお返しが出来る?
彼女はいつも笑って「必要ない」と口にし、それが逆に、メイトの心を苛んだ。
だから考えて、考えて……その末に閃いたのが。
「応援。しよう」
ラブ様は意外と格好つけなので、応援すると喜ぶ――馬鹿みたいな話だが、それは確かに、当時のメイトなりに考えた最良の回答だったのだ。
*
「どうしたんだい、メイト君。考え事かい?」
ニコニコと笑うラブ様に、メイトは失礼しましたと謝罪し頭を下げる。
不安がなかった訳ではない。いつまで、こんな生活が続けられるのだろう? と思ったこともある。
応援なんて、ただのパフォーマンス。ラブ様がいらないと言えば、一瞬で切り捨てられる。それも仕方ないと思いながら、メイトは未だ彼女の厚意に甘えている。……そんな自分が、本当は好きじゃない。
心の疼きをおくびにも出さず、メイトはいつもの真顔でラブ様に礼をした。
「申し訳ありません。ラブ様への愛が溢れるあまり、頭がいっぱいでした。……それより今回の勝負、本当に宜しかったのですか? 挑発されたとはいえ、私も乗ってしまって……ラブ様には本当に申し訳ないことをしたなと」
「気にすることはない。苦難を受け止めるのもまた英雄の役目だからね」
「っ……ありがとうございます。私は今日もラブ様を愛し、心より応援させて頂きます。それに、相手はD級のオジマさん。知識はあるようですが、ラブ様が相手で勝負になるかどうか」
まあ実際、ラブ様に勝てるはずがないと思う。
こちらはA級、相手はD級。自分が言うのもなんだけど、勝負になるかどうか……。
「――どうかな? あのおじさん、強いよ」
すっと、ラブ様の瞳が引き絞られた。
どきり、と心臓が跳ねる。彼女が本気を出すときの仕草だ。
「今回は卵の取り合いだけど、直接対決だったらさすがに悩んでたかもしれないね。まあでも、卵勝負なら……8:2ってトコかな?」
「ラブ様の勝率が八割、ですか。ずいぶんと低く見積もられ……」
「逆だよ」
「は?」
「それでも苦難に挑むのが、英雄ってやつさ。ちなみに直勝負なら、万に一つもないと見た。……対モンスターと、対人戦はまるで意味が違う。いかに素晴らしい英雄であっても、邪なる蛇の毒にかかれば、時には膝をつくこともあるだろう!」
ダンジョン入口、プレハブ小屋前でろうろうと語るラブ様。
……そんな馬鹿な。D級とA級の魔力差は、安く見積もっても三十倍以上。
どう考えても、オジマさんに勝てる道理がない。でも、この手の話でラブ様が嘘をついたのを見たこともないし……。
ラブ様は一体、なにを懸念しているのだろう?
「すみません、お待たせしました」
メイトが表情を曇らせる中……例のおじさんは、いつものようにふらりと顔を覗かせた。
登山用ブーツにウェア、腰元にインベントリと繋がるポーチと、ごく普通のダンジョン登山姿だ。
……見た目は本当にどこにでもいる、普通のおじさん。
正直、勝てる要素はなにも見当たらないけれど……
ラブ様は一体、なにを恐れているのだろう?




