第二話 沿岸の国にて① ~ギルドにて~
僕はコップを手に取り、ほんの少しばかり残っていたぶどう酒を流し込む。すぐに無くなった中身を覗き込み、次に辺りを見渡す。
入り口から入って左、多く並べられた丸テーブルを老若男女が取り囲む。通い始めて三日、ムミムナギルドの夜は変わらずの大盛況だった。
厳つい大柄な男、グラマラスな体つきの女性。対照的に少年少女のような容姿をした者も酒を呷る。流石に子供は居ない。
中には、というか半分くらいは首にナイフで切ったような穴が開いており、指の間に大きな膜が張っている。中央出身からすると、鰓と水かきがついている人間は新鮮味が強い。
「ここにいたのか、ニト」
よそ見していたので声をかけられた方向に向き直すと、キャスケット帽を深く被った女性が立っていた。僕が返事するよりも早く前の席に座る。
割と長めの髪ではあった筈だが、容量のある帽子なのかすっぽり収まっている。
「いや、髪をまとめてから被っているだけだぞ。こう、後ろで縛ってから……」
「当たり前に心読んで会話するのはやめろって言ってるじゃないですか。それに帽子の中身なんて気にしてませんよ」
「思ってたじゃないか」
「口に出してない時点で察してください、キルニさん」
少し前から呼び始めた偽名で彼女を呼んだ。
どれくらいたったのか。かなり長い間この任務を続けている。
「大体一年ぐらいだろう? 正確には知らんが」
……一年経っても致命的に分かりやすい癖を直さないのはどうにかして欲しいと思う。
「癖なんてすぐには直らんさ」
「……こんなことやってるとすぐに気付かれますよ?」
僕は掲示板に滅多矢鱈に張られた張り紙の一つを横目で見やる。
『セイクレート王国王女 ユンクォ・フリードレート 失踪 見つけた者に褒美』
似顔絵や特徴も乗せられた捜索願は横にある指名手配書とあまり変わらない。
「分かってる、気を付けてるさ。――む、コップの中身が空じゃないか。待たせてしまったみたいだな。もう一杯いるか?」
彼女は心配など元から無いような余裕を持って返してきた。
「いや、いいですよ。キルニさんはどうですか? 持ってきますよ」
「そうだな、君からの好意は喜んで受け取ろう」
落とし文句の一つと言われても違和感の無い了承を貰ったので、席を立つ。
二つあるカウンターの内、テーブル側に向いた方に向かうと、こちらに気付いた整った身なりの女性が細い机を挟んで微笑みを見せる。
「ニトさん、二杯も飲むタイプには見えませんが、良いことでもあったんですか」
「いやいや、大変なことだらけですよ。今回は連れの分を一杯頼みに来ました」
「ああ、キルニさんの分ですね。銀貨三枚です」
腰に据えた袋から提示された枚数の銀貨を取り出し、受付嬢さんへと手渡す。
「毎回思うんですけど、こんだけ人が居るのに名前呼びなんて凄い記憶力ですね」
「そうですか? 何回かお越しくださってる方の名前なら覚えるのは簡単ですよ。ニトさんみたいな名のある冒険者なら尚更です。『落下』のニトさん」
「もっと格好いい名前で呼ばれたかったですけど……」
僕の愚痴を聞いた受付嬢さんは小さく吹き出す。
「いいじゃないですか。通り名があるだけでも格好いいんですから。はい、こちらどうぞ」
「ありがとうございます」
なみなみに注がれた酒を彼女の手から受け取る。
「海の加護があらんことを」
受付嬢さんの言葉をしっかり聞きながら、テーブルの方向が騒がしいのに気が付いた。
振り返ってみると、大きな人だかりが出来ていているのがすぐに分かる。また、人だかりの中心部が僕とキルニさんが座っていたテーブルだということにも気づいた。
「何の騒ぎでしょうか」
「……これ、持ってて貰えませんか」
「え? どうしたんですか?」
「あなたにしか頼めません。お願いします」
「!? ……は、はい」
気になる反応だったが、うるさい胸騒ぎを抑えるためにも早く向かった方が良さそうだ。
◆◆◆◆
「なあ、姉ちゃん。この後どうよ?」
「悪い、人を待ってるのだ」
「つれないなあ。こんなとこで待たす奴なんかほっといてよお、俺といいことしようぜ、べっぴんさん」
ニトが席を立ってすぐ、キルニは飲んだくれの男に絡まれていた。
「……あなたのような頭の中の人に肌は見せたくないな」
「ああ? なに言ってんだ? 俺がやるっていってんだから口答えすんなよ」
「外面も外見通りの粗暴か。なかなかどうして女を落とせると思うのかが分からん」
「……てめえ、言うじゃねえか」
「確かにただ事実を言っただけだ。アドバイスをするが、すぐ怒るようじゃ好かれんぞ?」
「……てめえ!」
反射的にだろう。キルニの襟に掴みかかった。
芸人の芸でも見るように楽しんでいた周りも表情が強張った。
「アドバイスを聞いていなかったのか? すぐ怒るような男に女は靡かないと」
渦中にいる彼女だけは変わらない調子で話す。
「……殴られてえのかよ」
「やれるならどうぞ。粗暴なあなたなら不可能ではないだろうな」
やれやれと両手を開く。
「落ち着き払ったような顔しやがって……」
男は目を大きくする。何かに気付き、悪巧みの顔を浮かべる。
「お前、もしかしてフリードレート家か?」
キルニは油断していた。驚きの表情を浮かべてしまった。ますます男の笑みが強くなる。
「そういや、お尋ね者の中にいたよなあ? ユンクォ・フリードレート、だっけか」
「私が一国のお嬢様? はっ、冗談にしては面白くないな」
「人相書にある顔とも瓜二つじゃねえか。腹違いの双子って話なら聞くぜ」
「双子じゃない。似ているだけだろう」
「ならよお」
胸ぐらに掴みかかった手を離し、男はキルニの帽子に手を掛ける。
「こん中の髪、見せろよ」
「拒否させる気は無いようだな」
「あると思うか? 銀色なんて世にも珍しい髪色、見せびらかしてたら大変だろうなあ、と心配してるだけだぜ」
「……やってみろ」
「強気だねえ。バレたらまずいんじゃねえの?」
「誰の心配をしてるんだ。やるならお嬢様にやれ」
「けっ。知らねえぞ、俺は」
男が力を入れる。と、同時。
「……空を司る神よ、谷底へと落ち行く我が身に力を与えたまえ……『落下切り』!」
グラディウスが男とキルニの間を通り、床へと突き刺さる。真っ直ぐ投げられた形で、男の腕に当たることはなかった。
全員が見上げると、きつい顔つきの赤髪の男が振りかぶっている。その男、ニトは落下しながら体を捻り、重さが乗った拳は飲んだくれの頬を捉えた。
男は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、テーブルに激突する。
「があっ!」
鍛えられた肉体だったからか、強い衝撃を受けながら意識を失わなかった。が、今回に至っては悪手。
「な、何が……ひっ!?」
やられたことを理解する前に、目の前に突きつけられた刃に恐怖した。
「……何をした?」
「い、いやいやいや、なーんもしてません! ただ、ちょっとお話をというか……」
「あ?」
ニトが床を踏みつける衝撃は周りの者にもひしひしと伝わった。剣先は向けたまま、しゃがみこんで至近距離で目を合わせる。
「『何もしてません』? ……帽子掴んでたのは見間違いか? なあ?」
「そ、それは……」
人相書の人物と似ていたから、などと正直に言う勇気は少しも残っていなかった。
「……」
「……答えろ」
「え、えと……」
「答えろ!」
「ひいっ!」
「――えっとお、そこまでにしてもらえません?『落下』のニトさん」




