第10話 おじさん、挑発する
ダンジョンといえば、探索者。
気持ちはよ~く分かる。おじさんも昔は英雄に憧れた口だからね。
けど世の中の仕事ってのは、それだけじゃない。むしろ世の中の大半の仕事は、表に出ない裏方作業だ。
手元でぬるくなったほうじ茶に口をつけ、息を飲むメイトさんに俺は淡々と続ける。
「例えば、ダンジョン研究家。まだ魔力やダンジョンの仕組みは解明されてないけれど、魔力が測定可能になり、ランク付けされたのは研究の成果だ。……或いは、ダンジョン保険屋。ダンジョン弁護士。クランの受付や資材管理、政府ダンジョン庁勤め。道はいろいろあるんじゃないかな」
小説に例えるなら、花形は作家。クリエイターなくして小説は存在しない。
でも小説が本として出版されるとなった時、頑張るのは作家だけか?
編集社の編集さんに校閲さん。ライトノベルならイラストレーターさんや、デザイナーさん。印刷業の人や、本を売る窓口となる本屋の店員さん。多くの人の協力があってこそ、作品は世に出される。
Web小説ならそれを発表するためのプラットフォームを整えてくれる人。それに、読者。レビューや感想を書いてくれる人、SNSで広めてくれる人など、挙げればキリがない。
ダンジョン業界とて、同じこと。
「ダンジョンは探索者だけで成り立つものじゃない。おじさん達が使っている武器防具、アイテムはどれも、ダンジョンで入手した魔石や素材をもとに職人さんが作ったものだ。そういう道もあると思う」
「それは……でも」
「メイトさんはずっと、ラブさんの隣にいたからね。探索者に入れ込む気持ちも分かる。けど、その視線をほんのすこしズラしてみよう。ラブさんの隣に立てなくても、彼女の扱う細剣の手入れをする職人になれば……巡り巡って、彼女への恩返しにならないかい?」
人生の道はひとつじゃない。とくに彼女は若いし、まだまだ選択肢は山ほどある。
おじさんが探索者になった時代はまだ、ダンジョンに関する研究が進んでなかったし、魔力上限なんて言葉自体なかったけど……いまの彼女は、おじさんとは立ち位置が違う。
飲み終わったカップを揺らす。カラン、と氷の傾く音がする。
……こんな話をするのは、少々、心苦しいがね。
「若者は夢を目指せ、諦めるな! と偉い人は言うかもしれない。……けど、おじさんは逆でね。時には、夢を諦めたほうが人生うまくいく時もある。まあ、色々試してみるのは悪くないけどね」
「…………」
「最後に選ぶのはメイトさんだ。おじさんは強制はしない。ただ、今の時点で才能がないと言われてるなら、別の道を選ぶのも選択肢のひとつさ。君の目的が、探索者になりたい、でなく、他人の力になりたい、ならね」
「……でも、そんなの……私は、ラブ様の隣に……」
「ひとつ昔話をしよう」
コホン、と俺は咳払いをひとつ挟んだ。
苦い思い出なので語りたくはないが、人生の後輩のため。……許してくれよ?
「あるとき、おじさんの後輩に若い探索者がいてね。その子はすごく明るくて元気いっぱいで、パーティの雰囲気を盛り上げてる可愛らしい少女だった。探索者のみんなは彼女をちやほやしたし、本人もやる気はあった。俺達ならやれる、がんばれる! って意気込んでたのをよく覚えている。……けどおじさんは、彼女のパーティ参加には反対だった」
「……どうして、ですか」
「才能がなかったからだよ」
彼女は確かに、明るく元気で花があった。普通のチームにいれば、優秀なムードメーカーになっただろう。
しかし彼女は基礎魔力が低いだけでなく、うっかりミスを意外と起こすタイプだった。
……けど、その子は可愛かったから、皆つい許してしまったんだ。
まあいいだろう。大丈夫だろう。
何とかなる。本人も努力してるんだから、って。
「そうやってなあなあで流してる間に、事故が起きてね。おじさんとその子は助かったけど、パーティは半壊。彼女はひどく塞ぎ込んでしまったよ」
「……それで、どうなったんですか。その子は」
「実家に帰るといってたけど、説得した。失敗を引きずって塞ぎ込むと、人生をダメにしそうな気がしてね。……それに、彼女には別の才能があった。人を元気づける才能と、人を惹き付ける才能。それでおじさんが、ダンジョンの関連会社に話を通して就職して、いまも頑張って仕事をしてるよ」
まあそれが巡り巡って、今のおじさんの雇用元になるなんて想像もしなかったが。
「おじさんが言いたいのは、道は一つじゃないってことだ。世の中には才能の塊みたいな連中が身近にもSNSにもゴロゴロいるが、大切なのは自分に合う道を探すこと」
「…………」
「夢を見るのはいい。けど、理想を目指しすぎて0点になるより、90点の道を進む。それもまた人生だと思うね」
おじさんの語りに、メイトさんはまたも黙り込んだ。
カツカツと指先でテーブルをつつき、葛藤を――鬱屈をぐつぐつと煮込んだように頬を歪め、ぎゅっと唇を噛みしめている。
……まあ、分かるよ。おじさんの語りは、上から目線の綺麗事だもんな?
納得できないさ。それが現実だとしても、感情を受け止めるのは難しい。
しかも、説教相手はおじさんだ。憧れの英雄ラブさんからの金言ならともかく、万年D級非正規おじさんの戯れ言を、すんなり受け入れろ、なんてのが無理な話。
案の定、メイトさんはぐっと顔を上げ、おじさんを睨んできた。
……顔に、はっきりと書いてあるね。
私の人生を、お前なんかが決めるな! って。活火山の如き感情が疼いているのが、おじさんの目にもよく分かる――まあ、若者はそれくらい反骨心がないとなあ?
「それでも……私はラブ様の隣に、並びたいです。……たとえ、私のワガママだとしても。オジマさんの仰りたいことは分かりますが、私はやっぱり納得できません」
「それが結果的に、ラブさんの邪魔になるとしても?」
「っ……それは……」
メイトさんの唇がぎゅっと引き絞られた。
頭では理解できても感情では納得しきれない、って顔だな。それを無理に我慢しても、あとあと遺恨が残るだろう。
……ふむ。ならここは、おじさんが一つ策を出すとするか。
「メイトさん。もし納得いかないなら、おじさんと一つ賭けをしてみないかい?」
「……は?」
メイトさんが目を丸くする。
ふふふ、とおじさんは邪悪な笑みを零し……いたいけな少女を罠に誘う。
「いま丁度おじさんはラブさんと一緒に、コカトリスの卵採取クエストを受けてるだろう? それに乗って一勝負だ。君にもし探索者の才能があるなら、おじさんくらい余裕で上回れるはずだからね」
「……は? 待ってください。幾らD級でも現役の探索者さんに、私が勝てるはずが……」
「もちろん君一人では勝負にならない。だから君は、ラブさんの協力を仰いでいい。事実上、おじさんとラブさんの一騎打ち。卵早取り競争さ」
メイトさんの口が、ぽかんと呆けたように開いた。
眉を寄せ、この人はなにを言ってるんだという顔だ。気持ちは分かる。メイトさんの資質を図るのに、ラブさんを巻き込む理由はないもんな。
けど、この勝負は彼女にいい刺激を与えるはずだ。
俺はほうじ茶の残りを飲み干し、彼女ににやりと唇を歪めてみせる。
「君の敬愛するA級探索者のラブ様と、しがない非正規D級おじさん。どっちが勝つかは分かりきっている……と言いたいけど、おじさんは姑息だからね。案外ひっくり返るかもしれないよ?」
「っ……あり得ません。ラブ様が負けるなんて。それに、その話はおじさんに何のメリットがあるのですか?」
「それは君が気にすることじゃない。おじさんの、くだらない思いつきさ。君の価値を計るための、ちょっとした閃き。……それとも、怖いのかな? 愛しのラブ様が、おじさんに負ける姿を見るのが」
メイトさんの瞳が、鬼のようにきりりとつり上がった。
怒らないはずがない。自分の才能を悪し様に言われ、愛しのラブさんをダシにして挑発されたら、な。メイトさんはエリザさんと同じく、地雷原が分かりやすくて助かるね。
……って、しまった。ラブさんの許可を貰わずに話を決めてしまったが大丈夫か? まあ彼女なら笑って引き受けてくれそうだが、後でフォローしておこう。
根回しが足りなかったなと腕組みする俺の隣から、すっと、沈黙を保っていたミウさんが手を挙げた。
「メイトさん。騙されちゃダメですよ。このおじさん、インチキの天才ですから」
「そーそー! 勝負するとき絶対、ぜーったい条件確認しなよ? でないとこのおじさん、どんなズルするか分かんないから!」
くっ、余計な茶々を……!
まったくもう……仕方ないなあ。おじさん言うほど、卑怯じゃないと思うのだけど。
「はぁ……分かった。じゃあ今回の勝負、おじさんは絶対に、ラブさんにインチキは仕掛けない。約束しよう。それでいいかい? ミウさん、シノブさん」
「録音しました」
「あのさあ……」
「後で音声データ送りますね、メイトさん。これで嘘があったら、うちのチームリーダーに声をかけてください。雷みたいな速度で突っ込んできますから」
「ミウさん案外いい性格してるよね……」
おじさん完全に犯罪者扱いだ。信用ないなあ……
とはいえ元々、勝負をするにしてもラブさんに罠を仕掛けるつもりはない。彼女は実力派だ、並大抵のトラップではあっさり見抜かれてしまうだろう。
まあ――本人に直接仕掛けたら、の話だがね。




