やってみよう異世界
少し経ち、路地裏にて。
「とりあえず、なんとかなったな」
「何処がですか」
「会話できてたろ」
「あんな中途半端に切っといて成功だと思ってるんですか」
「いやさ、あれはどうしようもなかったじゃん?」
正直に別の世界から来ました、なんて通じないに決まっている。
「都合の悪い質問がこないようにする立ち回りをすれば良かったんですよ」
「生憎、俺はそんなテクニック持ってないんだわ」
「市郎ともあろう人物がそれでは、浅間の名が泣きますよ」
「別に浅間は会話の名門じゃねえよ。何を極めてるんだ」
「まず言語に、説得に、信用。後は精神分析ですね」
「技能割り当てするな」
「マーシャルアーツも必要ですか?」
「暴力で解決するのか!?」
「イクストリームとか派手な名前の割にまあまあ出ますよね」
「六版なのか七版なのかはっきりしろ!」
「えーっと、確か名古屋に居るんでしたっけ。画像でしか見たことはないんですけど」
「……ナナちゃんか!」
「正解!」
「よっしゃあ!」
「もういい?」
「はい」「大丈夫です」
「……」
……では、切り替えて。
「これからどうするかですが、大体は決めました」
「お、早いな」
この世界に来てから一日も経っていないが、案外直ぐに帰れるかもしれない。
「異世界トラベル、ITを安全に行えるようにするには飛ぶ先の世界を事細かく把握することが必要です」
「今話してる言葉もその一つね」
「そうだな。それで?」
「私達でしか調べられないこともありますが、歴史や地形、それこそ言語なんかは異世界の人間が理解するのには時間を要します」
「こっちの世界の住人の方が詳しいのは当たり前だな。するとなんだ、ここで現地の協力者を得る、とかするのか」
「概ねその通りです。正確にはこの世界に関するアンバサダー、大使のような役割も……」
「……?」
「……言いにくいですね、この世界って」
「ん、まあそうだな。名前でもつけるか」
「それならファンタジーワールドが良いんじゃない?」
ソフィアの提案だった。
「ファンタジー?」
「そう。因果値測定をしてる時に気付いたんだけど」
因果値測定、原理はよく分からないがアナザー搭載の機能らしい。
「この世界、大気の五割が私達の世界に無い原子で構成されているんだけれど、それが簡単に言えば、超万能なのよ」
万能?
「何にでもなれるの。風はもちろん、土、水、火にだってね」
「……トンデモ過ぎないか」
「成程、それでファンタジーなんですね」
ミシュは理解できたらしいが、まだそこまで繋がらない。
「もしかして、分かってないんですか?」
「そんなことは……ある」
「仕方ないですね……」
ため息をつかれた。勝てるとは思っていないが、頭にくる。
「市郎が読んでた本、"セイクレイト物語"の内容であったじゃないですか」
「えっと、……何かあったっけか」
「流石に分かってくださいよ。クヌテョさんが持っていたものです」
「それは確か、魔導書だったはず」
「そうですよ。魔導書、なんてものに載っているのはひとつしかありません」
「ま、待て。それで決まってはないだろ。あくまであれは小説だ。フィクションだったり、なんてのも有り得るじゃないか」
「ええ、有り得ます。が、私が読んだ本の中にはこういうのもあったんです。――この世界の医学書です」
「医学書……、本当か」
「嘘ではないでしょうね。複数あったので見比べたところ、同じような内容が書かれていましたから」
「……それに何が載ってたんだよ」
「この世界の人間にあたる種族の解剖図です。同じような見た目をしてはいますが、一つだけ、私達は持たないものがありました。口腔から肺への気道、胃への食道の他にもう一つある器官、魔肝への魔道です」
「魔道に、魔肝?」
「なんでも、取り込んだ魔素という物質を溜め込む器官だそうですよ」
既にミシュは呆れたような顔をしていた。
「それは、つまり……」
当たり前だ。ここまで言われれば俺でも分かる。
「この世界は、本当に魔法がある世界ってことね」
「実際の魔法は、魔導書らしきものが無かったので不明ですが、後々知れはするでしょう」
「それは、そうだろうけど……」
魔法と聞いて一気に現実感が雲散霧消してしまい、少し戸惑った。
「どうしたの? まだ飲み込みきれてない?」
「NWにも魔法の概念はあったでしょう。これに関しては市郎の方が親しみ深いものじゃないんですか」
FWにはありませんでしたよ、と付け足す。
「もはや少し古いと感じるぐらいには確かに知っているやつだよ。……でも、あくまでフィクションなんだ。非現実だったのが現実化するのはイメージ出来ない」
夢は見るものや叶えるものだが、どれにしたって、現在に無いようなことだから、一筋縄ではいかない、努力や革新ありきでしかできない代物。
叶えたものは夢でなくなり、夢だったと言い換えることになる。
フィクションとノンフィクションの狭間にも、それに似たようなものがある。
唯一つ違うとすれば、叶える叶えないとかでなく、はっきりと別物であったこと。
「空想上のものが実在したとなると理解が上手く出来ないのは分かります。NWで知ったことは多かったですから」
「でも、私達は世界を渡ってきたの。ゲーム脳的に言うなら、ゲーム内でプレイするステージ面を変えるのでなく、そもそものカセットを挿し変えること、文学的に言うなら、ミステリーものから哲学本に持ち変えることと一緒よ。――然程文学的ではない表現な気もするけど」
「分かってる。こうしていざ対面すると、思ったより消化に時間がかかっただけだよ」
――少し思ったが、医学書の情報はまわってきていないので、魔法があるかどうか、なんてどう考えても俺一人では辿り着けない答では?
……まあいい、俺の不慣れで時間をとる必要はない。本題に戻ろう。
「そのアンバサダーはどうやって探すつもりなのか」
「この国です」
「この国?」
「はい。この国を治めているであろう方々から選ぶんです。更に、この国を旅行の拠点にすれば、安全性諸々確保できます」
「……いや無理だろ?」
あっち側からすれば俺達は怪しすぎる。
「いきなりやってきた何処の馬の骨とも知らない奴にそんなこと言われても、到底信じれるとは思えないが」
「それは私に任せてくれればいいわ」
「ソフィアに? 何をするつもりなんだよ」
「異世界人の証明ですよ」
二人は既に何か思い付いたらしい。なんだか、俺一人残されてばっかりだ。
「一旦アナザーに戻りますよ。そこで続きは話しましょう」
「ああ、うん」
これ以上は路上で話し込むことでないのだろう。アナザーを置いて残している家の方向に歩を進める。
「そういえば、二人とも浮いたままだけどいいの?」
「浮いたって、別にジェットパックなんて着けてないぞ」
「違う違う。浮遊してるってことじゃなくて、まわりに馴染んでないってこと。NWの服のまんまでしょ」
「今は着替えない方が都合が良いです。目立つならマントを使いましょう」
「何処にしまってたんだそれ」
「野暮なことを聞かないでください。女の子のデリケートな部分なんですから」
「気を利けなかったのは申し訳ないし、不躾だと承知の上で聞くんだが、何処にしまってたんだそれ」
「別に、ポケットですけど」
……いや何処に? 自分の体を丸々覆い隠せるサイズのマントを?
「ミシュ」
「何ですか、姉さん」
「因果値測定が終わったわよ」
「分かりました。戻ってから聞きます」
俺の疑問は何処かに置かれたまま話は続いてしまっている。
「……まあ、いいや」
「いいって、何がいいんですか」
「いや、これは俺の考え方が悪いのかもな。何もかも法則があるような気がしてる」
「間違いではありませんが、良い考えかと言われれば確かにそうではないですね。自分に優しい規律なんて無いんですから」
「吹かれた葉は海に浮かぶ、みたいなものかしら。法則だ規律だと当然だと思ったものに従ってしまう」
それは、俺の知る言葉に換えるなら、唯々諾々だ。




