第三話 『北』 その四
『海坊主』がアジトとする森の中。警戒心が強い連中のようで見張りが七、八人が別々の位置を監視している。事前調査で森の中まで踏み込まなかったのは英断と言えるだろう。
男が一人外を眺めている中、小さな物音に気が付く。音源は上の方向にあり、緑に覆われた天井を注視する。夜の風で葉が靡き、詳しい種の知らない鳥の鳴き声が聞こえてきた。
男は揺れの原因が風か鳥だと思ったようだった。というより、犯人捜しを中断したと言った方が適切である。彼とは別の男が現れたのだ。
時間制で交代している様で、何処からともなく腰までの高さがある雑草を掻き分けながら姿を現した他の武装兵と軽い会話を交わし、入れ替わる。武装と言っても、王国兵のような鎧に身を包んでいる訳ではなく、腰に取り回しの良さそうなナイフに真っ直ぐな刃を持った両剣、カッパーの胸当てを着けた一般的な冒険者に近い装いだ。
元々立っていた男がまた何処かに消えていく。
「……おい。見えたのか?」
「いえ。もう何本か奥に進まないとはっきりとは見えなさそうですね」
僕は新たな見張りから二本ほど隣の木の上、人が座れる余裕はある枝に足を乗せて鏡筒抜けを覗いていた。その横、幹の中心を捉える形で体重を木に支えさせているのがドキウさん。残りの二人は見張りを軸に反対の位置を陣取っている。
ドキウさんが手に持っていた何かを操作すると、ケルイさんが同じようなものを操作した。
「『私達が見張りを捕らえます』、『ニトさんと一緒に奥へ』、か」
「二人が見張りを仕留めたのを見計らってから行きましょう」
「おう」
ドキウさんとのやり取りから少し経った頃、先ずはキルニさんが動いた。
木から飛び降り、見張りの首を太腿で挟み込んだ。がっちりと足を交差し、男の肩の上で座禅を組んで固定すると、足を外される前に上半身をのけ反らせる。重心がずれた男は前へ倒れ、両手を地に着けたキルニさんがその首を逆立ちしながら持ち上げた。
結果、見張りは背中から落ち、抵抗するだけの余裕を削がれてしまったようだった。股で塞がれた呼吸器から必死に糸よりも細い意識を保とうとしていたが、鼻柱に叩き込まれた一撃に耐えられず直ぐに動かなくなる。胸の上に乗っかっていたキルニさんが男から離れた。
一部始終を見ていたケルイさんが腰につけていた魔道具を弄る。すると、先端に魔法陣が出現、長い鞭のようなものが生成された。高等技術である物質創造魔法であろうそれを操り、男の首に巻きつけると、鞭を少しづつ戻し、釣りの要領で持ち上げる。
「……あれ生きてますかね」
「窒息するより先に失神させてるし、死んではねえだろうよ。さ、行くぞ」
側から見れば大事件な景色を横目に、ドキウさんは彼のスキル、『軽量化』によって重さを持たない巨体を器用に操作し、木から木へと大股で移り渡る。枝が軋む音一つ聞こえなかった。
僕は握っていた鏡筒抜けを腰に吊るし、ケースに収まったままのファルシオンを掲げながら口を動かす。
「……空を司る神よ、谷底へと落ち行く我が身に力を与えたまえ……『落下切り』」
詠唱の終わりと同時に足場としていた枝を蹴る。前方向に跳ねた身体を一回転させ、枝上に落とす。『落下切り』でファルシオンに乗った威力をぶつけないよう気を付けておく。
キスリさんのアイデアから生まれた『落下切り』応用その四、『跳び渡り』を活用してドキウさんと共に深い森の奥へと木を介して進む。
因みにケルイさんは鞭を使い枝にぶら下がり、落ちる力を利用して渦を描くように移動。キルニさんは身体能力で登っている。
無数に生えた樹木は今立っている位置からでも五メートルは高さがあるほど背が高く、その上を渡っていく物陰があっても明に意識しなければ野生の小動物か何かだと自己完結してしまう。顔の横を木の葉が通り過ぎ、ざわざわと葉擦れの音がしつこく響く。
ドキウさんがまた何かを操作し始める。形状は丸い円盤状、押すと簡単に内部に沈められる突起が六つ円の縁から飛び出ており、突起の浮き沈みで対となる同じものを持った相手と意思疎通が出来る魔道具のようだった。キスリさんと幹部が二つをそれぞれ持ち歩いているらしい。今は幹部である二人が所持している。
流れで分かれたケルイさん組からの応答を受け取ったものをそのまま僕へと伝えてもらう。
「二人は他の見張りもしばいてから合流するみてえだ。鏡筒抜けを持ってるこっちはアジト捜しに専念しろだとさ」
「見張りを警戒して動いていたせいで時間をだいぶ消費しています。急ぎましょう」
先程の見張りが見つかるまでは木上で差し足忍び足、僅かな軋む音にも敏感になりながら潜入していた。最低でも十分はそうしていただろう。急がなければと詠唱を再び始め、六本は木々を踏み台にしたぐらいだった。
「ん? おいニト、ここら辺りが怪しいんじゃないか?」
ドキウさんが指で差した空間にはまばらに植物が生えており、所々に人の手で刈られたような、茶色の土が剝き出しになった箇所が三つほど見られる。短い雑草まで刈られているのは確かに不自然だ。
「見てみます」
僕が跳ねて回っていたが、吹っ飛ぶことなく吊るされたままでいた鏡筒抜けを介して地面を見つめる。森に入ってから何度かこれ越しに風景を眺めたが、全く変わらないどころか余計に暗く見えて視界が悪化していた。
「……!」
しかし、僕の目に映っているのは今までのつまらない景色ではなく、肉眼では発見することのないものだった。
「その様子じゃ、大当たりみてえだな」
「はい。草の生えていない所、全部に隠されたテントがあります」
左目では禿げているだけの地面には、立派ではないが大型のテントが白く輝きながら堂々と立っていた。草のない所全てにである。輝いて見えるのは鏡筒抜けの仕様らしい。
「後は何処に御札とやらがあるかだが……」
「壁に貼ったりとかはしてなさそうですね」
「それだけお間抜けさんだったら助かったんだがなあ」
キスリさんの情報では、消失の御札自体は姿を隠すことが出来ない。輝くテントが目障りだと思いながら周辺を観察すると、テントが一部草むらにかかっていることに気付く。
「周りの草むらに隠されているかもしれません」
「成程。だが、この距離からじゃ碌に草の下が見れねえ。地面に降りる必要があるな」
「リスキー過ぎませんか? 適当な場所ならまだしも、本陣の横に降りるなんて」
「しかしよ、本隊が突撃する時に誰の目でも位置が分かるようにはしときたいだろ」
「……どうしましょうか」
ドキウさんは怪訝そうな顔で、小さく喉を唸らせる。残り時間はもう十分もない。浪費しているだけの余裕は失われ、僕達だけでは捨て身の行為しか無さそうであった。
「ううむ、……あ」
「ドキウさん、何か思い付いたんですか?」
「いや、ケルイが使ってたあれがありゃ確認できんじゃねえかなって思ってよ」
「……鞭ってそんな活用できるんですか」
「ん? ああ、ニトは知らないのか。あの棒は鞭の縄を創造する魔道具とかじゃなくて、一度編んだ魔方陣を保存しておけるもんなんだよ。確か、魔法の杖とか言ったっけか」
「魔法の杖……あれが」
初見ではなく、幾度もクアリから聞いていたワードだった。ムニナで最近生産され始めた魔法使い向けのアイテムで、作り手によって得意不得意、容量から見た目まで様々なものがある。あれもその一つであったのだ。既視感の正体に納得しつつ、考えを一つ転換させる。
「なら、二人と合流してケルイさんの魔法でどうにかできないか試してみるのが良いと思います」
「俺も賛成だ、っと……ナイスタイミングだな」
彼が覗き込んだのは会話する円盤(名付け僕)。どうやら噂をすればというものらしい。二人は全員を倒してくれただろうか。
「……な、マジか」
寝首をかかれた顔は、明らかに異常発生していることを示している。僕も円盤に視線を落とすが、使われている暗号が分からない。
「二人に何かあったんですか」
「恐らく最後の見張りらしいんだが、――苦戦しているみてえだ」
二人がかりで苦戦する相手。相当の実力を持っている。ケルイさんが居ない今こちらでやれることはない。
「援護に行きましょう」
「なるべく早くな」
ドキウさんは円盤を操作し、二人と手練れの見張りの位置の情報を受け取る。
「森を中心部を見て左方向から円状に周って、一周する辺りで会ったらしい」
「後ろに退いて右に進めば合流できそうですね」
「いや、真っ直ぐ向かう。方向感覚を間違えたことはねえ」
「分かりました」
自慢大会をしている最中でもないので、彼の言葉が真剣だということは間違いなかった。仲間の緊急事態にくっちゃべっている訳にはいかない。急がなくては。
冒険者として洞窟や森の中はよく探索する範囲だ。特徴的な形を記憶したり、なんとなく通ったことがあるな、みたいな感覚を統合することで変わらない景色も見知った道として見えてくる。
だが、ドキウさんの方向感覚は方角を感覚で感じる、言わばコンパスのようなものだ。冒険者の必需品の一つであるそれと同等の感覚を活かし、僕達は歩を進める。




