第7話 おじさん、愛と美に物申す
「メイトと出会ったのは、とあるダンジョンの入口でね。彼女はプレハブの近くをふらふらと不安そうに伺っていたよ。それを見たボクは、すぐさま彼女に一目惚れをした。ぷにっとした柔らかそうな顔に、冷たくクールな瞳。麗しいボブカットの黒髪、そして小柄にもかかわらずひたむきで献身的な態度。ああ、この子はボクに愛されるために現れたのだなとの天啓を受けたボクは、彼女の手をとりダンジョンへ……!」
「違いますよね。メイトさんへの金銭的援助が目的ですよね」
「ぐっ……さすがに通じないか……」
イケメンの仮面が剥がれ、ラブさんが頬を歪ませる。すみません。
そして、ダンジョン前に集まる少女といえば一時期有名になった“ダンジョン女子”だろう。
羽振りの良さそうな探索者についていき……公の場で語るのはアレだが、ダンジョンは一種の密室だからな。昔は色々あったわけだ。
そういう問題があったからこそ、今はダンジョンが出来たら政府が入口を封鎖し、プレハブ小屋を建てて受付を置いた経緯もあるのだが。
「とにかく、ボクは彼女に一目惚れをした。メイト君は会話に不慣れというか、典型的な内弁慶でね。見ていられなくなったボクは、彼女をダンジョンに誘った。あとは軽く手伝わせ、報酬の一部を渡して終わりにする予定だったのだけど……」
始まりは、ちょっとしたお小遣いをあげるつもりだったらしい、が。
「メイト君は、受け取らなかったんだ。代わりに、自分も働かせて欲しいと頭を下げてきた」
「なるほど……」
「だが説明するまでもなく、素人がダンジョンに挑むのは危険だ。とくに野良ダンジョンは、市民向けに整備されたダンジョンとは訳が違う。それに彼女が所持していたライセンスはE級。背伸びをしても、D級クエストまでしか受けられない」
「ええ。……あれ? ですが、コカトリスの卵採取はだいたいC級のはずですが」
「そこは少々ツテでね」
ラブさんが言葉を濁す。……とにかく大分、話が読めてきたな。
まず、メイトさんは何らかの事情により金欠である。しかし彼女は単なるタカリ屋でなく、自分でも働いてお金を稼ぎたいという真っ当な意欲もあった。
が、彼女には探索者としての実力がないため何もできなかった。
「ボクにもボクの仕事がある。が、メイト君に何もさせないのは酷だろう? 彼女にも役割が必要なのさ」
「……だから、ラブさんへの応援ですか」
「その通り! 人は、自分が役に立っているという実感があると安心するものさ。それにボク自身、褒められて悪い気がしないのも確かだ。ボクは実は、金はあれど親の愛に飢えていてね。たとえ偽りのピエロであっても、他人に褒められるのは大変に気分がいい! これもまた本心さ」
はっはっはと両腕を大げさに広げて自慢する、ラブさん。
それも彼女らしい、演技めいたパフォーマンスだが――
この人……ある意味でとても善人だなあ。善人すぎて社会にいると絶対損するタイプの人だ。
まあコブラ戦やコカトリス戦でも、俺やメイトさんに怪我させまいと立ち回っていたしな。行動は体を表すというか、らしくはある。
一方で、善意もやり過ぎれば毒になる。
悪人は裁かれるべきだが、極度な善行もまたバランスを崩すもの。……本題に入ろう。
「お話は分かりました。……ですが、今の状態が続くのが良くないのも、ラブさんならお分かりですね」
「もちろんさ。メイト君に、ボクの一方的な施しをあげるだけでは、いたずらに現状を引き延ばすだけだ。メイト君もそこは理解していて、自分もダンジョンの勉強をしてお役に立ちますと口にしていたが……その後については、聞いてないな」
「そもそも、ラブさんがそこまで責任を負う必要もないのでは?」
「言いたいことは分かる。しかし、一度は手を差し伸べた身だろう? なのに突然『今日から君はいりません』というのは、悪質だと思わないかい? 猫を拾ったのは気まぐれでも、拾った以上はボクにも責任はある。ボクが始めた物語なら、ボクが結末まで見届けねばならないだろう! ……とは、思っていたが、踏ん切りがつかなくてね」
要するに、意地か。
現状に対する問題意識はある。しかし一度いまの関係を始めた以上、いきなりはしごを外すのも申し訳なく、どうしたものか……といった所だろう。
店員さんにお水のおかわりを頂き、口に運ぶ。
乾いた喉元が潤されるのを感じながら、さて、どうするか――メイトさん本人にも事情は聞くが、他にいま必要なことを考える。
ラブさんのやり方はともかく、メイトさんへの愛情は本物だろう。人は、口は出せても金は本心から愛さないと出せないからな。
……その上で、今のラブさんとメイトさんの関係を踏まえたうえで、今後必要になりそうなのは……ふむ。
大分、プライベートな質問になるが。
「ラブさん。立ち入った質問になり、申し訳ありませんが……」
「ボクのスリーサイズかい? あいにく、顔と身長は誇れるが、胸については些かね」
「ハラスメントで訴えますよ。そうではなく、貯蓄はありますか?」
「任意の探索者保険に、積立NISAと探索者idecoもそれなりに。お付き合いしている男性もいないので大きな出費とも無縁だ。ボクの美貌に見合う殿方ともなると、ハードルが高くてね!」
でもこの人、彼氏が出来たら絶対尽くすタイプな気もする。
喋り方はともかく、行動はがちでいい人なんだよなあ……。
「それで? ボクの経済力と、メイト君の話がどう結びつくんだい?」
「単純な話ですが……メイトさんに、きちんと探索者としての経験を積んではどうかと進める案は、どうでしょう? 要するに、探索者育成学校への編入です。彼女が望めばですが……そうして下地をつけてから改めてラブさんと組み、仕事を通じて返済させる」
「ほう」
「その上で、彼女が金銭的理由により探索者学校へ通えないというなら、ラブさんが思い切って期限付きで支援する。……メイトさんは遠慮するかもしれませんが、中途半端にだらだら支援するより、思い切った方がいいと思います」
メイトさんの家庭事情は分からないが、現状ではただ、メイトさんがラブさんに甘えてるだけだ。
依存しすぎる前に、軌道修正した方がいい。――もちろん、ラブさんがどこまで彼女の面倒を見るかにもよるが……。
ううむ、とラブさんの眉間にきゅっと皺が寄った。
美人は顔をしかめても美しいが、表情は真剣だ。
「しかし、メイト君はそれで大丈夫だろうか? あの子は内弁慶だし、一人だと果たしてやっていけるかどうか……それに、彼女はあまり探索者向きの性格でもない気も……」
「だからと現状を続けるのは、メイトさんを甘やかすだけです。子供を自立させず、自分に依存させ続ける親は、おじさんはあまり良い親だとは思いませんね」
甘えさせることが不要だとは、言わない。
しかし社会で自立し、人として生きて行くには、自力で稼ぐ力が必要になる。
過ぎたる善は、ときに、悪意より恐ろしいものだ。
「おじさんの上から目線なアドバイスで、申し訳ありませんが……安易なバイトでお金を貰うより、きちんと勉強をして、将来のための礎を作る。その方が結果的に、彼女のためになると思います。その上でラブさんが、彼女を本気で応援したいと思うのなら、表向きのパフォーマンスでなく腹をくくって一括援助したほうがいい……と、綺麗事を口にさせて頂きます」
「綺麗事なのかい? それは」
「ええ。だって俺は、当事者ではありませんから」
メイトさんに実際に援助をするのは、ラブさんだ。俺が金を出すわけじゃない。ノーリスクだ。
当事者でない人間は、外野から幾らでもモノを言える。
しかし最終的なリスクを背負い、踏み出すのは当人。そして、責任を負うのも当人。
……エリザさん達だって、自分の足でクラン”竜の山”の扉を叩いただろう?
あれは本人の努力だ。おじさんの成果じゃない。
言うなれば、おじさんはご飯に添えられた、たくあん。お漬物。
添えることは出来ても、最後は本人次第さ。
喉を鳴らし、呼吸を整える。……正直おじさん、人に助言できるほど経験もないんだがなと自嘲しながら、続ける。
「自分からも、メイトさんに話を聞いてみます。特に、メイトさんが金銭的に困ってる点ですね。生活に支障をきたすレベルなのか、探索者学校に通うのを躊躇うくらいなのか。そもそも公的な援助を受けてるのかも気になります」
「その辺、ボクは詳しくないが……」
「探索者育成学校はそれなりにお金もかかりますが、いま探索者のなり手は需要が高いので政府の援助も豊富です。あとは低収入世帯向けの給付金制度、児童扶養手当や、もちろん生活保護といった手もある。――あとそもそも、補助を受けてない可能性もあります。そうなると、別の問題も浮かびます」
「……というと?」
「彼女の親に、援助を受ける知識がない。もしくは世間体を気にして受けてない。逆に、支援は受けているがメイトさん自身の教育に使われてない等、厄介な事例も考えられます」
「え。そんなこと、あるのかい?」
きょとん、と瞬きをするラブさん。
……ああ、そうか。この人、性根はすごく良いけど人間の悪意に対する理解が低いな。自分の子供の奨学金をギャンブルにつぎ込む親とか、多くはないが居るには居るぞ?
「ダンジョン探索と同じですよ。モンスターを倒して稼げと言うのは簡単ですが、山岳に住むコカトリスと、深海系ダンジョンに潜むホワイトシャークでは戦い方が違うでしょう?」
問題解決の基本は、問題の原因が何なのか?
ボトルネックを見極めることから、始まる。正しい原因が分からなければ、解決策を練っても意味がない。
そして大くの問題の根底に蔓延るのは、人間関係の悩みである。とくに、親との問題……正直この話がメイトさんの親にまで問題が波及すれば、かなり厄介なことになるが……。
一連の話を終え、ふぅ、とラブさんが一息ついた。
表情はどこか重く、疲れているように見える。
「……申し訳ないが、ボクは裕福な家の出でね。どうやら、考えが浅かったようだ」
「いえ。俺も聞きかじりの知識なので、大した助言はできませんが」
「それでも方針を立ててくれるだけ有難い存在だよ。……ああ、なるほど。だからB・P社担当の、日野さんは君を推薦したのか」
「……? 日野ちゃん?」
「君のことは彼女に推薦されてね。いまのラブさんの状況なら、きっと力になってくれるだろう、と」
ここで名前が出るとは思わず、眉を顰める。
日野ちゃん。俺の元後輩にして、俺がB・P社の派遣社員になるきっかけになった少女だ。お給料三杯の言い出しっぺ。
どういうことかと腰を浮かすと、ラブさんはふふっと瞳を微笑ませた。
「あのおじさんは、面倒くさいと言いながら、誰かが困ってると必ず手を差し伸べてくれる。そして、痛いかもしれないが大切なアドバイスを教えてくれる……と聞かされたよ。ずいぶん信頼されてるようじゃないか」
苦笑するラブさんだが、妙だな。
そもそも俺の、B・P社によるパーティマッチングは最新AIが決めているという話で、日野ちゃんが直接関わってるとは聞いてないが。
これは……。
裏で、何か工作をしているな?
どうやら俺の知らない所で、日野ちゃん――いや、B・P社の特別な規定があるのだろう。
……まあおじさんに出来るのは、目の前の仕事をこなすことだけ、だがね。




