表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/65

第二話 沿岸の国にて② ~未だギルドにて~

「えっと……、はい?」 

「……小柄ではあるけど、鍛えられた筋肉が艶っぽいわね。例えばそう、ここ」


 近づいてきた彼女の手が僕の胸に重なる。


「若さだけじゃない、努力で編み込まれた強い張りが服の上からでも分かるわ」

「え、いやちょっと、何を……」

「腕も美しい。逞しくはないけど、細いながらにごつごつで男らしい」


 薄い唇から甘い吐息が漏れる。体から漏れる色香(いろか)から逃げられない。女性の匂いとも違う、一度何処かで嗅いだ心地よい匂い。


「これまで相手にしてきた男の中でもとびきり上位に入るわ」

「……ど、どうも?」

「是非とも、手合わせ、してみたいわね。ふふ」


 ……あ。

 

 思い出した。これは前に魔道具屋で嗅いでしまった、幻惑の魔香の匂いだ。


「あなたは一体、どんな言葉で求めてくるのかしら。この体が覆い被さってくると思うと、どきどきしちゃうわ」


 ……まずい。


「ああ、ほんと。――美しい」


 脈略など既に関係ない。これはあからさまな誘惑だ。僕が意志薄弱だからという話ではなく、男である以上避けられない(トラップ)だ。


「――あなたは何をして欲しい? 私に出来ることなら、何でもするわ」

「僕は……、僕は」


 考えられない。他の結論で誤魔化そうとしても、一つの邪な考えを本能が囁く。


「ぼくは……」

「そこまでにしろ」


 キルニさんが制止の一言と共に、自分の鼻と口を塞いだことに気付くのにあまり時間はかからなかった。キスリさんから距離を取らされる。


「肺の中全て吐き出すまで吐け。空気を吸えるのはその後だ」


 言われるがまま息を吐いて、吐いて、そして吐いた。


「あら、もうちょっとだったのに」

「……キスリとかいったな。あなたの手駒になるほどこいつは柔くない」

「にしては、サポート無しじゃきつそうだったけど?」

「あなたも魔道具を使っているだろう。魔香無しでも同じ結果を出せるなら認めるしかないが」


 キスリさんは大袈裟でない程度で目を見開いた。

 

「……よく分かったわね。使う瞬間でも見られたかしら」

「ニトが教えてくれただけだ」


 いつの間にか真っ直ぐになった口角から思考を読み取ることは勿論出来ない。だが、彼女が再び微笑んだのは分かった。


「ざーんねん。もうちょっと引き出すつもりだったんだけど」

「引き出す? 何をだ」

「横で頑張ってる子、ニト君。彼の目的よ」

「こいつの目的は騙し討ちしてまで知りたいことなのか」

「東の地方一のギルド、フギスナギルドのトップクラスで優秀な冒険者よ? しかもパーティでなくソロで。そんな奴が南の地方に来るなんて、なにかしら裏があると思うのはおかしいかしら」

「……」


 キルニさんは否定しなかった。


「私の故郷(ふるさと)に何をしにきたのか。場合によっては追い出そうとか考えてたんだけど、思っていたよりも優しい子で安心したわ」

「で、あわよくば傀儡にしようと企んだのか」

「あんな真っ直ぐな愛を見せられたら悪戯したくなっちゃうのよ。悪かったわ」

「愛だと?」

「あら、想いが伝わらないなんて悲しい。苦労するわね」


 僕の方を見ながら同情するような声色で呟いた。

 

「……このくらいが丁度いいかしら」


 キスリさんが指示をすると、ガヤの中から二人のごろつきが現れ、肩を持つ形で飲んだくれを持ち上げる。


「じゃ、機会があったらまた宜しくね」


 男達を連れて出口へと歩いていく。

 

「……機会があったら、ということは、……約束は守ってくれるんですね」


 復帰したばかりで、息が絶え絶えのまま声を出した。


「勿論。『北洋道』の名にかけて守ると誓うわ」


 そう言い残してギルドを出ていった。


 ――残ったのは僕らと変な満足感を得たガヤ達だけだった。ガヤ達は見るものが無くなったので各々元いたテーブルに戻っていく。


 崩れていく肉壁の間を通り抜け、見るからに心配そうな顔で受付嬢さんが走ってきた。


「大丈夫ですか!?」

「……怪我はしてませんよ。むしろ怪我はあっち側の方が酷いです」

「申し訳ありません! このようなことになる前に止めるのが私達の役目ですのに」

「謝るとするなら僕らではなく周りの人達です。騒ぎを起こした張本人に頭を下げられる権利はありませんし」

「私もニトと同意見だ。もっとも、騒動をショーのように楽しんでいた奴らにも謝る必要はない」


 あの場に入れなかったこの人に責任はないだろう。それとも、無理矢理にでも止めるべきだったと無茶させることを言う奴がいるのか?


「……分かりました」

「あ、丁度いいので一つ頼みたいことがあるんですが」

「は、はい。何でしょう」


 何故か肩を強張らせた彼女に小動物的なかわいさを感じながら続ける。


「余ってる依頼とかありませんかね。猫探しでも探索でもいいです」

「……あ、そういう……」

「思い当たるものはないですか」

「え、ああ。新しく入ったものが幾つかありますよ」


 答えてはくれたが、やけに焦っている。『北洋道』との騒ぎをまだ気にしているのだろうか。


「ええと、さっきのことは本当に気にしなくていいですから」

「は、はい! 勿論です!」


 会話が成り立っていない風だが、分かってはくれてるようなので気にしないことにした。


 受付嬢さんに先導される形で先程とは別のカウンターに向かう。こちらからは見えない位置を探ると、四枚の紙が並べられる。一つは採集、二つは探索、一つは護衛だった。


「お二人で受けるなら採集がおすすめです」


 落ち着いたようで平坦な口調のまま説明を続ける。


「採集対象はユケタエ。ここからだと西方面にある森林に群生しています」


 ユケタエ、一般的にどこの地方でも見られる薬効のある草だ。

 

「必要な量が籠一杯、というのはどういうことだ?」

「ええとですね……あった」

 

 机の下から、藁で編まれた背負えるサイズの籠が出てくる。


「これ一杯に集めろということだそうです」

「……まあまあな量ですね」


  背の高い草ではないユケタエをこれだけ集めるのは簡単ではない。だが確かに二人でやれば一日で終わらなくもない量。


「悪くはないが……、どうだ、ニト?」


 全く同意見で、少し他のも見てみたいと思った。

 

「他のも見せて貰えませんか」

「そうですね……。探索はどうでしょう」


 残っていた内の二枚が前に出される。


「洞窟と湖……洞窟はともかく湖の何を調べれば?」

「湖の中だそうです。湖の底に鉱石があるとかで調査して欲しいとのこと」

「私達向きの依頼ではなさそうだ」

 

 報酬も考えると、現実的なのは……。


「私は洞窟の探索が良いと思うぞ」

「僕も同じです。じゃあ、これを受けます」

「承りました。お名前はニトさんとキルニさんでよろしいですか?」

「ああ」「はい」


 受付嬢さんは紙にすらすらと名前を書き付けていく。

 

「……依頼者は面会不要ということで、このまま受理させて頂きます。期限は二週間後の昼頃になります」


 情報を見る限り、ある程度は探索されているが最奥までは辿り着いていない洞窟のようだ。期限に余裕があるのは保険もあるだろう。


 教えて貰った情報を頭の中に入れ込む。といっても難しい内容ではないのできついものではない。


「ありがとうございます」

「いえいえ。あなた方に海の加護があらんことを」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ