第三話 『北』 その十二
「カナサ! おい、嘘だろ! カナサ! ――! くそ、くそ!」
取り乱したミアが直剣を両手で構え、本物の化物を相手に立つ。だが、目には怯えが、足には震えが見える。
「落ち着いてください、ミア! 冷静さを欠くなと教えたでしょう!」
「……カナサがやられて黙ってろって!? そんなこと、出来る訳ねえだろ!」
だが、彼には全てを覆い隠す程の怒りがあった。気合で震えを抑えて剣を握り直し、熊を睨みながら詠唱する。
「……命を司る神よ、我の血肉に眠りし真の力を開放したまえ! 『限界突破』!」
詠唱を終えると、ミアの肉体は膨張し、スマートさを微塵も残さない筋肉達磨へと変貌する。沸騰した血液は皮膚を通して赤鬼の様相を成していた。ミアが持っているせいで短刀に錯覚してしまう直剣を構え、膝を曲げると腿が張って血管が樹状に浮かび上がり、伸ばすと赤い鬼が前方へ高速移動する。
「ガアアアアア!」
直剣は巨熊の前足に振り下ろされ、表皮に切り傷をつける。しかし、内部までには到達していない。熊は前足を振り上げ、ミアを上空に跳ね飛ばす。
「アガ⁉」
言語機能を失った叫びが響き、赤く発熱する肉体は緑に生い茂る地面へと叩きつけられた。呻き声が漏れてはいたが難なく立ち上がる。が、既に前足が眼前へと近付いていた。
「『水流』!」
ケルイさんの『水流』はミアの肉体を押し出し、前足は地面を陥没させるに留めた。外見は理性的ではないが、思考は理路整然としているらしくケルイさんに殺意を向けるようなことはなかった。
「このまま一人で戦わせては不味い! 動ける奴はフォローに回りなさい!」
ケルイさんの指示に対して一人の団員が声を出す。
「け、けど! あいつに寄ったってカナサみたいになっちまうだけですぜ!?」
「ミアを同じ目に合わせたいのかと言っているんです!」
「――馬鹿が! 幹部が冷静にならなくてどうする!」
ドキウさんからの拳骨で錯乱していた様子は消え、焦りは見えなくなった。
「……すいません」
「ミアの援護は俺と……くそ、ニトは無理か」
申し訳ないが、未だに僕の焦点はカナサにばかり集中していて動けなかった。その癖やけに周囲の状況は伝わってくる。
「私と合わせろ、ドキウ」
最初に名乗りを上げたのはユンクォさん。
「帽子の嬢ちゃんとか?」
「キスリ、ケルイ、クアリの後衛、私とドキウ、あいつの前衛で対処する。あの首輪の破壊を最優先に行動するのが最善だ」
「まあ、嬢ちゃんの言う通りだと思うが……」
「なら行くぞ。赤鬼が倒れたら戦力が欠ける」「いきなりかよ!?」
ドキウさんは驚いてはいるが自然に並び、三名の魔法使いは行動の見やすい後方を陣取る。
速かったのはミア。一撃目と同じ位置に斬りかかり出血を狙うが浅く、巨熊の動きに衰えはなかった。
「『水流』!」「『隆起』」
ケルイさんはミアのフォロー、クアリは傷への追撃を狙う。が、躱される。
「意外とすばしっこい……!」
「なら、俺達が止めりゃあいい!」
熊の爪を避け、着地した足に向かって背に負っていた大剣を突き刺す。ドキウさんの全体重を乗せた剣は足を貫き、先端は地中まで到達する。
暴れて抜けようとするが、深く刺さり杭の役割を持った大剣によって右足は空中に向かうことが出来ない。
「左足は私が!」
クアリは片手で構えていた杖を両手に持ち替え、下部を地面に突き刺す。
「『成長』、『変形』混合魔法、『根蛇』!」
二重魔方陣が展開、地面から何十もの根が暴れていた足へ伸びていく。何本か避けたが全てを避けられず熊の前左足は固定される。キスリさんはユンクォさんへ声をかけた。
「キルニ! 後ろ足は私が止めるから首輪を!」
「任せろ!」
ユンクォさんは前足が動かず安全地帯となった巨熊の顔側に立ち、キスリさんは少し大回りで尻側に回った。
「『噴水』!」
設置された魔方陣から水が奔流となり、熊の後ろ足を濡らしていく。熊自体は痛みによって意識を向けている余裕はなさそうだった。
「喰らいなさい!」
彼女が上投げで投擲したのは複雑な魔方陣が描かれた正四角形の石。既に魔力が籠められているらしく魔方陣が輝いている。
起動した魔法は水をみるみるうちに冷やしていき、両後足の周囲に氷が形成されていく。近くの雑草の先まで凍った足は動かせる気配が無かった。
「……」
熊の眼前で呼吸を整え、ユンクォさんは自らの胸倉を掴む。
「……『身体強化』」
上半身の中心に練り上げられた魔方陣はユンクォさんの体を人間の最高峰へ仕立て上げる。固めた拳を構え、首輪に向かって振り下ろした。




