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第三話 『北』 その十一

 狼は何度か吠え、僕らの方向へ駆けてくる。僕はファルシオンのカバーを外し、飛び込んできた牙を受けた。


 凶暴な一撃は体重が乗っており重く、胴体が後方へよろめいてしまう。が、それをキスリさんが片手で支え、片手を狼に向けた。


「『水流(セナルーメ)』!」


 掌の先で急速に組み立てられた魔方陣から水の束が放出される。圧縮した水圧に押された狼の体は浮かび上がり、あっという間に木の天辺へと到達、重力に従って落下した。


 あの高さから落ちて無事である筈もなく、ぴくぴくと体を揺らすばかりで襲ってくる様子もなかった。僕は支えられていた体を起こす。


「ありがとうございます、キスリさん」

「いいえ、盾になってくれたのはあなたよ。感謝するわ。それより、他の狼も対処しないと」


 僕らが他の状況へと目を向けると、クアリが目に入る。杖を掲げ、目を瞑って動かない。狼が彼女を挟むように立っていた。


「彼女が危ないわ。助けに……」「必要ないですよ」

「え?」


 僕は自慢げにこう口にした。

 

「あいつはとんでもなく強いですから」


 直後、クアリは杖と片手をそれぞれ狼へ向ける。二匹のスピードは衰えず、射程圏内と判断したかギザギザの牙を見せる。


「……『(ヒルコーア)』」


 だが、狼は前に進めない。むしろ後退した。杖先と腕の先、()()に出現した魔方陣から発生した突風に扇がれたのだ。キスリさんの目の色が変わる。


「……魔法の二重発動⁉︎」


 飛ばされた猛獣の片方は上手く着地が出来ずに転ぶ。狼達は後退しただけで止まることはなく、素早く攻めへスイッチ。クアリは杖を突き立て、片手で地面に触れる。


「『隆起(ゲリアナイテペ)』」


 二本の柱状に伸びた地面が荒れ狂う狼の腹部を貫き、穴から溢れた赤は周囲の触れた物体を等しく赤へと変色させる。痙攣は少しの間続いていた。


 休む間もなく、クアリの周囲には三体の狼が現れる。どれも息が荒い。


『隆起』を発動した隙に背後から迫っていた狼の首をノールックでキャッチ、前方の二匹に注力する。


「『発射(スラテナ)』、『隆起』」


 杖を地面に刺すことで一体を『隆起』で狩りながら『風』の応用魔法、『発射』で手元の狼と残りをぶつける。よろめいた二匹を丸ごと貫いてトドメをさした。


 眺めていたキスリさんが信じられないような顔で唖然としている。 


「……あの魔法技術の高さ、世界でも有数の化け物じゃないの……?」


 勝手に口から出たであろう独り言に僕は肯定しなかったが、同じ考えではあった。

 

「キスリさん、ヘルプはあいつよりも別の人を優先すべきです」

「……そうね」


 僕達は話の合間合間に襲いかかってきていた狼達を処理しながら厳しい戦況の者を探す。大きく苦戦している姿は見られなかったが、標的が大きい分、目に入りやすいドキウさんが狙われているようだった。


 僕はドキウさんに近付いていた一匹を切り伏せ、もう二匹をキスリさんが『水流』で退けた。急な援護で一瞬驚いていたが、直ぐに安堵の表情になる。


「大丈夫ですか!」 

「二人とも助かったぜ! 如何せん数が多くて困ってたんだ!」

「本当! この森にこんな大量の数が生息していたのは知らなかったわよ!」

「俺だって知らねえよ! というか、襲ってくる奴らは全員とっちめちまって良いんだよな!?」

「問題ないわ!」

「おっしゃあ! 腕が鳴るぜ!」

 

 僕らは襲いかかる爪や牙を全て弾き、どうにか対処していく。大量に居たとはいえ、無尽蔵に出てくる訳ではない。二十秒も経たずにラッシュは沈黙していった。


 だが、ユンクォさんの宣言した時間を考えれば二十秒"も"とは楽観して言えない。息を整え、僕は辺りを見渡してユンクォさんを探す。


「キルニさん!」

「何だ、ニト!」

 

 長い距離を無視して速攻で答えてきた。

 

「デカブツはどれくらい近付いて来てますか!」

「近い! 近いとしか表現できない位には近い所まで来ている! 鼓膜が破れそうだ!」

「僕の声良く聞こえて……」


 僕の声良く聞こえてますね、と殆ど話した時だった。カナサが、ドキウさんが、クアリが。武器を持ち、立っていた人間達全員が気付く。


 異常な殺気。誰かに向けたものではなく、あるがままに振り撒かれた災害のような殺気。似たような気迫を集団で受けたばかりだが、レベルが違う。


 誰に言われるまでもなく全員が特定の方向に警戒した。耳を研ぎ澄ませ、地響きの震源に目を光らせる。


 大きくなる咆哮は重低音をベースにした広い唸り、踏まれた草木がざわざわと悲鳴を上げていく。恐怖感が高まっていく中、遂に正体が更地へと飛び出してきた。


 茶色の長い体毛が脂で濡れ、黒い鉤爪と一転して丸っこい瞳が毛塊から見え隠れする。純粋な瞳ではあったが、可愛らしさは少しも感じられなかった。何故なら、その毛塊はドキウさんやサテサテと比べ物にならない巨大物体だったからだ。


 ぼさぼさで荒れた茶で隠されているが、足や顔の形状から類い稀な成長をした熊だと判る。首には厳つい枷が着けられていて、息は非常に荒かった。


「ひ、ひいい!」

 

 一番近距離に居た『北洋道』団員数名がが恐怖で顔を歪ませ、棍棒を投げ捨て一目散に走り出す。男達の中にはカナサやミアも居た。


「馬鹿野郎! 熊相手に逃げる方が悪手だ!」


 ドキウさんの制止も間に合わず、手を我武者羅(がむしゃら)に振っているカナサの背中を、のっそりと巨熊の爪が切り裂く。重い液体が溢れ落ちる。


「……あ……え」

 

 切り裂かれた胴体は向こうに立つ熊の足が見える穴が開いており、多量の血液と共に重力に従う。明らかな致命傷は彼の命の終わりを他者へ宣告する。


「……っ!」


 声が出ない。目が離せない。初めて目撃する死は僕を行動不能に至らせるに十分な衝撃だった。






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