偶然顔会
見えてくる光景は大方予想の通りだった。
百人が想像して教会を見たことない数人を除いた九十何人が想像している教会。
開けてすぐに立ち止まり、失礼気味に辺りを見渡す。
実際中身を眺めて思うのは、……まあ普通だな。
物珍しいものは見当たらず、お恵みがあるって訳でもない。一体全体自分のアンテナは何処に引っ掛かったのだろうか。
「……あれは」
一番奥、祭壇に中々のサイズ感を持つ石像が飾られている。扉前から見ていても大きく見える。
これが祀られている神様の姿か。
またまたありきたりな像で、美女が布一枚巻いて立っている。創造力の方向性は別世界の人間でもあまり変わってないのだろう。
「でも、美女ってよりかは美少女だな」
女神像というと、二十代三十代近辺の女性の容貌が多いが、当の女神はパッと見高校生になってたら良いぐらいの少女を象っている。
少女信仰と言葉にするとクマリだか何だかのようで触れがたいものだと思ってしまうが、あくまで異世界なのでものさしの長さが違うのは当然だと思おう。
方向性は一緒でも完全一致する訳ではない。
……それで、終わり。
何の後腐れも文句もなく終わりだ。
「――俺はなんでここに来たかったんだ?」
あの不思議な好奇心の代わりに生まれた変な気分。気持ちの悪さで納得はしていないが、やることもやったのでコールをかけることにした。
「おっじゃましまーす!」
結果、ミシュに発信する前に宙に浮いた。別に無重力空間が展開されたとかボヨヨオーンと飛んだ訳でもない。
俺自身、最初は我が身に起きていることを理解できなかった。むりくり理由をつけるなら、像を見ていたと思ったら地面を眺めている、と二つの事柄が直接繋がらない、因果が分からない光景を目にしたから。
俺がようやく現状を把握し、何が起きたか理解できたのは、床と顔の直線距離が大体一メートルを切ったタイミングだった。この方向へ体を飛ばすならと考えれば思い付く発想。
――ドアを押し広げるには余りある力で背中を扉経由で殴られたのだ。
実際どれ程吹き飛んだかといえば、像の前まではいかずとも、中央よりそちら側の床に激突するぐらいには吹き飛んだ。
ドアの前で立ち止まっていたのは確かに俺の方が悪い。だが、天罰としては少し重すぎやしないか。
考えがふざけ始めた頃に、ようやく俺の体は着地し衝撃を受けた。
ミシュの徒手格闘による痛みに伴う衝撃を思い出したが、これはそれよりも少し強い。息が止まる感覚、肺が圧縮される苦しさをもろに受ける。お陰で直ぐに喋りだすことは出来なかった。
「――って、大丈夫ですか!? 聞こえてますか!?」
「……」
「もしもし! もしもーし! ……ええと、これってお医者さん呼ぶべき? それとも何か手当てを……」
「……かはっ」
「! 良かった、息してる……。ちょっとゆっくりしててください、誰か呼んできますから」
「ちょ、ちょっと……」
一時的なものだからと止めようとしたが、苦しさから中断してしまった。
扉の方へ姿勢の良い、綺麗なフォームで走っていく。と、突然何かを思い出したように振り向く。こちらへ歩いて近づき、首をかしげ小さく呟く。
「そういえば、なんでこんなところで倒れてるんだろう?」
「あんたのせいだろうが!」
うわ、びっくりした! と分かりやすいリアクションを彼女はとった。元から丸い目をさらに丸くさせる。続けて彼女は慌てた声で話してきた。
「わ、私が何かしちゃったなら謝ります、ごめんなさい」
頭を深く下げ、本当に申し訳ないと思っているのが分かる。こっちも申し訳なくなった。
「……正直、あんたが百パー悪いわけではないからそこまで気にしなくても大丈夫。さっきのはとばっちりだと思ってくれれば」
「――そうなの? なら良かったあ」
「そこまで心配するようなことだったのか?」
「身に覚えのないことで咎められるのって結構怖いんだよ?」
……成人男性一人吹き飛ばしといて自覚ないのか。どいつもこいつも人間の形した化物じゃないか。
「一体どんな仕事してたらそうなるんだ」
「別に? 普通の冒険者だよ」
「冒険者」
「そう。冒険者」
この世界には職業として冒険者があるのか。たまたまだが新情報を手に入れた。
「……」
会話が続いていないことに気付き彼女を見てみると、何も言わずこちらを見つめていた。どうせの機会なので見つめ返してみる。
濡れ羽色の髪に彫刻のような引き締まった体(動きやすさからか軽装でボディラインが見える)。ボディービルダーとはまた違う、実用的な筋肉美を感じる。
あからさまに主張する筋肉は無い分、全体のバランスが整っているというか、健康的なイメージを持たせる。顔の美形さも含めてモデルと言われても違和感がなかった。
「どうした」
ほぼ初対面の男にじろじろ見られても視線も行動も変わらないので、心配も兼ねて話しかける。
「いや、私もまだまだなんだなって思って」
「いやいや、あんたぐらいの肉体なんて俺は持っていないさ。比べることすら出来ない」
「それじゃなくて。あなたの体じゃ張り合えないのは当たり前」
「……だったら何の話なんだよ」
「名声。知名度の話」
「知っている知ってないの話だったら、俺は知らないことしかない。もし知っているというなら神様ぐらい周知の事実じゃないと」
「それは知識が無さすぎるような気がするんだけど」
「長く過ごしたはずの世界でも流行りを抑えるのは難しいし、有名人なんて知る機会は無かったんでな」
「……結構、その、貧しい所の生まれだったりする?」
「そういう訳じゃないが、ここあたり一文無しだったり、知識もほとんど無かったからな」
「……うちくる?」
「今は困窮してないから断っておくよ。というか、あまり知らない男を招くようなことはやめておけ」
「大丈夫、私より強い男の方が珍しいから」
「……もし事実だとしても、無警戒すぎる」
「変に親切だなあ。……なら、あまり知らなくない人なら怖くはないでしょ」
一歩下がり呼吸を整えると、自己紹介! と元気よく左手を上げる。
「私はアマ! 18歳! 好きなのは走ること! 職業は冒険者で、色々な通り名があるけど私が好きなのは『雷神の鋼鉄像』!」
怪力の少女、もといアマは選手宣誓の如く名乗り、上げた手を少し反らしながらこちらに向ける。少しの打算もない笑顔も添えて。あなたの番です、ということだろう。
「……俺は朝間市郎。好きなのはロボットで、職業は一応社長。通り名はなし」
「アサマイチロウさん? ファーストネームは?」
「市郎だ」
「イチロウさんね。よろしく!」
流れるように手をとられ、握手する形になる。俺は狼狽えながらもよろしくと返した。
「ろぼっととかしゃちょーとか、知らないものが多いけど、とりあえずこれで知り合いだよね?」
「……まあ、そういうことにはなるな」
「じゃあ、今夜の宿は安心して! 大通り沿いの宿を一つ取ってるんだ」
「待て待て、まるで俺が君が泊まる宿にお世話になるみたいになってるぞ」
「? 違うの?」
「確かに知らない男を招くのは良くないと言ったが、知り合いになった男を宿に連れ込めなんて言ってない。さっき断ったはずだし」
「あ、そういえばそっか」
……冒険者はこんなのでも成り立つのか? いや、『雷神の鋼鉄像』、なんてそれらしい通り名がつくぐらいだから成り立ってはいるのだろうが。
「ところで、イチロウさん。他に誰か来てなかった?」
「人?」
「そうです。具体的にはセイクレート国王様なんだけど」
「ああ、それなら」
……ん?
「……あいつに用があるのか?」
「王様をあいつ呼ばわりはずいぶんと失敬だけど、まあ、黙っておくね」
「違う、俺が聞いてるのは何故あいつの場所を聞いたかだ」
「何故もなにも、イチロウさんが言った通りだよ? 国王様に用があって来たんだ」
「……アマ、もしかして結構いい所の出だったりするのか?」
「いいや? 少なくとも国王様とフェイストゥフェイスで話すような地位や仲ではないよ」
「その通り。ただ、細かいところを訂正するなら用があるのは私の方ですがね」
少し前に城内で聞いたばかりの声。振り返ると、女神像の前に件の人物が立っていた。
「……あんたは話の割り込みでしか登場できないんですか、カエズ」




