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幕間

 この世界の測量術が発展しているかは不明のため実距離は出ていないが、地図上に描かれた基準に則れば十八時間で国に着くことになっている。


 設定が終わったようで、中途半端に人の形を成していた機体は完全に形成され、ブースターが点火される。オーバーテクノロジーによって緩和されたGを肌に受けながら上昇していく。地面が離れ、草木を通り抜け、気がつけば森を見下ろせる位置で浮遊していた。


「うわあ、こんな景色、見たことない……!」

「やっべえ……」

 

 二人が感動しているのも束の間、直ぐに一定の方向に飛行を始める。


「皆、目的地に着くまでは休んでて良いですよ」

「それもいいけど、親睦を深めるために軽いゲームしない?」


 ゲームか。こっちにどんな文化があるのか調べられるいい機会だ。


「俺は賛成だ。ミシュは?」

「異論なし。ソフィア姉さん、アナザーの制御お願いします」


 俺とミシュにだけOKと返事が聞き取れる。これで空から隕石がふってきたりしない限り安全だ。


「……姉さん、ゲームってもしかしてあれ?」

「そう、セウと初めて会った時もした奴」

「恒例の儀式みたいなものなのか」

「YES! ある程度親しくなったらやろうって決めてるゲームなんだ」

「どういうゲームなんですか?」

「あ、でもここじゃ出来ないかも。机が必要なんだけど」

「机なら仕舞ってありますよ」


 ミシュが空中でパソコンキーボードを叩くようにして指を操ると、席の間から横に長い長方形が顔を覗かせる。縦に仕舞われていたそれは広い面を上にして倒れ、展開。ギリ肘が掛けれる位置まで大きさがある机が現れる。


「これで大丈夫ですか?」

「うん。これくらいあれば出来るよ。ありがと」


 確かにインパクトが弱いものではあるが、もう驚かなくなったのかと個人的に思った。


「今からやるのは言っちゃえば力比べ。腕力で勝負するゲームだよ」


 そう言いながら腕をくの字に曲げ、肘を机の端につける。僅かだが前傾姿勢をとっている。


「こういう形で握手して、肘をつけたまま、相手の手の甲を机にくっ付けたら勝ちってルールだよ」


 まるで腕相撲のような形だ。まるでというか、そのものだった。

 

「成程な。一ついいか?」

「なに、イチロウさん?」

「多分ここに居る誰にも勝てないんだが」


 勘違いやら偶々やらで事情は違うが、俺は三人とも全員に己が命を脅かされたことがある。過去の経験から学び、対処する俺の本能が、『やめとけやめとけ』と叫んでいる。


「大丈夫ですよ市郎。なんとかなりますって」

「やってみなくちゃ分からないっすよ」

「そうそう。私は本気出さないし」


 自分より小柄の女性にハンデありで勝負すると宣言されたことも含め、情けなくってしょうがない。が、三人の言うことも一理ある。


「……よっしゃ、絶対全員倒す!」


 ――第一回戦、俺対アマ。開始の合図と共に全力を注いだが、抵抗がまるで出来ずにぶっ倒され敗北。アマの方が呆気にとられていた。

 

「かなり手加減したんだけど……」


 ――第二回戦、ミシュ対セウ。少しの間鍔迫り合いが続き、メトロノームのように組まれた手が揺らいでいた。ミシュは袖の短い服を来ているため二の腕の筋肉が膨らんでいるのが分かる。


 セウが苦悶を、ミシュが余裕を顔に見せ始めた時。


「なっ!?」

 

 第三者から見ても握力が上がったことが分かる。握り合っていた筈の拳は僅かにセウの方が開き、力を籠めるには不十分な形のままスパートに出たミシュの猛攻を受けた。結果、耐えきれずにセウは敗北。セウは痛そうに叩きつけられた右手を抑えながら戦慄する。


「このパワー、姉さんに並ぶ……!」


 FAWに来て初めての戦闘(っぽい)要素がこれか。まあ、魔物もわんさかは居ないし、いきなり殺し合いが発生する程治安が悪い訳でもないため当たり前ではある。


 ――続けて第三回戦、俺対セウ。


「男同士の勝負だ。手抜くなよ?」

「もちろんっすよ!」


 両者セット。アマの細い手とは違い、掌が広いそれは圧迫感が大きかった。だが、それだけだ。ただでさえダイジェストで恥をかいているんだ。勝てなくっても、タメは張ってやる。


 ……結果、意気込みだけはあった。

 強いて言うなら、彼が全力でやってくれたのが俺のプライドを一応保たさせてくれた。


 後に聞いたらアマの八割と拮抗はしたらしい。早く言ってくれ。顔を隠したくなるくらいには恥ずかしい台詞を吐いてしまった。


「市郎、真面目にやってくださいよ。八百長ばっかしても面白くないですよ」

「本気で指摘するのやめてくれ。一番心に来る」

「ごめん。あまり鍛えていない体なのは分かってたんだけど……」

「この流れで謝罪も心を抉るスコップになることは分かってくれ?」


 悪気がないのは伝わるのだが、かえってタチが悪い。


「出身世界によって発生する差なんすかね……元の世界だとイチロウさんの腕っぷしはどのランクに属してたんですか?」

「自慢じゃないが、知り合いの男子全員に腕相撲は勝ったことないぞ」

「自虐ネタなんかやったら本当に心折れますよ?」

「始まりの女が言うんじゃねえ。……ほら、次は最強決定戦。俺で遊ぶよりずっとマシだろ」

「そうですね。今は市郎をいじめるよりも腕相撲の方が楽しいです。最強という称号も、ずいぶん魅力的ですし」

「男以外でも最強は憧れるものなんだな」

「生物なら当然です」

 

 残るマッチはミシュ対アマ。席の都合で俺とミシュ、セウとアマは対戦不可能だからだ。


 計三回の戦を支えた机の上に二つの肘が位置につく。どちらも男衆のそれよりも細く、華奢だ。体格差があるためミシュの方が手は小さい。


 開始の合図はセウ。合図は地域や家庭によって細かいところが違うと思うが、今回は『よーいドン』で統一している。


「それでは第四回戦、アマ対カイヤ・ミシュール! 準備は宜しいですか?」

問題なし(オールグリーン)

「いつでもいいよ」

「両者、準備完了です!」


 お互いの掌を合わせ、握り込まれた拳に未だ力は入っていない。やけに熱の入った合図役の声を聞きながら、この遊戯で初めての緊張感を肌に感じていた。本人らは全く感じていないだろうが、空気が冷たく感じる。


「……それでは」


 セウが喉を鳴らし、次の一言に備える。緊張感が最高潮に達した頃、肺一杯に酸素を溜め込み、声を上げた。


「――よーい……ドン!」


 二人の顔から余裕が消える。腕の筋肉が収縮、隆起しているのも見える。確実に力と力が衝突している。


 ――しかし、動かない。

 鉄骨で建設された陸橋のように、標本図鑑に留められた蝶のように、少しばかりも映像であろうとしなかった。


 力量差がない完全な拮抗。血管が浮き上がり、表情が苦しくなったとしても、手の高さは変わらない。不動の状態が十秒を過ぎても、動いているのは観戦者の心持ちだけであった。


 お互いがお互いの力量に驚愕し、また、今それとぶつかっていることに喜色満面になる。ライバルを見つけたことへの喜び、高揚感が外側からも読み取れた。

 

 膝の上にプレイヤーが存在する以上、動きたくても動けないもどかしさに駆られ始めた頃、無限に続きかけていた均衡が崩れる。


 僅かに下を位置しているのは、小さな方の手。

 ミシュの眉間に皺が強くなる。現れた差の正体は実戦経験の数であり、平たく言えばスタミナの差であった。


 フルパワーを維持しきれなくなった隙を逃さず追撃。少しずつ、だが着実にテーブルとの距離が縮まっていく。


 腕の角度が四十五度を過ぎた頃、俺はまた別の変化が起きていることに気がついた。アーチ状の腕が倒れる速度が遅くなっている。抵抗が強くなってきているのだ。


 火事場の馬鹿力という奴だろうか。後数センチでも押されれば負けだが、しかし、この位置でまたもや拮抗し始めた。一度下げられたテンションは業火の如く燃え上がり、ボルテージは度を過ぎて爆発しそうな勢いにまで昇っている。


 アマチュアのアームレスリングよりよっぽど白熱した戯れが始まってから三十秒。終わりはいきなり、静かに訪れた。ミシュは火事場力によって均衡を維持していたが、遂に底まで使い果たし、事切れたようにテーブルに手の甲を落としてしまったのだった。


「勝者っ、アマ!」


 セウはアマへの尊称を忘れながらも結果の宣言を掲げる。疲れ切った二人は背もたれの男衆に倒れ込み、俺達はそれを受け止めた。


「大丈夫か⁉︎」

「頑張り過ぎだよ姉さん!」


 俺とセウの語調が強いのは、単に盛り上がった名残であった。


「……い、良い、勝負、でした……」

「そっち……こそ……」


 勝利を祝われるべき勝者と健闘を讃えるべき敗者、両者は拳をぶつけ合い、真っ白に燃え尽きた。





 

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