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第三話 『北』 その六

「――って終わると思ったかよ?」

「なっ⁉」


 鼻先に触れる直前、ドキウさんは足を下降することを止めてしまった。丸くなった目に映されたのは、脇腹に打ち込まれた足、その先端の鋭利な爪が肉に食い込んでいる姿。赤い液体が傷口から溢れでる。


 爪は異常な程に強く、硬い片刃の長剣のような形状をしていた。脳に伝達された情報、痛みで哀れみさえ含み始めていた表情が歪む。


「てめえっ……これも魔道具か!」

「教えてやんねえよ。お友達に聞いてみな。まあさせねえが」


 サテサテは足で押し、文字通り目前のあるドキウさんの足を逆方向へとどかす。バランスを崩した体は勝手に倒れ、対照的に岩のような体が起き上がる。


「そんじゃ、寝てな」


 防御する時間は無かった。ストレートで頭を揺らされ、抵抗していた腕の力が一気に抜ける。


「ドキウさん!」


 返事は聞こえてこない。


「おいおい、さっき見てただろ? こいつは真っ直ぐ伸びてる。呼んでもはーいなんて聞こえねえよ!」

「……」


 僕はずっと抱えていたキルニさんを近くの木を背に座らせ、状態を確認する。相変わらず『回復』はしているがまだ少しかかるだろう。


 僕はカバー付きファルシオンを握った。


「キルニさん、ここで少し休んでてください。すぐ終わらせます」

「……やめろ。体格差がありすぎる。あの男なら気絶するだけで済むかも知れないが、君じゃ……」

「大丈夫ですよ。これは僕の冒険で、守られる必要はないって証明しなくちゃいけませんからね」

「ニト!」


 呼び掛けには応じず、出来る限りの気迫を乗せた視線をリザードマンの男へ向ける。


「馬鹿にはしねえぜ? 男が女にいいとこみせてえってのは全国共通だからな」

「……あんたが男臭い奴だってことはわかったよ」

「ニトさん、私も加勢します」「黙ってな!」


 ケルイさんの言葉は太い指示語に遮られる。


「男の覚悟は一体一(タイマン)で示すもんだ。邪魔すんな!」

「すみません、ケルイさん。時間内には終わらせます」

「ニトさんまで……はあ、旧時代な人達ですね。――分かりましたよ。任務に支障が出ない範囲で勝手にやってください」

「了解!」


 ファルシオンを構え、拳を並ばせ、戦闘態勢に入る。


「俺は見ただけで大体の力量が分かるんだ。お前、こん中で一番つえぇだろ」

「ドキウさんと同じ手は通用しませんよ」

「冗談じゃねえんだが……まあいい。最初っから全力でいくぜ?」

 

 構えた腕を横に控え強く握り込むと、五本ずつ剣のような爪が飛び出す。代わりに足から血に濡れていた爪が仕舞われる。


「それも盗品か」

「俺が盗ってきた訳じゃねえがな。あくまで用心棒をやってるだけだ」

「盗賊団の用心棒なんて初めて聞いたな」

「俺はいいが、駄弁ってる暇があるのか?」

「……ああ、そうだな。さっさとやろう」


 僕は姿勢を低くし、詠唱を頭に浮かべる。


「空を司る神よ」


 詠唱を口にした瞬間、サテサテは走ってくる。


「スキルは使わせねえ!」

「谷底へと落ち行く我が身に……」


 詠唱が終わるよりも早く相手の刃が届く。顔目掛けて飛んでくる右手をファルシオンで弾き、追撃は左側にステップで避ける。


「力を与えたまえ……」

「ちっ!」


 サテサテは体を捻らせてのローキック。左手の爪が消え、左足に出現していた。僕は敢えて足が向かってくる方向へ飛び、胸の高さにあった腿の上にしゃがみながら立つ。

 

「『落下切り』」


 縮みきったバネを開放、『落下切り』で通常よりも遥かに飛び上がった身体をコントロールし、サテサテの真上につく。岩のような頭へ振り下ろすが、後ろに下がる形で避けられてしまった。ファルシオンは地面に刺さり、かなり力を籠めないと抜けなかった。カバーは付いている。


「っぶねえ、な!」


 左の拳をファルシオンで受け流し、右手の刃は腹部への全体重を乗せたタックルで中止させる。


「そんなんで止まるかよ!」


 が、完全に怯ませることは出来ず、速度が僅かに落ちただけであった。低い位置をとりなんとか回避。しかし、相手に至近距離でのキックを可能にさせてしまった。右足に刃は移動している。


「喰らえっ!」


 無理に外へ動けば大怪我になりかねない。僕は腕を重ね、脛の辺りの一撃を受ける。あまりの衝撃に意識が薄くなったが、脱力していたお陰で大きいダメージにはならなかった。


「……空を司る神よ」


 直ぐに立て直し、詠唱を口ずさみながら股下を通り背中側で戦闘姿勢をとる。


 対応は速かった。振り向き様の肘打ち、膝蹴り、爪を再び生やしていた左でのパンチ。右、後ろ、受け流しで攻撃をどかしながら顎に向けてカウンターを決める。


「効かねえ!」


 やはりダメージはない。右、左、左の蹴り、右とあまりにも一方的な攻めで、僕は受けで精一杯だった。それでも詠唱は止めない。


「谷底へと落ち行く」


 少しずつ後退していた結果、いつの間にか背に当たる大きな感覚。後ろには立派に樹木が生えていた。


「これで避けらんねえだろ!」

「……我が身に力を……」


 膝蹴りを無理矢理避けて二つほど攻撃を受け流すと、僕の詠唱は終わりに近かった。木があるならこれを利用して距離をとるべきだ。


「させるかよ!」


 サテサテは自らの巨体で僕を覆う。壁を作って『落下切り』を封じようとしてきたようだ。ならば。


「……『落下切り』」

「――はぁ!?」


 僕は跳ねながら彼の身体を掴む。すると、彼()()空中へと飛び出す。『落下切り』応用その二、『同行落下』だ。何が起きたか理解していないようなのでこのまま次を唱える。


「空を司る神よ、谷底へと落ち行く我が身に力を与えたまえ、『落下切り』」


 早口で唱えながらサテサテの胸に乗り、僕は空を見上げる。曲げた関節一つ一つを伸ばし、更に上空へと飛び上がった。遂には木の天辺を抜け、星々に見守られながら僕は落下する。


「はああああ!」


 五メートル程の高さから落ちれば動くことは困難だ。サテサテの体重では尚更だろう。避けれることはない。


『落下切り』は落下距離に比例して威力が上昇するスキル。『同行落下』で連れてきた誰かを利用したり、元々高い位置からスキルを使うことで距離を稼げば相当な威力を出すことが出来る技だ。僕はこれに名前を付けている。『落下切り』応用その三。


「超! 『落下切り』!」

「あがっ!」


 ファルシオンを半回転させ、鈍器としたそれを思いっきり叩きつける。地面に揺れが伝わり、呻きもがいていたサテサテが微動だにしなくなった。


 巨体にへたれこみ、痺れる手を眺めながら呟く。


「……夜更かしのしすぎだ」






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