第三話 『北』 その二
キルニさんと話していると、こちらに駆け寄ってくる気配を感じる。
「二人ともー、一回集合だってー」
走っていた気配、クアリは大声ではないものの僕達によく聞こえる声で伝言を届けてくれた。
「了解。すぐ行く」
雑談を中止し、三人でキスリさんの所へ徒歩で向かう。
隣で歩く幼馴染の顔は、二年前のあの日から、もっと言えば冒険者になることを決めたあの日からずっと変わらない。
村を出発しようとした時に、三ヶ月分はありそうな荷物を持って無理やり付いてこようとしてきたの慌てて止めたのが懐かしい記憶にある。
周りを頼れと言っていたのは自分を頼れということで、実際、クアリは僕が得意としない部分全てを補える技量を持ち、本人も連れて行けというスタンスから彼女の提案を断る理由が存在しなかった。
それでも危ないことはやらせたくないと半ば眠り姫状態になるようにしていたのだが。……眠り姫? 誰のことだ?
過去回想でも始まりそうな思案に耽っていたら、いつの間にか作戦本部にたどり着く。本部といっても、『北洋道』団長が居るだけの岩陰を仰々しく呼んでいるだけだった。
呼ばれたのは全員でなかったらしく、『北洋道』団員らしき人物はキスリさんの他に二人しか集まっていない。
一人は人間とは思えない長身の男。縦だけでなく横軸も太く、その肉体に脂肪が見当たらない程筋肉で覆われている姿はまさに巨人。上裸の男は周りを見ても何人か見かけるが、彼ほど上裸がファッションとして成り立つ人物はそう居ない。
対照に、比較的小柄な男。所謂細マッチョという肉体で、精悍な塩顔が一種の儚さを醸し出している。単純に異性にモテやすいタイプだと思う。
暗闇に慣れてきて、夜目が効いてきたとはいえ、彼らの細かい装飾までは上手く判別できない。それでも、得物が大体どんなものかは確認できた。
大柄な男は腰と背中に一つずつ刃物を、塩顔の男は腰に小さなステッキを差していた。
刃物は背中のものが特に大きく、樹木を真っ二つに出来そうな刃渡りはあった。刃物でない方、ステッキは、とても武器になるとは思えなかったため、恐らく魔道具の何かだろうと推測する。よく覚えていないが、既視感のあるものだった。
こうして如何にも幹部クラスな二人の間にキスリさんは立っていた。
「準備中だったろうに、呼んで悪かったわね」
「いえ、身だしなみを気にしなくていい分すぐに終わりました」
「身だしなみ? 君は見た目を気にする人間じゃなかった気がするが」
「少しは気にしてますよ」
「え、そうなんだ。私もニトは着飾るのは好きじゃないのかと」
「……僕って結構粗雑な人間だと思われてる? 外見を気にするのは変わらないよ」
男でも見た目は気にする。むしろ、ほぼ常に女性が居るので一般男児諸君よりも頭を唸らせている筈だ。
「おお、分かっとるじゃねえか。男は見た目が大事! ほれ見な、無駄なく無駄毛なく育て上げた筋肉を! これが男って奴よ!」
……暗くて視認しづらいが、巨人の男がポージングを決めているようだ。僕の主張を補助してくれているらしいが、少し方向性が違う。
「こら、私はともかく、女の子が居るのに無駄毛とか言うもんじゃないわよ」
「っと、わりいわりい。ついテンションが上がっちまって」
「全く……先に自己紹介すべきでしょう」
そう言ったのはもう一人の男。呆れた声で巨人を指摘した後、こちらに向き直る。
「私は『北洋道』幹部のケルイ。参謀役をやらせてもらっている者です。こっちは……」「俺は俺がやるから大丈夫だ、勝手に紹介すんな」
巨体が僕のすぐ前へと近付いてきて、手を差しのべてきた。顔を見ようとすると首が痛くなる。
「俺は『北洋道』幹部ドキウだ。荒事じゃ一番槍を担当させて貰ってる」
「よ、よろしくお願いします、ドキウさん」
「がっはっは! 頼りにしてるぜ!」
大きい声を出さないでください。とケルイさんが注意する声を小耳に挟みながら、恐る恐る彼の手を握る。
すると、岩と地面に挟まれたかのような圧迫感を明瞭に感じる。加減しているのだろうが、もう少し強く力が入ったら腕が折れてしまうだろう。
「え、えっと、ケルイさんもよろしくお願いします」
いつ腕が折られるのかと戦々恐々としながらもう一人へと挨拶を済ませる。
「こちらこそ。ニトさんは優秀だと噂でよくお聞きします」
さっきの団員にも言われたな。ここ一年は主な活動拠点をムニナに置いているからか、『北洋道』の誰かしらの耳に入ることが増えているようだ。
「キルニだ。二人とも、よろしく頼む」
「クアリです。改めてよろしくお願いします」
「おうよ、お嬢さん方もよろしくな」
「よろしくお願いしますね」
「……私も一応、やっておこうかしらね。『北洋道』団長をやらせてもらっているキスリよ」
「――悪い。一つ気になっていたんだが……」
キルニさんが手を挙げながら質問を口に出す。
「団員はキスリの呼び方を統一していないのか? 姉さんやら大将やらでややこしい」
「あー……一応、団長呼びが正式なのだけれど、呼びたい呼称でも良いってしてるのよ。昔私の呼び方であれこれ論争になったことがあってね」
「成程。なら私達も団長と呼ぶべきか?」
「いえ、名前で構わないわ」
「分かった」
納得した顔を見せ、彼女は口を閉じる。それを確認したキスリさんは笑顔ではあるものの、真剣味を含んだ表情を浮かべた。
「……それじゃあ、早急に本編に入らせて貰うわね。今回の任務の大元は変わらず『海坊主』の鎮圧なのだけれど、一つ無視できない情報が入ったの」
はっきりとした物言いで淡々と続ける。
「彼らが直近で盗んだ品物の中に新作の魔道具、そのサンプルがあったらしいのよ。これが厄介なものでね」
「魔道具? おいおい、待ってくれよ団長。『北洋道』は小細工程度で止まっちまう程ヤワなチームじゃねえだろ」
「ドキウ、話を聞け。団長がわざわざ言うんだ、暴力じゃどうにもならない話なんだろう」
ドキウさん自身も分かっていたのか、直ぐに引き下がる。本心を抑えることも変換することも得意ではなさそうだった。
「ありがとう、ケルイ。あなたの言う通り、力で押しきるには対処に困る代物――仮名として消失の御札と名付けられたアイテムを持っているの」
消失の御札。確かに聞いたことがない魔道具だ。
「その消失の御札とやらはどんな効果を持っているんですか?」
僕は思ったことをそのまま口に出す。
「どうやら、この札を貼った物体を他者から認識させなくするらしいわ。仕組みはよく聞いても分からなかったのだけれど」
「おいおいマジか。見えない相手じゃどうしようもねえだろ」
ケルイさんの指摘を意識してか大声ではなかったが、驚愕しているのは間違いなかった。
「対抗策は?」
「それが一つだけ」
キスリさんは腰に着けていたバッグから単眼鏡のようなものを取り出す。
「この魔道具を使えば見えなくなったものも見えるらしいわ」
「きょ、鏡筒抜け!?」
ケルイさんが素っ頓狂な声で叫ぶ。お前もうるせえじゃねえか、とドキウさんが文句を垂れるが、興奮気味のケルイさんは気付いていなさそうだった。
「結構貴重な物品なのね」
「結構なんてとんでもない! ムニナの技術者を総動員して開発された、起動している魔法を確認できる至極の一品ですよ!」
「解説ありがとう。だけど声が少し大きいわよ」
「……すいません」
はっとした顔から片手で口を塞ぎ、小さく頭を下げる。
「少しは落ち着いたかよ、魔道具オタク」
「……とにかく、鏡筒抜けがあれば、どれほど高度な魔法でも見破ることが出来ます」
「あ、おい、無視すんな」
都合の悪い事は我知らぬというスタイルらしい。追求しても意味がないので僕は話を進めようと思う。
「問題点は把握しました。けど、その鏡筒抜けがあれば特に気にする必要はないんじゃないですか?」
僕はキスリさんとケルイさんの語らいから発したものを正直に述べた。
「消失の御札単体だったらわざわざ招集しなかったわ。今回は相性が良いというか悪いというか、変に噛み合っちゃってるのよ」
キスリさんは困ったような渋面で、”今回”の部分を故意に強調していた。




