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君の声が僕を推す。  作者: 寿賀田 まさの
第1章 始まりは推し活と謎の声
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第2話 刹那の温もりに馳る想い!

仕事から帰ってきた佐久間 悠作は、カバンをソファに置くと、スーツの上着を脱ぎながらスマホを開いた。

地下アイドル・高橋 蓮斗の次回ライブの詳細ページが表示されている。

会場、開場時間、セットリスト予想――ファンのSNS考察を、息を詰めてスクロールしていく。


「悠作」


背後から、低く落ち着いた声。振り返っても誰もいないが、耳元にだけ空気が揺れる感覚がある。


「なに?」


「開場1時間前に並べ。前方ブロック確保だ」


悠作はスマホを持つ手を止め、苦笑する。


「いや、そんな早く行っても……」


「前の方は音も表情も全然違う。三曲目でのウィンク、見逃すな」


「……細かいな」


「細かさが命だ。推し活は戦術だぞ」


「お前、元は軍人か何か?」


返事の代わりに、耳の奥で小さく笑う気配がした。



幽霊。名前も顔も知らない存在は、悠作の推し活に異常なほど詳しい。

声は柔らかく、時に軽口混じりだが、その言葉はやけに説得力を持っている。

まるで長年の恋人の趣味を研究し尽くした人間のように。


「あと、後日控えている握手会の導線だ」


「導線?」


「握手会の会場に入ったら、受付から三つ目の角でスタッフが誘導してくれる。その手前で手汗を拭け」


悠作は呆れ顔になり、椅子に深く腰を下ろす。


「そんなとこまで?」


「【推しの手に触れるまでの30秒】を制する者が勝つ」


「勝つって……何と戦ってんの?」


「己の緊張と、他のファン」


その一言がやけに真剣で、悠作は吹き出した。メモアプリを開きながら肩を震わせる。




「あと話すネタだな。お前、前回どう言った?」


「……『今日もかっこよかったです』って」


「それじゃ弱い。『前回の三曲目が刺さった』って具体的に行け」


「三曲目……ああ、『Blue Twilight』か」


「そうだ。『あの曲、歌う前の表情が好きでした』まで言え」


悠作は半眼で天井を見上げ、苦笑混じりに呟く。


「……アンタやっぱり元・恋愛プロデューサーか何か?」


「距離の詰め方は恋も推しも一緒だ」


「推しと恋人をごっちゃにすんなよ」


声が少し低くなり、耳元に熱を帯びた気配が忍び込む。

「似てる。目を合わせた時の破壊力とか、心臓のドクン具合とか」



「ドクン具合って単位あんの?」


「ある。推し界隈用語だ」



悠作はふと、前回の握手会を思い出す。

緊張で目が泳ぎ、言いたいことの半分も言えなかった。

蓮斗は軽く笑って「ありがとう」と返してくれた。その笑顔が嬉しかった反面、少し悔しかった。


「そういや前々回は?」


「……『ハ、ハイタッチしてください』って言っちゃった」


「予定にない追加リクエストして押し出されたやつか」


「やめろ、忘れたいんだ」


悠作は額に手を当て、ソファにもたれる。

幽霊はそんな様子を面白がるように、少し間を置いてから口を開いた。


「失敗は戦歴だ。次に活かせ」


「戦歴って……戦争なの?」


「推し活は心の戦だ」


言い切る声は楽しげで、部屋の空気がわずかに軽くなった。




「……もし今回もうまく話せなかったら?」


「その時はまた策を練る。失敗は戦歴だ」


「2回言ったな、それ」


「大事なことは繰り返す。恋もそうだ」


 悠作は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎながら首をすくめる。


「恋にうるさい幽霊って珍しいな」


「恋と推し活は表裏一体。どっちも“好き”をどう伝えるかが勝負だ」

低めで落ち着いた声なのに、どこか熱っぽい。


「説教くさいけど、ちょっとわかる自分が嫌だ」




スーパーで買った唐揚げを頬張る悠作の背後で、幽霊の声が穏やかに続く。


「お前、何でそんなに蓮斗が好きなんだ?」


「……笑顔、かな。あと、真剣な歌ってる顔」

言いながら、自然と口角が上がる。


「そう。『あの顔を見られるのは俺だけ』って思える瞬間が大事だ」


「いや、みんな見てるけどな」


「細かいことは気にするな」


「それお前が言う?」



曖昧だった不安は、少しずつ準備へと形を変えていく。

スマホのメモには、作戦が箇条書きで並んでいた。

その横で、見えない相棒の声が、軽口と真剣さを交互に乗せて響き続けている。


「俺が背中を押す。見えないけど、ちゃんと押してる」

低く、やさしく、耳の奥に溶け込むような声。



その言葉に、不思議な温もりを感じた。悠作は口の端をわずかに上げ、小さく呟く。


「……ありがと」

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