第三話 『北』 その七
「おい、息してるか!」
駆け寄る足音が聞こえる。ケルイさんとドキウさんだ。どうやら戦闘している間に治療をしていたらしく脇腹からの流血が収まっていた。
「大丈夫ですか、今『回復』を……」「待ってくれ、私がする」
反対方向から歩いてきたのは休んでいたキルニさん。『回復』は終わったようで堂々としていた。
「大丈夫ですよ、キルニさん。ちょっと疲れただけですから」
「疲れてるなら休憩は必須だ」
ああこれ強引にされるやつだ。
「人の親切は素直に受け取るもんだぜ、ニト」
「分かりましたよ……」
「よろしい。――『回復』」
大した傷はなかったため時間はかからない。が、大分楽になった気がする。精神的な疲労は治せなかった筈だが。
「精神の異常は肉体から来るものが殆どだ。君が思っている以上に肉体的な疲労が溜まっていたのだろうな」
「成程……ありがとうございます」
「いつものことだ。気にするな」
幹部二人組がひそひそ話す声が聞こえる。
「あいつめっちゃ嬉しそうだぞ」
「お礼言われたいから自分でやるとか言ってたんでしょうね……」
「……やっぱあれ、そうだよな?」
「ありかなしか言ったら、――かなりあり」
「……ほんと、お前と友達で良かったぜ」
強い友情を感じる握手をする二人を他所に、キルニさんが話し掛けてくる。
「ニト、アジトは見つかったのか」
「ああ、見つけ……あ」
見つけた時点で二十分は経っている。そこから援護に向かいサテサテと戦闘。残り時間は……。
「皆さん、もう少しで本隊が突入する時間です!」
「ちっ、この野郎に手間取りすぎたか」
「ドキウ、場所は分かっているんですよね?」
「ああ。だが、件の御札の位置が正確に分からねえんだよ」
「おおまかな位置は推測出来るんですが……」
「位置の推測だけでは少し物足りないですね……出来れば御札の効果を無効化しておきたいんですが」
「ニトが言うんだ。間違いなく御札はそこにあるだろう」
急に重い信頼のせられても困るだけなんだが。
「……それならばいっそ、アジトを直接探索しましょう。怪しい位置に探りを入れれば見つかると思います」
「このまま隠れながら動いてちゃ奴らも異変に感付くし、時間がやってきちまう。ケルイに同意だ」
僕やキルニさんにも異論はない。
「取り敢えずアジトヘ向かいましょう。ながらでも話はまとまります」
「二人とも、俺とニトに付いてこい!」
「ああ」
「分かりました。――後、『音断壁』はもう解くので叫ばないでくださいね」
「わーってるっつの」
静かなのは変わりないが、『音断壁』が解除されて遠くからユレニケ鳥の鳴き声が聞こえるようになる。
やっぱり魔法は覚えなくては、と思いながらドキウさんと一緒にアジトへと先導していった。
◆◆◆◆
星々が輝きを増し、黒は段階を上げて漆黒へと染められていく。微かに木の葉の間から覗く光で照らされた土を僕らは走っていた。
「まだ着かないのか、ニト」
「もう少しで開けた場所が見えてくる筈です」
『北洋道』の用心棒サテサテを倒したはいいが、本隊が突入するタイミングまでの時間、三十分が過ぎようとしている。急ぎ消失の御札を見つけ、隠されたアジトを露わにしなければいけない。
と、木と草が生い茂った空間から局所的に整地された空間へと移り変わる。
「ここだ、二人とも」
やはりここだけ極端に木の数が少なく、見通しの利くエリア。一応の確認のため腰に吊るした魔道具、鏡筒抜けで何もない所を覗き込む。すると、真白く光ったテントが確認できる。
「あそことあそこ、そしてあそこの草が剥げている場所にアジトはあります。周りの背が高い雑草の何処かに隠されている可能性が高いのでその中心で探しましょう」
「「「了解」」」
僕とキルニさん、ケルイさん、ドキウさんの三つに分かれて探索する。周りを調べるだけとは言っても、周囲が長いため中心に立って回転するだけでは正しい場所は探れない。縁に沿うように動きながら雑草を調べていく。
「ニト」
キルニさんが話しかけてきた。
「キルニさん、反対回りで調べていった方が早く見つかると思うんですけど」
「他の二人は一人で探っているのだ。私達だけ素早い探索をするのは不公平だと思うぞ」
「……何の話がしたいんですか?」
もっとマシな言い訳を考えないあたり、思惑を隠すつもりもないようだ。キルニさんは目線を合わせず、緑に手を入れながら言葉を紡いでいく。
「……さっきの戦い、流石と言うべきか。君の素晴らしさを酷く痛感させられた」
「ありがとうございます。急に褒めてくるのは慣れてきたんですが、今回のそれは僕を守る必要がないと宣言するものだって捉えていいんですかね」
「残念だが真逆だ。君を一人にはしておけないとやはり再認識したという話をしている」
「何でですか。確かに日常生活はクアリに頼っている部分はありますけど、冒険者としての能力は申し分ないと……」「北の大地に行くのだろう、君は」
心臓が跳ねた。以前に彼女に話していた事柄なので驚く訳は無かったのだが、どうにも彼女の言葉には裏があるように感じたのだ。
「……前にも言った通りですよ。残念ながら良い仲間は見つかっていないんですが」
「君は薄情なのだな」
「薄情? 誰かを無下にしたような覚えはないですよ」
「いいや、君は人の想いを踏みにじり、まるでそれを別物かの如く投げ捨てている」
「僕、何かしちゃいました? ――本当に何か悪いことしてしまいましたか」
「隠さなくてもいい。私とクアリを置き去りにするつもりなのは分かっているんだ。――私達を北の大地へ連れて行こうとしない理由を教えてくれ」
「……心を読んだのなら分かっているんじゃないですか」
「あの言い訳がましい言い訳のことを言っているのなら君の脇腹をくすぐるぞ」
「罰がしょっぱい……」
どうして彼女が知っているのか、とは思わない。迂闊にも、心の読める彼女の前で考えてしまったのだから。
「……当たり前じゃないですか。二人は僕の目的のために存在しているんじゃない。この先何十年続くかもしれない未来を失ってしまうかもしれない冒険に付き合わせるのは――可哀想ですよ」
……はあ、とあからさまに大きな溜め息が聞こえてくる。そして、キルニさんはいつもの冷静な声で話し始める。
「意外かもしれないが、私は神よりも嫌悪しているものがある」
「……偽善者、とかですか」
「違、――いやまあ、間違っていなくもないが、だが正解とはアナウンスしない」
渾身の推測が大当たりとはならなかったので、ならばと考え込む。ふと、彼女の顔を見ると、子猫を見るような柔らかい笑顔を浮かべていた。
「私だよ。世界を我が物顔で見つめ、神の代行人だというだけで頭を下げられ、あくまでそれを善いことだとする偽善者が嫌いだ」
「……そんなことは」「あるさ」
「私はそういう奴だ。実際、心から敬虔な者の幸せを願ったことはない。精々、風邪は引くなと思うくらいだ。お父様や弟のように他人の幸せを願えない人間だったんだよ」
「……」
「心が読めることは共感することであって、同感することじゃない。自分の考えとは違くたって理解できるというちょっとした特技さ。同情は出来るかもしれないがな」
彼女は何を言おうとしているのだろうか。この言葉の先が僕には夜よりも真っ暗に見えた。
「だが、君には同感出来た。心から、心底、本心で同感出来た。君にとってはなんてことのない一言だったかもしれないが、あれは十何年生きてきて初めての同感だったんだ」
「……僕みたいな考えの人は他にも居ます」
「ああ、確かに居る。だが、初めては君だ。この世界を探し回れば後五人はいるだろうが、それでも初めては君だ。初めての友達も君だ。一緒にご飯を食べたいと思ったのも、一緒に寝たいと思ったのも、頭を撫でたいと思ったのも、腕を触りたいと思ったのも、――ずっと、一生側に居たいと思ったのも、君が初めてだ」
心臓が更に大きく跳ねる。心音が五月蝿くてうざったらしい。
「私は酷い人間だ。葬式で泣き崩れ、嗚咽する遺族を慰めてやれもしない屑だ。君は尊い人間だ。いつでも抱き締めたいし、笑顔を向けあっていたい宝だ」
彼女は逸るものを抑えるかのように一呼吸置く。
「君だ。君が良い。だから、君が決めたことに最後まで付き合いたい。いや、付き合わせてくれ、お願いだ」
言いたいことはあった。貴女はそんな人間じゃない、優しくて素晴らしい人間だと。だがこんなものは心に留めておくだけで十分だ。彼女にとって思って口にしてもらいたいのは、僕の答えだ。
「――いや、答えはまだいい。口に出すな、考えるな。私はズルい人間だから、せめてここはフェアにいきたい」
「……僕は何をしたら良いんですか? それにフェアって、誰かと競ってたりでもするんですか」
「いずれ分かる。その時に答えを聞かせてくれ」
重要な所を逸らされているような気がするが、口を割らせようとは考えられなかった。なので少しの疑問を晒す。
「詳しく話せないのは分かりました。けど、告白するタイミングって今でしたか?」
「なんとなくだ」
「即答して欲しくない回答ですね……」
「別に良いじゃないか。君はつらつらと理由を述べる私が好きなのならばいくらでもするが」
「勘弁してください」
人として大きなターニングポイントであった気がするが、彼女の態度は変わらない。僕の心拍も平常を取り戻している。
朝が毎日訪れるように、空気は当然に流れていく。




