会議
「……本当っすか、イチロウさん」
「ああ、アマが言っていることは全て事実。だから現地の協力者として二人が選ばれた」
「私としては、この世界についての知識と土地勘が頼りになります。カエズ国王の姉方を見つけるという目的がある以上、技術だけではどうにもならない部分が多くありますから」
ミシュの補足で納得した様子を見せるが、セウの表情にはまだ曇りがあった。
「……分かったには分かったんですけど、でもやっぱり俺と姉さんに頼んだ理由が分からないんすよね」
「理由? くじ引きで決めたとかじゃないか?」
「市郎、それだったら国の者から派遣した方が確実です」
「確かに」
今考えれば、それだったらというか、そうじゃなくても国の兵士の方が良い部分が多いんじゃないか?
わざわざこの二人を選んだ訳は何なんだ。
「……あの、私、心当たりが一つ」
「本当か? アマ、一発かましてくれ」
「遊芸はやらないよ? ……私達、どっちも人を探してて」
人を?
「もしかして二人もカエズの姉を探してるのか」
「いや、違うよ。顔も知らない」
「イチロウさん、国王様のこと呼び捨てしてんすか!? すげえ……」
「もう、話が進まないから」
「……ふふっ」
ついに堪えきれず微笑んでしまった。
「? 笑う所あった?」
「いや、ほんと仲睦まじいなって。見ていて少しほっこりした」
どちらも俺の命を刈りかけた準死神ではあるが。我ながら受け入れが早い。
当の本人であるセウは少しがっかりしたように声を上げる。
「イチロウさんもそう見えるんですか? よく言われるんすよね。俺らは自覚ないけど」
「気を許し合う仲ってこんなもんなんだろうな、と感心してしまうぐらいだよ。いい姉弟仲だなって」
「あー……」
アマはやはり、とでも言いたげに口を開き、通過儀礼を事務的に済ますように続ける。
「私達、姉弟じゃないよ」
「マジで?」
「本当」
「……マジか」
予想外にも程がある。これで姉弟じゃないって、驚きが隠せない。セウとか姉さんって言ってるやん。
「兄妹みたいなのはイチロウさんとカイヤさんを指すもんでしょ」
「――いや、俺らも兄妹じゃないぞ」
「え、本当に?」
「マジだ」
「えぇ、本当に……?」
数秒前の俺が鏡写しで現れ、実際のきょうだいって、どんななんだろう……。と一言挟んだ後、飽和しきった副題から本題へと帰ってきた。
「……私は七年前に失踪した冒険者たちを探しているの。一人は冒険者のコミュニティで『落下』のニトとして名を馳せてた」
「『落下』って、ニトには悪いが弱そうだな」「お兄ちゃ……ニトさんは弱いどころか、一対一で勝てる相手は居ないと囁かれている実力者。弱くないからね」
「お、おう、分かった」
気持ち食い気味で返されてしまった。まろび出た一人称からニトに特別な思いがあるように思える。
「その、ニトとは知り合いなのか?」
「ニトさんとクアリさん、――ニトさんの幼馴染にあたる冒険者は私と同じ村出身で、特に、ニトさんは私の師匠に位置付ける存在なの」
「……なるほど」
「数少ない情報をまとめた結果、北の大地に向かったことだけが分かってる」
頭の中にふわりと湧いたものがあったが、俺がそれを挟む隙間もなく、次が語りはじめる。
「俺は七年前に起きた大災害、岩雨の元凶を探してるっす」
「岩雨……岩の雨?」
「名前の通りっす。掌で握れるものから腰から上を吹き飛ばせるものまで、大小様々な岩が北の大地付近から近場の村や国に降ってきた災害、それが岩雨」
「待て待て、一体何が起こったらそんなことになる」
「神様の怒りだ~とか、何処かの大魔女が~とか広まっている話はありますが、事実としては不明です。……けど、俺は見たんす。恐らく、原因である存在を」
「……それが巨人か」
「はい。俺の大切な人達を根こそぎ奪っていったあの雨の最中、空を一直線に、北の大地へと飛んでいく姿が見えたんす。今回の噂は、この森に帰ってくる途中に王国を経由したのかと思ったんでけど」
あまりにも雑な推理だが、彼が巨人のこととなると目の色が変わるのは少し前に知ったばかりのことだ。それに、――つい付け足してしまった言葉なのだろうが――雨に付けられた修飾節は彼の経験の悲惨さを酷く演出する。
「……お気の毒に」
「いいっすよ、沢山言われましたから。――それより、共通点の観点で言ったら、やっぱり北の大地っすよね」
「あー、それについて少し気になってたんだが、北の大地ってのは一体何処なんだ?」
「文字通りです。地図は……」
「カエズに貰ったのがある。これで説明してくれると助かるよ」
「勿論。寧ろ、手間が省けた」
麻袋から抜き出した紙で作られた筒の紐を解き、年季が随分入ってないピカピカの地図を開く。……よーく考えなくても端が焼かれたように汚れて崩れた地図を渡すっておかしいな。そりゃ新品を渡すのが王国の義理だよな。
「聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる、すごい聞いてる」
「適当……もう、続けるよ? ……今、私達がいるのが中央地方と呼ばれる地域。で、他の地方はここを中心として各々東、西、南の地方に分かれているの。大体この辺りは名前の通りだから分かるとは思うけど」
アマはポイントごとに指を地図へ置き、乱雑な情報を補正していく。
「種族、地理、信仰される神など地方ごとの特徴はあるけど、要点の北の大地から。地図を見れば分かる通り、北の大地は全くと言って良いほど調査が進んでない」
確かに、大陸の絵図、『中央地方』と刻まれたエリアの上には碌な地形が描かれておらず、代わりに印刷ミスを疑ってしまうほどの木の群れがびっしりと刻まれていた。
「調査隊は幾度か出されたことがあったみたいだけど、その全てが結果を持って帰ることはなかったって」
「無事ではあったのか?」
「いいや、命を持って帰れたのが全体の一%にも届かない、しかも大半は五体満足とはいかなかったって聞いてる。心を削られたものも当然に」
「……とんでもないな」
音もなく頷き、数々の尽力によって発見された情報を分け与えてくれる。
「彼らによって判明した事実は三つ。一つは、北の大地を覆う森林、これは内部まで天から目を通さぬように敷き詰められていること。二つ目はそのせいか、スキルが使用できないこと。三つ目は……」
「ちょ、ちょい待って? さらっと言ったがスキルが使えないってかなりの問題じゃないか?」
セウのような魔法使いならともかく、戦士タイプのステ振りでは影響が大きいだろう。仮にゲームの縛りにしたって重すぎる。
「確かにその通り。けど、重要なのはこの後の三つ目」
アマは神妙な顔で踏み込むような勢いで口を開く。
「調査隊を襲ったのは犬や鳥や熊――形だけで力は二割増しらしい。けど、全て、間違いなく、確実に魔法を使ってきたらしいの。北の大地以外で存在が確認されなかった彼らはこの特徴から、魔物っていう総称で呼ばれてる」
魔物という言葉を聞いて、己の中にあったFAWへの違和感に気付く。RPGじゃ草むらを歩くだけでエンカウントする魔物。この世界に来てからそれの類いを見たことがなかった。だが、当たり前だったのだ。
「……魔物は北の大地にしか居ないのか」
「そう。ただでさえ戦闘能力が高いのに、しかも使う魔法が見たことのないものばかりで対処のしようがない」
「初見殺し持ちは手練れでも簡単に対処できない。ゲームオーバーは当然ですね」
「あたかもビデオゲームのような物言いをするなよ、ミシュ」
「最も理解しやすい方法は換言です。画面の向こうに例えたからって他人事に思ってる訳じゃないですからね」
「……悪い」
「生きてるからいいですよ。それより、お二人は目的の関係上、そのハードコアなステージを攻略したいってわけですよね?」
「うん。でも、探検する仲間が集まらなくて……。とりあえずあの場所に立ち入るなっていうのが暗黙の了解だから」
「調査隊が出ていたって話は」
「調査隊はかなり前から――具体的には二十年ほどは出てない。北の大地を調査しようって奴が居ないの」
「募集の張り紙は偶にあるっすけどね。確か東の地方だったような……」
「変わり者のおじさんが出してる奴ね。ずっと張ってあるから空振りしてるんだとは思う」
「……成程。大体は掴めました」




