関係の精算、そして構築。
「……そんじゃ、乾杯!」
店のあちこちでグラスのぶつかる音がする。
中には黄金色のビールや透き通った日本酒を携えており、皆それをがぶがぶと呑み込んでいく。
あの時と同じ様な輝いた笑顔で。
「いや、まじで皆久しぶりだな!」
「前に」
「くぅ~、美味いな、これ!」
「飲み過ぎないでねタケ、まだまだあるんだから」
元クラスメイトの一人が店の制服を着て、料理を大量に並べる。
「おお、いいね!」
そういって、食指を伸ばしていく。相も変わらず食い意地を張っているのかこの男は。
「飲み過ぎるなっつったって、この面子で飲めるのなんざいつか分からないんだからしょうがないだろ」
そういって一本焼き串を頬張る。
「まあ、二年ぶりだからね」
「しょうがないない」
イゴとレンカ。この二人も変わらずに、熱々な関係を維持しているようだ。
「二年間ずっとそんな感じだったのか?」
「そりゃあ、勿論。ね?」
「うん、勿論」
ね~、と息ピッタリで会話している。
実は双子でしたなんてカミングアウトされても納得しかないだろうな。
「俺も彼女とか居たら良かったな」
話を合わせるつもりで呟くと、タケ達が目を丸くして、笑い始める。
「何言ってんだよ、浅間! お前がモテない訳ないだろ」
「そうだよ、社長さん」
「そうそう」
「いや、縁もゆかりもない」
「嘘だろ~? それ」
「18歳で起業、そこから僅か三ヶ月で疑似アンチグラビティ技術の開発に成功。空飛ぶ車や空中都市を実現出来るようにして、その後も疑似ワープ、AI拡張技術とかなんとか、新技術をたくさん開発。たった二年で世界レベルのトップ企業まで上り詰めた浅間が?」
「なんだ、そのやけに丁寧な説明口調は」
実際、俺がやったことになっているものだが。
「そういうお誘いとかないの? ほら、会社同士の交渉でハニートラップ、とか」
「そんな話何処から出てくるんだ」
「ドラマであるんだよ、そんな話が」
「主演の喜美寿川ちゃんが可愛いんだよね~」
「喜美寿川?」
「あれ、知らない?」
その場でイゴが検索して顔を見せてくれた。なるほど何処かで見たような子だ。
すごく可愛らしい美少女、と評価されるべきだと勝手に思った。
「すっごく可愛い美少女でしょ」
「そうかもな」
あまりにも同意だったためにやんわり認めた。
「一万年に一度の美少女って呼ばれてるんだっけか? すげえよなあ」
「……というか、そこじゃなくて! 浅間に愛人がいるかどうかの話でしょ」
「いや、喜美寿川ちゃんの話出したのレンカだろ」
「なら私が戻してもいいでしょ? そうやって逃げようとしても無駄だよ。さあ、いるの? いないの?」
「僕も知りたいな」
「いや、そういわれてもな……」
と、このタイミングで、俺の太腿の辺りに振動を感知する。しまっていたスマホが犯人らしい。
愛人という、何故かよろしくないものに聞こえる単語にすり替えられた存在しない彼女の話をぶったぎるつもりでブツを取り出す。
画面上の通知に「ミシュ」の文字が見える。
「悪い、ちょっと待ってくれ」
「あ、逃げた」
「俺はここから逃げないから許せ」
そう言いながら、チャットアプリを開く。と、先程の通知のものであろうメッセージが届いている。
――ヤッホー! 元気してる? ちょっと話したい用事が出来たから来てくれない?
「……は?」
なにやってるんだこいつ。
――なんだその文章は。そんな絵文字、今どき見ないだろ
――え~ 別に良いじゃん! いつ来れる?
――今は行けない
――なんで?
――同級生で飲み会中だ。言ったろ
――抜ければ良いじゃん
――話ならチャットで済むだろ
――大切な話なの
「何なんだマジで」
明らかに俺を不快にさせに来ている。
……こんなので奴の思惑通りになってしまう自分が悔しい。
「お前誰とやり取りしてるんだよ」
気がついた時には、タケはそういいながら画面を覗き込んでいた。
「ん? これ女か?」
「え? マジで?」
……まずい。非常にまずい。似たような話をしたままであるというシチュエーションもあり、レンカ達ががっちり食い付く。
「しかも、大切な話って……、やるじゃねえか浅間!」
「完全にクロだねこれは」
「待て、勘違いだ。話を」「やだなー。照れ隠しはいいよ。で、誰なん?」
誤認した(勿論気付いていない)事実を更に深めようと詰めてくる。
「いや、照れ隠しじゃ無くて……」
「往生際が悪いよ。いい加減吐けばいいじゃん」
「待て、お願いだ。俺の話を……」
今度は新たなメッセージに邪魔される。
しょうがないなあ(-.-)私が行くよ(^^)d
急ぎ、来るなと送ろうとした。が、あっさりタケに止められた。
「HA、NA、SE!」
「拒否する」
「なぜだ!?」
「そりゃ気になるだろ? なあ?」
残りの二人はYESと言うようににやにやと笑っている。いじめで訴えたい気分だ。今なら勝てる。
「……残念だが、皆が期待するような人は来ない」
「それじゃあさ、浅間の行動の理由がつかないよね」
「それは……」
弁明を述べようとした辺りで、がらがらと扉の開く音がする。皆不思議そうに扉の方へと向く。
不思議そうに、というのは、今日は俺らで貸しきりの筈だったからだ。
扉を開いたのは、ここにいる面子より明らかに小さい少女。
フォーマルなパンツスーツを着ている。顔は仏頂面で、人を模したアンドロイドと同格だった。
「あれー、あなた、何処から来たの? あなたみたいな子がこんな時間に歩いてちゃだめよ」
クラスメイト兼店員さんが子供に対して対応し始める。
「……なあ」
「……ん?」
「もしかして、さっきのメッセの奴って」
「ああ、あいつだよ」
だから、言ったんだ。お前らが期待するようなのじゃないって。
彼女を確認したタケ達は気まずそうに息を漏らし、そして。
「……流石に未成年に手を出すのは不味いんじゃね?」
「手ぇ出しとらんわ!」
イゴとレンカは、それはないよ、とでもいうような失望した目をしていた。
「違うんだって!」
「じゃあ、あの娘は誰なんだよ」
「それは……」
真っ直ぐ全てを話せる事情でないので少し躊躇ってしまった。ここでつまづくのが一番良くないと分かっていたのだが。
「ただの親戚だ!」
「誰が?」
「うわあ!?」
耳元でのウィスパーで一回も出したことの無い悲鳴を上げる。
心臓をフル稼働させながら見ると、少女、もといミシュが立っていた。
先程応対していたクラスメイトもセットで。
「もお、浅間。自分の子に迎えに来させるってどうなの」
「子供じゃねえよ!?」
明らかに年齢がおかしいだろ。
「え、でもこの子浅間を指してたよ」
「お前なあ! 少しは……」
「折角来てくれたのに怒るのは違うでしょ」
唐突にド正論を叩き込まれ、一気に熱が冷める。というか、ミシュは少しは自分のことを話してほしい。
「いや、まあ、うん。そうだな」
「……結構疲れてるんだな」
「え?」
「そりゃそうだよね。社長って精神的負担多いと思うし」
「迎えも居るし、早めに切り上げれば?」
真実を言おうとしたが、ここまで労れてしまうと断りずらい。飲んでいたいという気持ちはありはしたが、会計を済ませることにした。