第6話 おじさん、愛と美の正体を暴く
ラブさんとともに足を運んだファミレスは、偶然にも前回エリザさん達と顔を合わせた場所だった。
お代は割り勘だ。ラブさんが全額持つと切り出したが、さすがのおじさんも、年下の子に奢られてはプライドがね。
彼女がトマトパスタのランチセット、俺が明太子パスタを注文した後、早速とばかりにラブさんが切り出す。
「それで、オジマさん。君が、ボクの愛を疑う理由を教えて貰えないかな?」
「これは俺の独自理論で、エビデンスはありませんが……ダンジョンでの戦い方には、性格が出ます」
仕事にも人それぞれのスタイルがあるが、ダンジョン業務はとくに顕著だ。
分かりやすいのが、先日のエリザさんだろう。
彼女は防御スキルこそ扱うものの、基本、攻撃特化だ。代わりに短気な性格を示すようにスキルの効果時間が短く、長期戦に向いてない欠点を抱えていた。
俺自身についても同じ。
安全第一かつ陰湿で陰険、相手の弱点をきっちり見定めチクチク削る戦術を得意とする。分かりやすい陰気おじさんだな。
「その点から見て、ラブさんの戦い方はまさに王道、質実剛健とすら呼べるものです。多少のパフォーマンス感はありますが、正しい知識に、敵の力量に合わせた魔力消費スキルの選択。目立ちたがり屋とは正反対の戦い方です」
「賞賛の言葉をありがとう! しかし、世のアイドルがそうであるように、ダンジョンというステージで華々しく輝きたいからこそ堅実な努力をしている、という考え方もあるのではないかね?」
「考えにくいです。経験則ですが、己を美しく見せようとする――言い方は悪いですが、虚栄心の強い人はもっと派手なエフェクトを伴うスキルを好みますし、魔力消費も無駄にAランクスキルを使いがちです。……ダンジョン配信者などを見れば分かりやすいかと」
エンタメ性を否定するつもりはない。派手なスキルを披露し、リスナーを喜ばせるのも技術のひとつだろう。
けど、彼女の戦い方は正反対だ。
「そもそも本当に愛が欲しい、目立ちたいのなら、コカトリスの卵採取なんていう地味なクエストは受けませんしね」
「なるほど、そこは盲点だったね」
「ちなみにこの話は、メイトさんにも関係します。彼女はコブラとの戦闘時は応援してましたが、コカトリスとの対決時には息を潜めていました。メイトさんもまた、きちんと場を弁える知識があるということです」
一見ヘンなパフォーマーに見えるが、その実、二人の行動は安全そのもの。
俺の目から見れば、エリザさんのパーティより安定感がある。
「だからこそ不思議だなと思うんです。それだけ実利を優先できる人がどうして、ああも格好付けるのかなと」
「一応の確認だが、業務上の支障は出ていないね?」
「はい。なので指摘する程ではありませんし、余計なお世話だとも思います。……が、気にならないかといえば嘘になります」
注文したパスタが運ばれてきた。
頂きます、と彼女が礼儀正しく手を合わせ、フォークを伸ばす。お貴族様のように姿勢を伸ばし口を運ぶ姿は、ある種の絵画のように美しい。
しばらく黙々と、食事の時間が続いた。
ラブさんも思考を整理しているのだろう、ときおり眉を寄せて考え込む仕草が見える。
ふ、とラブさんが薄く笑った。
「大した理由はないよ。ボクは、本当は他人に愛されたくて仕方がない人なんだ。愛を求める浅ましい心を持つからこそ、他人に施しを与えてマウントを取りたくて仕方がない。……でも一方で、臆病で慎重な性格だから、地味な戦い方しかできない。だから、メイト君やオジマさんを連れ、地味な採取クエストをこなして自慢したい……という理屈は、どうだい?」
「考えにくいですね」
「どうしてかな?」
「自分を愛して欲しい、美しさを見て欲しいという年頃の女性が――今年で四十になる、中年非正規D級おじさんを継続雇用すると思いますか?」
金払いのいいおじさんが、若い子を誘うなら分かる。
しかし若く美しい女性が、自分の美と愛を誇るためにおじさんを囲う? ないな。世の中における、四十代非正規おじさんの需要のなさを甘く見てはいけない。
「幾らラブさんでも、サイリウムライトもろくに触れないおじさんと、まだ十五歳くらいの素人を連れて、愛が嬉しい、は無理があるかと思います。囲うならもっといい男でしょう」
「愛とはそんな簡単なものではないが……では、オジマさん。君に聞くのもなんだが、ボクの目的はなんだと思う?」
食事を終えたラブさんが、礼儀正しくナプキンで口元を払った。
ブロンドの髪が揺れる姿を見てると、本当に、どこかの御嬢様のようにしか見えない。……実力だけでなく、ご家庭も裕福なのだろうと推察できる。
そんな彼女が、俺やメイトさんを囲い、愛を語る理由。
いくつかは推測の域を出ないが、考えられるのは――まあ、アレだろう。
「メイトさんのため、ですよね?」
「…………」
ラブさんの行動はすべて、メイトさんの利益に繋がっている。
まず自分こと小島三太をパーティに加えた理由は、最近のダンジョン事情による所が大きい。
安全重視が訴えられるいま、ダンジョン攻略は四人以上推奨、最低でも三人以上の努力義務が課されている。数合わせとして、おじさんを加えたのだろう。……実力だけを見れば、彼女一人でもクリアできるクエストだ。
とはいえ、三人目の追加パーティが誰でもいい、とはならない。
実績のないフリーの探索者では、見目麗しい女性二人に余計な粉をかける恐れがある。ラブさんは実力でねじ伏せられるだろうが、メイトさん相手には心配もあるだろう。
だから、彼女はB・P社を経由した……B・P社は割高だが良質な探索者を派遣することで、業界でも定評がある。
最後に、報酬。
ラブさんはいかにも平等を装い三等分にしようと提案したが、一番得をしているのはメイトさんだ。これは、ラブさんがメイトさんに便宜を図っていると考えれば筋が通る。
「もちろん、ラブさん自身が仰る通り、自分を褒めてくれるメイトさんに感謝の気持ちを込めて報酬を渡してるのかもしれません。ただ、それにしては額が多いですし、あれだけ気前よく報酬を渡せるなら、メイトさんでなくもっと自分をちやほやしてくれる人を囲うことだって出来るはずです」
「ふむ……オジマさんは中々に、見る目があるね。驚いたよ」
「歳の甲、というやつです。誇れるものではありません。……それに、ラブさんも思っていた以上に話が通じますね」
メイトさんと共にいた時のパフォーマンスはなりを潜め、常識的な会話ができる――彼女が普通の人である証だ。
だからこそ、気になる。彼女が演じている理由。
「繰り返しになりますが、俺はダンジョン攻略が安全なら、文句はありません。これ以上話すのが野暮というなら、引きます。……ただ、余計なお世話だと分かったうえで言いますが、今のラブさんとメイトさんの関係はあまり健全とは思えません」
「その心は?」
「ラブさんの損失が多すぎる。お二人の関係は一見して、ラブさんが目立ってるように見えますが、その実いちばん損をしているのも、ラブさんです。……一方だけが極端に損をする関係は、健全とは言えません」
「ボクから与えられる、無償の愛。そう考えることは出来ないかな?」
「無償の愛をくれるのは、実の両親くらいですよ。いや、本物の両親ですら怪しいものです。……それに、おじさんも社会人ですからね。タダで利益をさしあげようなんて言われたら、何かあるなと警戒するものです」
契約とは、双方に利益があってこそ成立する。それが成しえないことは、常識人たる彼女も理解しているはず。
……という無言の圧に、ラブさんはぎしりと座椅子を揺らして腕組みをした。
顎に人差し指を当て、食事を終えた皿をそっと下げながら、ふむ、と呟く。
「実を言うとだね。ボクも、辞め時を失っているのだよ。確かに君の言う通り、ボクの態度は半分パフォーマンスだ。……だが時に、人はピエロを演じることも必要だろう?」
眉を顰めるおじさんに、ふふ、と彼女がニヒルに笑う。
艶やかな唇を開き、想像よりも優しい口調で、続けてくれた。
「確かにボクは、メイト君に大きな支援を行っている。だが、メイト君はああ見えて謙虚な性格でね。彼女は自分がとても困っていたにも関わらず、報酬を素直に受け取ろうとしなかったんだ。私に遠慮してね。
……だからボクは、彼女に愛を語ったのさ。
ボクは君から愛を貰う代わりに、報酬を払うのだ。だから遠慮なく使うといい――君の生活を立て直すために。
……その話を成立させるには、ボク自身が、愛と美の吟遊詩人を演じるしかないだろう?」




