第三話 『北』 その三
「『海坊主』の潜伏先は事前に教えていた通り、ここから西にある森の中。事前調査組からの報告だと、一党が入っていく姿を確認したことによる特定らしいの」
「――要は、森の中にアジトがあるせいで、外部から鏡筒抜けが使えないのか」
本来、鎮圧任務は大体のアジトの位置を探れていれば襲撃の際に支障は起きない。しかし、いざ襲撃して盗まれた物やアジトとなる建物、もしくは人が隠されていたら? 当然、立場が逆転し、袋の鼠になってしまう。
「彼らは高頻度で隠れ家を移す。いつまた場所を変えるか不明な以上、もう一度調査し直すよりも今夜で決着をつけたいわ」
「だったらどうするんだ? 私達だけを集めたということは、してもらいたいことでもあるということだろう?」
「……貴方達は揃いも揃って話が早いわね」
皮肉ばった語調だが歯切れはよく、多分に信頼を含んでいた。
「先遣隊が鏡筒抜けで正確な場所を特定、時間差で残りの本隊を突入させる。完全に臨戦態勢をとられないように先遣隊は少人数かつバレずらい編成にするわ」
「メンバーは僕達三人ですか?」
「いいえ、クアリは本隊で来てもらう。ニト君とキルニ、それとケルイ、ドキウの四名を先遣隊として潜入させるわ」
「了解だぜ、団長」「了解です」
「ちょ、ちょっと待ってください。私じゃ駄目なんですか?」
スタメンから外されたことに納得がいかないようで、クアリは不満を呈した。
「クアリが駄目というより、この四人が適切だったのよ。別に貴方が不要だって言いたい訳じゃないわ。むしろ、本隊に欲しい人材よ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。『北洋道』は魔法を得意としないごろつきばかりしか居ないの。攻撃魔法と補助魔法が使えるクアリは貴重で、居てくれるとありがたいわ」
「……そういうことなら良いですけど」
僕としてもクアリには大人数の元に居てほしかった。ここで気づいたが、キスリさんは周りの反応に合わせて判断する傾向があるようである。
「キスリさん。先遣隊と本隊に分けるということは、作戦も少し変わりますかね」
「あまり無闇に作戦を変えては混乱を招くのだけれど、仕方がないわ。ケルイ」
「はい」
横に居たケルイさんを呼ぶと、軽い相談のようなものを始めた。辻褄合わせをしているのであろう間を埋めるようにキルニさんが耳打ちしてくる。
「思っていたよりも大変になりそうだな、ニト」
「はい。でもこの手の依頼でイレギュラーは珍しくないらしいですし、重大な問題はないと思いますよ」
「そうか。君は鎮圧依頼を以前していたんだったか」
「東の地方での依頼で他のベテラン冒険者から教えてもらいましたね」
「ならば私は君についていった方が良さそうだな。元からそうするつもりではあったし」
「何話してるの?」
会話していることに気付いたクアリが加わってきた。
「いや、依頼が想像よりも複雑化してきたなって話」
「あー、やっぱりそうだよね。結局二人とは別働隊になりそう」
「相性を考えればしょうがないな。まあ、クアリならどうにかなると思うよ」
「ありがとう。緊張するけど、頑張ってみる」
「……君はクアリに対する信頼が厚いよな。もしものこととか考えないのか?」
ぶつけられた質問に少し思案してみる。
「……考えないことはないですけど、心配ではないですよ。そもそも僕がクアリを参加させたくなかったのは逆ですから。過保護だからずっと心配してくるんですよ」
キルニさんが思っているよりもクアリは強い。精神力的なのは勿論、戦闘力の観点で見ても評価は変わらない。キルニさんはあの事件は知らないので当然ではある。
僕にとって気がかりなのは僕への態度だ。最悪僕の代わりにやるとか言い出しかねないので、依頼は全て僕とキルニさんでこなすようにしていた。この冒険は僕の冒険であり僕が努力すべきことなので、あまりクアリに手を煩わせたくはなかったのである。
「だって、大事な幼馴染がひどい目に合うかもって思ったら心配になるでしょ。キルニさんもそう思いません?」
「否定はしないが、恐らくクアリみたいな行動はしないだろうな。少なくとも一大決心をした男に付いていくなんてことはしない」
迷う素振りもなく即答する。
「じゃあニトが自ら死ににいくような無茶をしたらどうしますか」
「後頭部を殴って宿に連れ戻す」
「怖い即答しないでください」
暴力で解決の典型例過ぎる。それをけろっとした顔で言うのだからぞっとしてしまう。
「大事な友達を失いたくはないじゃないか」
「手法に事件性があるって話ですよ」
「君と過ごして二年が経つんだ。決めたことへの強引さはよく知っている」
「そうなんですよねえ。大体は柔軟なんですけど、一定の芯があるというか」
「すごく分かる。私単体で依頼を受けさせてもらったことが無いんだ」
キルニさんはあまり目立ってほしくないからさせていないのだ。僕のプライドとか露も関係ない。
「ニトは僕がやんなきゃ駄目だって思い込んでいる節があるんですよね」
「僕がやろうと思ってやってることなんだから当然だろ」
「一人で出来ることには限界があるでしょ」
「……まあ」
「ほらー」
両親に関する真実を探る為に仲間は必要だと考えている手前、否定することが出来なかった。なんてったって、最終的にはあの北の大地に乗り込むのだ。同じような志の、優れた実力者が必要である。
クアリは僕の知る限り上位の実力を持ち、僕の目的なら乗じてくれそうな人ではあるが、危険なんだからやめろと諭してくる方がありえるし、僕自身彼女には村で静かに暮らしていて欲しかった所があるので候補から外していた(もうついてきてしまっているが)。ユンクォさんも、ハゼさんの依頼でパーティを組んでいるという事情を鑑みて除外。
ギルドで北の大地に行きたい奴が居るか探しているが成果はなし。北の大地の噂を知らず、単純な興味を持つ者は引っ掛かるが大抵実力が伴わない。
……そういえば、キスリさんに話したことは無かったな。だが、地元愛が強く、冒険者ではあるものの自警団の側面が強い『北洋道』の団長を務める彼女が同調してくれるとは考えられなかった。
「一人だと暴走しかねないニトを制御するために側に居るんです」
「……」
キルニさんは直ぐには返事をしなかった。
「……クアリ、君の言う事は一理ある。いや、一理どころか全てに同意するぞ。ニトはいつ悪い輩に連れ去られるかも分からん」
「え、ちょっとキルニさん?」
声よりも強く目で訴えると、キルニさんは両手で僕の肩を優しく触れる。
「安心しろ。私が守る」
あれ? さっきまで僕の肩を持っていてくれていた気がするんだが。
「いや、それが不要だって話を……」「一人だと大変でしょうから私も含めて二人で、というのはどうでしょう」
「乗った。今回は私が居るから心をやつれさせる必要はないぞ」
「助かります」
……まずい。このままでは保護者が二人になってしまう。嫌だ。どうして成人し、自立してまで子供扱いされなくちゃならない。
「お、随分楽しんでんな。俺も混ぜてくれや」
この状況を打開する方法が思い付かず困り果てていた頃、ドキウさんが割り込んできた。作戦会議には参加していないようだ。
「……ドキウは会議する側じゃないのか?」
「俺が頭を回せるタイプに見えるかよ、帽子の嬢ちゃん。それより、ニト。結構な人気者じゃねえか」
ドキウさんは首の後ろを回す形で僕の肩を掴み、顔をぐいっと寄せてくる。身体が大きい分目も大きく、威圧感があった。小声で僕に話しかけてくる。
「お前、二人も居るなんてやるな。戦場に連れてくるのはいただけないけどよ」
「……何か勘違いしてませんか。僕と二人はそういう関係じゃないです」
「そういう関係じゃなくても、どっちかは気があると思うぜ? 俺が保証する」
「根拠ゼロじゃないですか。そもそも、一緒のベッドに何の気なしに入ってきたりとかしてる時点で無いですよ。多分かわいい弟程度にしか思ってません」
「……え、それってどっち」
「大体クアリの方ですが、キルニさんも『自分の部屋まで行くのがめんどくさい』とか言って偶に無理矢理入ってきますよ」
「……何か思わないのか? ほら、何で入ってくるのか~とか」
「クアリは村に居た頃から時々やってましたし、キルニさんは理由は毎回言ってるので気にしてませんよ。あ、クアリと僕は幼馴染だってことはキスリさんから聞いてますよね」
「……」
ドキウさんはニヤニヤしていた表情から唖然としたものに切り替わり、信じられないものを見るような目で僕を凝視してきた。怖いから止めて欲しい。
「あの、ドキウさん、ニトとどんな話してるんですか?」
「話に混ざるのは構わないが、私らを蚊帳の外にするのは違うんじゃないか」
二人に視線を向けると回していた腕を外し、哀れんだ顔を隠さなかった。
「……嬢ちゃん達、苦労してんだな」
「?」
「あんたに不憫だと思われるようなことをした覚えはないが……」
当然、僕も彼の真意が掴めなかった。
「まとまったわよ~……って、ちょっかいかけてるんじゃないわよ、ドキウ」
「は? 俺は違、――いや、悪かったよ……」
煮え切らない態度で非を認め、小さい声で何かを溢していた。上手くは聞こえなかったが、俺がおかしいのか……? みたいなことを言っていた気がする。
よくあることなのか、キスリさんは強く咎めることなく話を再開する。
「待たせたわね。前の作戦ではニト君達を含めた全員を三つの隊に分け、同時に突撃させることで抑え込むプランだった所を、時間差を作って突入する形に変えるわ」
「具体的には?」
「先遣隊が潜入してから、丁度三十分後に本隊を突入させる。先遣隊は本隊が突入する前にアジトの細かい位置を特定、出来れば障害を排除しておく。消失の御札自体は消せないことを覚えていてちょうだい。そうして崩れた防衛線を本隊が瓦解させる。こういうプランでどうかしら」
「特に異論はないです」
「私もありません」
「私もないな」
「団長に賛成」
キスリさんとケルイさんを含め、六人全員が了承した。
「団員達には私から伝えるわ。四人はすぐに準備して」
キスリさんは塊で話している男達の方向に歩く。が、ドキウさんが彼女を呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ団長、俺達先遣隊にはどうやって潜入させるつもりなんだ?」
「ドキウを採用したり、クアリさんを置いていくってことは、単に小柄だからとかではないんですよね。団長」
ケルイさんも同じことを考えていたようで、補足をする形で団長に話し掛ける。
すると、キスリさんは笑顔を浮かべる。優しい笑みなんかではない。悪戯を思いついた時の、あの嫌な笑みだった。
「相手が森を利用するなら、こっちも利用するまでよ」




