第二話 沿岸の国にて⑤ ~未だ露店街にて~
伝説を語り終えた頃には、少年の目に露は溜まっていなかった。
「……ふふっ」
「ん、あんまり面白い話じゃないと思うんだが……」
「だってすごく真剣に話すんだもん。御伽話なんでしょ、それ」
自覚はしていなかったが、少年の言葉が間違っている訳でもなさそうだ。
「ありがと、お兄さん。変なお話でどうでもよくなっちゃった」
彼は笑顔になる。少しも濁っていない無垢な笑顔を浮かべる。
「……良かった」
「お兄さん、さよなら!」
少年は横を通り過ぎて、家と家の隙間へ駆け込んでいった。……はあ。疲れた。
早く宿に戻ろう。立ち上がり、歩き始めてすぐだった。
「あら? こんなところで合うなんて、……別に偶然じゃないわね。ここは宿から近いもの」
「……昨日会ったばかりですよね。キスリさん。今度はどんな意地悪をしに来たんですか」
「信頼されてないようね。安心して、意地悪なんて趣味じゃないわ」
首に下げたロケットが輝く。多少服装は違うが煽惑するようなものであることは変わっていない。僕らが泊まっている宿の位置を把握していることに内心動揺しながら顔を見る。
「むしろ親切をしに来たのよ?」
「あなたの助けがいるほど困窮してません」
「んー、昨日より態度がきついわね。悪いことでもあったのかしら」
「これでも上機嫌だったんです、さっきまでは」
「あらどうして?」
「……男の子にぶつかったんです。子供はあやすのは得意じゃないんで苦戦したんですよ」
「違う、違う。私が聞いたのはなんで上機嫌だったか、ってところよ」
「それは美味しそうな朝ごはんが買えたからです」
「朝ごはんは何処に?」
「勿論、僕が持って……」
キスリさんとの問答をしながら見渡す。きょろきょろと、じっくりと見渡した。
……無い。朝ごはんが無い。
というか、朝ごはんどころじゃなく、持ち物が入った袋ごと無い。
何でだ。落としてはいない。サンドを入れるまではしっかりと持っていたはず。
「…………あの時か!」
少年とぶつかった時、早い段階で僕は両手を空けていた。つまり、荷物は地面に置いてしまっていたのだ。意識の向いていない物を盗むのは子供でも難しくない。
「しまったあ……」
「あらあら、大変そうね」
鷹揚な声で、まさに他人事だというように言われた。
「……キスリさんがいう親切は、窃盗の事後報告のことですか」
「当然、違うわ」
「じゃあ、あなたは一体何の親切をするんですか」
言葉の端々がつい鋭くなる。キスリさんは気にも留めなかったが。
「私はあなたに窃盗犯を教えてあげるという親切をするの」
「誰か分かるんですか。……まあ、一部始終を見てたなら犯行現場を見ててもおかしくないですけど」
「残念ながら私があなたを見つけたときは既に無くなってたわ。あなたが持っていたらしい荷物は姿形も知らない。この辺りは手ぶらで来ても何も貰えないし不自然ではあるけどね」
違和感を見逃さなかったから、というのは僕が窃盗されていると思った根拠にしては少し薄い気がする。
「もしかしてここって、有名な盗賊団が居るんですか」
「鋭いわね。旅行先は事前に調べるタイプだったかしら? 確かに、この通りには盗賊団が潜んでるわ」
「ここに? 人気がここまである場所を根城にしているのに鎮圧されてないのはおかしいような……」
武力では手に負えない相手なのだろうか。だとしたら取り返せる望みは薄いかもしれない。
「鎮圧どころか指名手配すらされてないのよ、あれは。便宜上盗賊団とは言ったけれどね」
「どうしてですか。ギルドに深く関わっている人物だからとか?」
「いいえ。むしろ権力とは程遠い場所で生きてきた子達であれは出来てる」
あまり盗賊団の実体が見えてこない。盗賊団のように認知されているが登録されず、圧力をかけれる訳でもない奴ら……。
僕はいくら考えてもアンサーには辿り着けなかっただろう。答えは考え得る中で最悪の択だったのだから。
「クイズはここまででいいかしら。もったいぶらずに話しちゃうけど、盗賊団の正体は子供達よ」
彼女が流れるように話した情報が波のように襲い掛かる。
「子供達、って。まさか悪戯で盗みをしてるんですか」
「悪戯のつもりなんて毛頭無いでしょうね。捨て子が生きるための行為なんだから」
「……笑えない冗談ですね」
「はなから笑い事じゃないわ。ありとあらゆるものが流れてくる吹き溜まりに制限はないの。人だって流れてくるわ」
「け、けれど、ムニナは大陸でも一二を争う経済大国。子供を養う余裕はあるでしょう」
「国は外との取引に大量に資金をつぎ込んでる。場所、船、設備とかにね。国民のためにも金を使ってしまえば残りはお察し。空気の入った派手なボールの出来上がりよ」
「国民は? 苦しんでいる子の横で笑えるんですか」
「いいえ。だから周りからすれば丸見えの盗みをスルーしてるのよ」
「……何故僕には教えてくれたんですか」
「あなたが物腰柔らかい人だから、受け入れてくれると思ったの」
「犯罪の助長が助けになると思うんですか」
「実際生きれるようにはなってるわ」
「子供達が正しく生きれると思うんですか」
「さあ。私は人生の教師なんてしてないから」
「その生き方が幸せだと……」「質問が多いわね」
彼女の言葉の端が鋭くなる。イントネーションが変わっただけにしては重みがある。しかし、僕もささくれ立っていた。
「当たり前じゃないですか。キスリさん、あなたの言っていることが分からないんです」
「分かりやすく伝えているつもりだけどね」
「言っていること、やっていることは理解できますよ。けど、それとそれを正義だと胸を張る口ぶりに納得がいかないんです」
「最善策なのは本当でしょ。子供を育てる時間も金も無い私達が出来るのは何もしないこと。正義なんて思っていないわ」
「捨て子のことを諦めているだけです。彼らに悪行を強制させて放置しているだけ」
「強制なんてしてないわ。誰かが盗みを始めろと命令した訳じゃない。自分の意思で始めたのよ」
「選択肢が無くなっている状態は命令されているのと変わりません」
「強制だのなんだの言うけど、行動したのはあの子達。私達が責任を問われるのは筋違いじゃないかしら」
「責任は当人が負うものなのは確かです。しかし、無視する奴にも無視する責任は必要ですよね」
「……もしあの子達を養うとしたって、余裕がないのは事実よ。夢物語で解決する話じゃないわ」
「でも」「あなたも子供なのかしら? 現実的に無理だと言っているのよ。中途半端な善意は更なる不幸を招くかもしれないわ」
突きつけられたものに僕は母親に叱られたような気分になった。キスリさんはため息を吐く。
「……悪かったわ。あなたの言う通り、酷い考えなのは分かってる。でも、この国で人を救える程金を持つのはやり手の商人だけ。周りにある建物だって住宅の方が少ないわ」
「……どうにかならないんですか」
「あの子達を救いたいと思う人が居ない訳じゃない。商人の中で数人集まって作った団体もある」
「じゃあ、何故問題が解決しないんです?」
「多すぎるのよ。我が子を平然と捨てるような屑が。この国だけの話じゃない、海で、川で繋がる全ての国がそうよ」
「……」
「一夜の間違いだった、で終わると思ったらそれこそ大間違い。責任がって話なら百パー親にあるわ」
僕が口にしたのが妄想である、という自覚と共に申し訳なさと罪悪感が胸を支配する。やるせない正義感を拳の中に握り締めた。




