第3話 伝説の超サイリウムおじさん
猛毒コブラはD級中位に分類されるモンスターだが、俺個人としてはC級下位でも十分通じると思っている。
敵単体の性能だけを見れば、確かにD級相当。噛みつきや毒攻撃は脅威だが、鍛錬を積んだ探索者の敵ではない。
が、連中の真価はその数にあると思う。集団で現れては一斉にターゲットへ飛びかかるため、特に後衛が狙われると危うい。
おじさんはともかく、メイトさんが狙われると危ういなと思い、念のため”シールド・D”スキルで彼女を守る下準備を構えていたが――
「ふふっ、どうしたんだい? 君達の力はそんなものかい?」
華麗なステップを踏み、坂道をものともせず風のように細剣を操る、ラブさん。
刃が滑るようにコブラの頭を落とし、続けて自らの残像を出現――”残像・B”スキルという、己の幻影を残してターゲットのヘイトを惹き付けるスキル――を発動させ、敵の意識を惹き付けながら側面より斬りかかる。
細剣は本来、刺突に特化した武器だ。
切断なら剣や大剣を振り下ろすべきであり、いかに柔らかいとはいえ包丁のように切れるはずはないのだが、彼女は苦もなくコブラの側面より刃を放ち、その首を落としていく。
上手いのは、彼女が敵のヘイトをきっちり惹き付けてる点だ。
俺やメイトさんから距離を取りつつ声を張り上げることで敵の注目を惹き、後衛の打たれ弱さをカバーする。戦闘の基本ではあるが、疎かにする人も意外に多い。
感心している間に、四匹のコブラ全てが討伐された。……と思ったのもつかの間、続けて気配を察する。
再び、数匹のコブラがシャアアッと声をあげ姿を見せた。
「おやおや、今日はファンが多いようだね! 握手会はまだまだ空きがある、ボクの愛を存分に確かめたまえ!」
「ラブさん、手伝いますか。シールドを貼りつつ応戦でしたら、俺も戦えますが」
「安心したまえ! この程度の敵であればむしろ、ボクの美を引き立てる役で十分さ。君達は安心してボクの勇姿を目に焼き付けて欲しい、いや、そうあるべきだな!」
ははは、と細剣を天高く突き上げ、その刃に炎を灯す彼女。
武器強化のスキルではあるが、同時に、コブラ達を熱源に惹き付けるヘイト管理の側面もあるのだろう。蛇系モンスターは熱に引き寄せられるからな。どうやら徹底的に、自分で相手をするつもりらしい。
……俺はどう立ち回るべきか。まあ、無駄に魔力を消費することもないか、と見学に回っていると。
トン、と肩を叩かれた。メイトさんだ。
「お手すきでしたら、オジマさん。私と共に、ラブ様を応援しませんか」
「……へ?」
「偉大なるラブ様を応援する、それが私、メイトの役目ですので」
ぼそぼそと声低く無表情で語った彼女が、インベントリに手を伸ばす。
取り出したのは……もこもこした、黄色いふりふりしたもの? だった。
……ああ、アレか。体育祭やらイベントで使う、チアリーダーさんが手にする”ぽんぽん”だ。煌びやかなリボンを揺らし、腕を振ってふりふりする奴。
それを、メイトさんは無表情のまま頭上に掲げ……
振り下ろし、腕を広げ、ぶんぶんと応援を始めた。
「がんばれ、がんばれ、ラブ様ごーごー」
「……あの。メイトさん……それは一体……?」
「スキル”応援・R”です」
「いやそんなスキルありませんよね? しかも、Rって何ですかRって」
スキル発動の際には、スキル名を口にし、消耗魔力に応じた英文字を後ろにつけるのが基本ルールだ。理屈は不明だが、ダンジョンではそういう仕組みになっている。
が、彼女のやってる行為は、スキルでも何でもなく……
ただ応援してるだけ!
なのに、メイトさんは真顔でこちらを見上げ、
「何を仰いますか、オジマさん。ラブさまへの愛、ラブのRです」
「ラブの頭文字ならLだと思うんですが」
「まだ、ラブ様への愛が足りてないようですね。仕方ありませんので、オジマさんにはこちらをお渡し致します」
言われてメイトさんに渡されたのは、黄色に輝く棒……いわゆる、サイリウムライトだった。
おじさんは正直まったく知識がないが、確か、アイドルに向かってふりふりするアレだ。
……いや……言いたいことは、分からなくもないが。
一体、何の意味が?
「さあオジマさん。私と一緒にラブ様を応援しましょう」
「いや……」
「愛と勇気こそが世界を救う。ラブ様がんばれー、と私たちが勇気づけることで、ラブ様の力になるのです」
「いやぁ……」
何なんだ、このパーティ。ファンとアイドルか?
てか、おじさんもやるの?
……まあ正直いま暇だし、コブラのヘイトはラブさんが引いてるから問題無いけど……
どうしたものか、と戦闘中のラブさんに視線を送ると――
ぱちっ、と彼女が勇ましくも麗しいウィンクを返し、細剣を握ったままサムズアップしてきた。
「さあみんな、ボクを応援してくれ! そしてボクを愛してくれ! 君達の愛が、ボクの心を救うのさ……! ああ、魔力がみるみる回復していくかのようだ!」
「…………」
絶対そんなはずないでしょ。……とは、思う。思うのだが……。
ぐぬぬ、とおじさんは悩む。
正直、というか絶対に応援なんかで魔力は回復しないし、何の役にも立たないのは明白だ。
が、しかし。
しかし現状、おじさんは戦闘の役にも立っていない。
暇なのである。
そしておじさん的な価値観だと笑われそうだが、給与を貰っておきながら何もしないのは矜持に反する。
つけ加えれば、本クエストの依頼主はラブさんとメイトさん。
俺は外様、何も知らない外部協力者だ。
郷に入らずんば郷に従えとも言うし、それで、クライアントのモチベーションが上がるなら……。
……ううむ。ううむっ……やむを得ん。
そう。これも仕事、仕事なのだ――パーティのモチベーションを挙げるのであれば、そう――
立派な、仕事である!
「ふ……っ……ふれーっ、ふれーっ、ら・ぶ・さ・ま! ラブ様、サイコーッ!」
小島三太、四十歳。
人生ではじめて、サイリウムライトを振る。
いかん、恥ずか死にたい。
見る人が見れば「ママー、あれなにー?」、「しーっ、見ちゃダメよ、あれが仕事先を選べなかった可哀想な非正規おじさんの末路なのよ」と言われそうだが、これも仕事。仕事に貴賤はないのである。
給与を貰ってるなら多少恥ずかしがろうが身体を張る、それがプロってものである……!
「オジマさん、応援に心がこもっていませんよ。真にラブ様を応援するのであれば、私のように感情豊かに応援しましょう」
「メイトさんも無表情じゃないですか……」
「私は表情に出にくいだけで、心の奥には溢れるほどの愛がビッグバーンしやがて集束しています」
「集束すると小さくなると思うんですが」
そんな馬鹿な会話をしつつ、ぽんぽんとサイリウムライトを振ってる我々を余所に、ラブさんは華麗に敵を蹴散らしていく。
トンと地を蹴り、空中で一回転。剣を中心に構えつつ天を足で蹴るかのように踊り、着地した頃にはまた一匹、コブラの首が落とされる。
残り一匹。彼女なら容易く倒せるだろう……と思ったら。
彼女はふっ、と唇をニヒルに歪ませて。
「ああ。ボクはどうしてこうも美しいのだろう! 美しいとはじつに、罪深い……!」
格好つけ始めた。いや早く倒して欲しい……。
「ラブ様のお気持ち、理解いたします。しかし、その罪はラブ様がラブ様として生まれた時より出ずる原罪――それは、ラブ様が受け止めるより他ないのです。そして私は、ラブ様とともに罪を被る覚悟がございます」
「ありがとう、メイト君。きみのおかげで、今日もボクは戦える。まだ、舞える!」
何言ってるんだこの人達。ダメだ、まるで理解できん。
……けど。
……けど間違いなく俺より強いんだよなあ、ラブさん……。
十分にも満たない戦闘が終了し、ふっ、とラブさんが細剣についた血を払う。
当然のように汗一つかいておらず、消費魔力も微量。俺のメンタルを除けば最良の結果である。さらに――
「では諸君、報酬の時間だ。見たまえ、我が美技により得ることの出来た成果を!」
ラブさんが示した先、地面に転がっていたのは、猛毒コブラの魔石と……コブラ眼球が、複数。
マジか、と驚きを隠せない。
ダンジョンにてモンスターを撃破すると魔石になるが、中には特殊な条件を満たすことでアイテムをドロップする場合がある。
竜の尻尾斬りなどが、典型例だ。
そして猛毒コブラの眼球は、コブラが毒を吐く直前に首を落とすこと。正直、狙うのはかなり難しいが……。
「ラブさん。もしかして狙って、ですか?」
「当然だとも。我々の目的はコカトリスの卵だが、道中の報酬が多いに越したことはないだろう? 探索者というのは危険な仕事だからな、いざ怪我をしたときに備えて貯蓄をしておくに越したことはない」
仰ることは、ごもっとも。探索者なんて一見すごい仕事に見えるが、大けがひとつで収入を失うからな。
将来に備えて、保険や貯蓄はきっちり作っておくべきだ……と、おじさんの身で言うのもアレだが。
とはいえ基本は、ラブさんの全取りでいいだろう。何もしてないサイリウムおじさんが、分け前を貰うのは申し訳ない――と、思っていると。
ラブさんが、ふっ、と金髪を流してにやりと笑った。
「ではここは、均等に三等分といこうじゃないか!」
はい?
「確かに、戦ったのはボク一人だ。だが君達の応援がなければ、ボクはああも美しく舞えなかった。その愛に正しく応え、そして、ボク達パーティの仲を深めるためにも、報酬は平等に分けるのが正しい行為だと思うのだよ!」
え。マジで? それはさすがに……
目立ちたいだけかもしれないが、大盤振る舞いすぎないか?




