第三話 『北』 その九
と、ここで誰かが近寄って来る気配を感じる。何もかもが太い男達の中に咲く一輪の花。自分の身長と同じくらいの長い杖を持った女の子が僕らの方へとたとた歩いて来た。
「ニト~!」
「クアリ」
僕の近くで膝を揃えてしゃがむと、眉間に皺を寄せ心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫? ケガしてない? 怖くなかった?」
「大丈夫。怪我は僕より他の人の方が酷かった。そして僕を何歳だと思ってる」
「二十一歳でしょ。忘れる訳ないじゃん」
「違う。子供扱いするなって話だ」
「子供扱いしてないよ。幼馴染扱いしているんだよ」
「僕を扱わないでくれ。僕はクアリの所有物じゃない」
「そうだな。私の所有物だからな」
「それも違う!」
ユンクォさんの一言に訝しげな顔へ表情を切り替えるクアリ。
「……キルニさん。まさか……」
「ああ、悪い。先駆けてしまった」
「マジですかあ~……。反応は?」
「微妙だな。のらりくらり耳触りの良い言葉で逃げられるかもしれない」
「やっぱりそうですよね……。私のも真面目に受け取ってくれるかどうか分からないですし」
「ちょっと待ってくれ。二人は何の話をしてるんだ」
「君の話だ。だが君には分からん」
「私からも話すから待っててね」
「?」
僕は理解できずに固まってしまった。ドキウさんがケルイさんへ肩を寄せる。
「おい、ケルイ。……もう恐怖の域だろこれ」
「一つ感情を失って産まれてきたとしか思えませんね」
「二人とも、こんだけ役者が揃って内緒話とはつれないわね。私にも聞かせてよ」
キスリさんが参戦すると幹部組は明らかに気まずそうな顔をしていた。
「いやー……団長にするような話じゃねえんだけど」
「お、男同士の秘密の内容ですよ。女子禁制です」
「えー、そう言われると尚更気になるのだけれど」
依頼中とは思えない程和んだ空気の中、『北洋道』団員の男が駆け寄って来る。見たことある顔だと思ったら、ファルシオンを研いでいる時に話しかけてきた男――カナサだった。
「団長! 親玉らしき奴を見つけました!」
「……分かったわ。今向かう」
雑談は自然に打ち切られ、僕達は二番目に近いテント跡(幕は剝がされて骨組みの細い丸太が少しだけ残っている)へと誘導された。四肢を縄で結ばれ、胡坐をかく形で座らせられた男達が蹲っている。
それらから隔離されている瘦せ細った男が目に入る。
夜の黒さに負けないクマを目の下にしつらえ、頬こけた顔は男の不健康さと気味悪さを演出している。男の横にある一際綺麗な寝床は彼が優遇されていた証に見えた。
「くそっ! 解きやがれこの野郎!」
細長い眉を逆八の字にひん曲げ、三白眼を不規則に揺らしながら暴言を吐いていた。拘束しても暴れているのか男が一人後ろから抑えている。
キスリさんは激昂している男の精神状態など顧みずに話し出す。
「こんばんは。あなたが『海坊主』のトップかしら?」
「ああ、『海坊主』? いいや、知らねえ……」
間髪入れずに男の腹に蹴りをかます。悶える男のぼさぼさの短髪を掴み、下を向くことを許さない。
「ああ、悪かったわね。私達が勝手にそう呼んでいるだけなんだから、分からなくても仕方がないわ」
「げほっ、げほっ! いきなり何を……」「あなたは、私達の愛する国で盗みを働き神が見守る天の下でのうのう生きてる屑ども。そのてっぺんかって聞いてるのよ」
ドスの効いた低い声。当人でないこっちの胃が縮みそうな脅しだった。だが、見た目よりも強靭な精神の持ち主らしく、男に慌てた様子はなかった。蹴りを入れられたからか怒りの色も消えている。
「は、はは……喧しい女だな。俺が拒否したって決めつけるだけだろ」
「確かに決めつけかもしれないけど、あなた自身がそういう人柄に見えるってことを考慮して話しているのかしら」
「人格否定なんて酷いな。俺も人なんだから傷つくんだぜ」
「沢山の人を傷つける行為をしているあなたに、傷つけられることへの批判をする権利があるとでも?」
「あんたは神様かなんかかよ。権利を勝手に奪ったりするなよ」
「それ以上口答えせず、さっさとはいかいいえか、答えなさい」
「怖えな、言い逃れは出来ねえってか? はいはい、わーったよ。俺がここの頭さ」
湿気の強い笑顔で僕達を嘲る。
「……意外と正直ね。往生際は弁えてるのかしら」
「自慢じゃないが、物事を冷静に判断するのは得意分野なんだぜ」
「その判断力をこんなことに使う理由は何なの」
「この判断力があるからこんなことになってるんだよ」
さっきよりも馬鹿にするようにけらけら笑う。僕にはそれが気持ち悪くて仕方がない。アジトを襲撃され、碌に抵抗も出来ずに捕まり、詰問されている今。何故こいつは余裕綽々と笑っていられる?
「俺は冷静に考えてみたんだ。冒険者として誰かの願いを聞き、自分の全てを以て成就させる毎日を過ごすべきかどうかをな。……答えはこれさ。誰かの為じゃなく、自分の為に力を使い、幸せになる。な? 誰よりも良い人生を過ごしてると思わねえか?」
「……あなたに大切な人は居なかったのかしら」
「自分より大切な人間は居ねえよ」
僕の抱いた気持ち悪さは嫌悪感というより、違和感への興味というべき代物だった。
「もういいだろ、団長。こいつと話してても気分が悪くなるだけだ」
「……そうね。全員の拘束は終わった?」
答えたのは『北洋道』団員。スキンヘッドが特徴的だった。
「テントの中に居た者、先遣隊が気絶させた見張り達全員拘束済みです」
「ご苦労様。お前達、全員担いで……」
キスリさんが指令を言い終わる瞬間的だった。小さな影が一つ、雷のようなスピードで僕を横切る。それは痩せこけた男の鼻を叩き折った。
強烈な痛みで気絶したらしく、悲鳴は聞こえなかった。力なく伏せた男の横には手頃なサイズの石が転がっている。
「キルニさん!?」
「何してやがんだ!」
僕らが驚愕に心を染められている中、犯人である彼女は冷静に手についた土汚れをはたき落とす。
「悪い。口で説明していては間に合わなかった」
「……どういうことですか?」
聞こえたのはクアリからの一文だけであったが、ここにいる全員が考えている事項だ。
「あー、まあ、言ってもいいか。――どうやら、こいつは魔道具か何かを使おうとしていたらしい。多分指輪の形をしている奴だ」
「……魔力は感じなかったのだけれど」
「僅かだが、腕が揺れるのが見えたんだ」
信じられない様子で苦笑いするキスリさんを横目に、ケルイさんはぴくりとも動かない男の手指を確認する。縛られた指を確認し、不思議な模様が描かれた環状の金属を珍しそうに眺めていた。
「……これは――隷属の指輪ですか。なんてオーパーツを……」
「隷属の指輪?」
クアリの付き添いで魔道具店に通っているが、同じような魔道具は見たことがない。僕の様子を見たクアリが解説してくれる。
「確か、何百年も前に存在していた帝国の遺品だよ。短命の帝国なんて揶揄される奴隷制のあった独裁者の国」
「クアリさん、詳しいですね」
「その道の専門家に比べたらこれぐらい浅知恵ですよ。――でも、危険性のある魔道具は全部破壊されるか、無理な物は遥か地中や雲の上に封印されたんじゃありませんでしたっけ」
幼馴染が言っていることが間違いだとも思えない。しかし、その帝国の遺品とやらの一つはケルイさんの手中にある。
「ムニナには多くの物が流れ着きます。帝国の遺品シリーズは封印を解いたか、大昔にこっそり持ち帰った者が居たという通説が定番になっていますね」
「待てよ。大昔とかよりも今の話をすべきだろ。結局こいつはそのリングで何をしようとしたんだ」
「僕もドキウさんの言う通りだと思います。キスリさんを隷属しようとしたんでしょうか」
「……いや、隷属の指輪は対となる首枷を着けた生物でないと従えることが出来ないですから、その線は薄いでしょう」
「じゃあ、隷属している誰かを呼ぼうとしたってことですか」
「恐らく……」
歯切りが悪くあやふやな回答から彼自身も納得がいっていないことが分かる。ここで、横に居たユンクォさんが顔を顰めて思案していることに気付く。
「どうしたんですか」
彼女は僕の耳に口を寄せ、こんなことを耳打ちした。
「周りが五月蠅い。森に居る生物達がざわめいている」




