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君の声が僕を推す。  作者: 寿賀田 まさの
第1章 始まりは推し活と謎の声
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第4話 心踊らす三拍子!?

ライブハウスの外に出ると、夜の新宿の空気が肌を刺すように冷たかった。

それでも佐久間悠作の頬は熱く、鼓動はまだ早いままだ。耳の奥に残る重低音と、眩しすぎるライトの残像。


さっきまで、ほんの数メートル先に――推しの高橋蓮斗がいた。


「……やっぱ、生で見るのは別物だな」

半分は息、半分は感嘆。

隣で、いつもの低い声が淡々と返す。

「最初、声、裏返ってたぞ」

「いや、裏返るだろ! あれは反則だ……照明が当たった瞬間、目が合った気がしたんだよ」

「気がした、じゃなくて合ってた」


あっさり言われて、悠作は足を止めた。

「……本当に?」


「お前が変な笑い方してたから、向こうも笑いそうになってた」

「変な笑い方って何だよ!」

笑いながら歩き出す。

駅に向かう人波の中、周囲の喧騒は耳に入らない。


頭の中は、歌っている蓮斗の姿でいっぱいだった。


「『Blue Twilight』の時、マイクを握る手の指が震えてたの、見たか?」

「そこまで見てないよ……っていうか、よく見てるな、お前」

「前方ブロック確保はそういうことだ。推しの毛穴まで見るのが醍醐味」


「毛穴は見なくていい」


言いながらも、悠作の脳裏には、さっきの表情が鮮明によみがえる。

汗が頬をつたう瞬間、強い照明に照らされた横顔――ああ、この顔が好きだ、と心の奥で素直に思ってしまう。


胸の奥が、ちょっと痛いくらいに熱くなる。



そのとき、視界の端に人影が差した。

目線を向けると、そこに、トワがいた。



長身で、夜の闇に溶けるような黒髪。


和装は細身の体に沿って揺れ、袖口からは白く長い指がのぞく。腰のあたりまで漂うように伸びた帯は風もないのに揺れ、周囲には青白い火の玉が浮いている。


それなのに、顔だけは恐ろしく整っていて、薄い唇がわずかに笑みを作っていた。


ふわりと、足元が地面から離れている。まさに古典的な幽霊――なのに、見惚れてしまう。


そうだ、隣にいるのは、急に姿を見せたこいつだった。


「あ……そうだ。横で歩いてたの、お前だったんだな」


「他に誰がいる」


「いや……顔、整いすぎだろ。ずるいって……」


「おい、口半開き。虫はいるぞ。和装に火の玉まで付けて、サービス満点だろ?」


「そういう問題じゃねぇ……」


ふと我に返った悠作は、視線を逸らした。直視すると、心臓の音が自分でもうるさい。


駅までの道を並んで歩く。トワはまるで何事もなかったように、話題を切り替えた。


「で、次は握手会だな」


「急に仕事モードだな……」


「今回のライブで得た情報を整理する。お前、蓮斗の歌い出しで一瞬目を閉じる癖、気づいたか?」

「ああ……あれ、良かったなぁ……」


悠作の声が急に甘くなる。自分でも気づいている。推しを思い出すと、語尾がやたら伸び、声が柔らかくなる――オタクあるあるだ。


「その、良かったを具体にして言え。『Blue Twilight』の歌い出しで、一瞬まぶたが震えたのが好きでした、と」

「いや、それ言ったら若干変態じゃない?」

「変態でいい。推しは変態くらいに観察されるのが本望だ」

「お前、ほんと何者なんだよ……」


信号待ち。


悠作はつい、横目でトワを見てしまう。


街灯に照らされた横顔は、やっぱり整いすぎていて、現実感がない。しかも浮いているから、余計に人目を引くが、周囲の人間には見えていないらしい。


「……反則級の顔、やめてくれない?」

「中身は変わらんだろ」

「……それが一番困るんだよ」

「褒め言葉と受け取っておく」

「褒めてない。推しの余韻で頭いっぱいだったのに、お前の顔が視界に割り込んで、情報処理がバグったんだよ」


「贅沢な悩みだな。隣が俺じゃなくて蓮斗だったら、もっと幸せだったか?」


「……それはそれで心臓止まるわ」


軽口の応酬に、さっきまでのライブ熱とは別の熱が胸にじんわり広がっていく。


舞台の上の蓮斗と、横を歩くトワ、どちらも、目を離せない存在になりつつあった。


赤信号が青に変わり、人の流れが動き出す。

悠作は視線を前に戻した。


「握手会は制限時間短い。前の人が剥がされるタイミングを見極めろ」

「剥がされるタイミングって……物騒だな」

「スタッフが肩に手を置いたら終了合図。そこまでに伝えたいことを言い切れ」

「わかった。……いや、たぶん言えないけど」

「言える。俺が叩き込む」

「……また稽古か」

「当たり前だ。稽古なき握手は敗北だ」


このやりとりに、悠作は思わず笑ってしまう。

なんだかんだで、幽霊と過ごす時間が心地いい。


駅前のコンビニで麦茶を買い、ベンチに腰を下ろす。夜風が汗ばんだ首筋を撫で、やっと少しだけ落ち着いてきた。


「しかし……今日の蓮斗、やっぱ格別だったな」

「今日“も”だろ」

「そうなんだけど……、あの笑顔はずるいって。歌い終わって、息が乱れてて、それでも笑ってくれるとか……」

「お前、顔がニヤけてる」

「自覚してる……」


麦茶を飲みながら、悠作は苦笑する。


推しの話になると、表情の筋肉が勝手に緩む。こればかりは止められない。

「で、握手会まであと何日だ?」

「……三日」

「よし、じゃあ今夜から特訓開始だな。発声練習と目線の合わせ方、呼吸のタイミングを……」

「え、そんな本格的にやるの!?」

「当たり前だろ。恋も推し活も、準備がすべてだ」

「……はいはい、師匠」


夜の街を抜け、改札口が近づく。


トワは相変わらずふわりと浮いたまま、悠作の横をついてくる。

「いいか悠作、次は絶対に“勝つ”ぞ」

「勝つって……何に?」

「蓮斗の心に、ほんの一瞬でも刻み込む。それが勝利だ」

 悠作は笑いながら頷いた。


胸の奥では、ライブの熱と、幽霊の存在感が、まだくすぶり続けていた。

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