記された異世界
――気がつくと結構読み込んでしまった。
「……何というか、凄い話ね」
『どんな話ですか?』
『まあ、あっさり読んだだけではあるが……、源氏物語って知ってるか』
『一応は』
『あれみたいな感じだな。聖職者の血筋であるセイクレイト家の初代当主、ヒズミルの人間関係を描いたものになってる』
「人間関係の中でも目につくのは恋愛絡み。見応えのある厚さとはいえ、六人も恋人が出てくるのはお伽噺にしか思えないわね」
『しかもその恋人の体格、性別、性格までがてんでバラバラでこいつの好みが全く分からん』
『面白そうじゃないですか。どんなのが居るんですか?』
随分と気になったようなので、六人の恋人の名前と特徴を軽く伝えた。
エヘネメキ、重力に逆らうように、太陽に引き付けられるように、紅い毛先が持ち上がっている女性。
炎のようなそれに見合った情熱的な性格で、ヒズミルと、それこそ情熱に溢れた関係を保っていた。瞳孔が縦に細長いのが特徴とも書かれていた。
スンリビニエ、大海のような巨躯とおおらかな性格を持つ碧色長髪の男性。
幼少期からの仲で、変わらず本を読んでいる姿はヒズミルに心の平穏をずっと与えてくれていた。彼に生涯泳ぎで勝つことはついぞ無かったらしい。
メギツ、翠色の狼らしい髪型の少女。
明朗快活で、不思議な言動が目立つ存在だったらしい。ヒズミルの義妹にあたり、お互いに信頼をしている関係だった。初めてあった時から身長はずっと変わらなかったと書かれている。
シンミン、ショートカットと八重歯が特徴の、いつも動きやすそうな薄着の服装をしている青年。
人をかなり選びたがる性格で、気に入らない奴には口を利かなかったりするが、ヒズミルには頭を擦り付けてくるほど懐いている。クヌテョとは瓜二つの体格と顔を持っており、運動が好き。
クヌテョ、肌の発色が良く、おかっぱ頭の似合う青年。
常に落ち着いており、大体は魔導書を開いている。感情が読み取れない程に無表情だが、ヒズミルの前では何度かその仏頂面を崩すこととなる。シンミンとは瓜二つで、頭の回転が速い。
クロックキーパー、ヒズミルと面を向かって逢うことはないが、文通でのやり取りでセイクレイト家の栄華を手助けしていた人物。
その感謝と想いを綴った手紙を送ったのを皮切りに、二度と返事は返ってこなかった。
『……と、こんなもんだ』
『予想以上に共通点がありませんね。というか、その名前って、この本にも載ってるものじゃないですか』
『まじ?』
『はい。それも、この世界に伝わる六柱の神様の名前らしいですよ』
「へえ、随分と不謹慎なネーミングなのね」
『不謹慎って……言い過ぎじゃないか?』
「この世界の偉大な神様の名前を、たった一人の恋情の対象にするっていうのは不謹慎ではないのかしら?」
『……そう言われれば、確かに』
俺の世界は、俺のいた国は神様も偉人もなんでも萌えさせるものだから、信仰心がまるで無くなってしまってたのかもしれない。
それでは神もアイドルも一緒ではないか。
――既に一緒になってるな。
『少し話を戻すけどさ、こうやって実際に文字だったり発音を聞いてったり、とかだけでも言語解読は出来ないのか?』
「出来なくはないけれど、どうしても時間がかかるわ。具体的に言うとしたら、大体四日程度」
本を捲り始めて一時間たたない程度で読めるようになっているのだから、四日は随分遅いのだろう。
「そうだ、語法とか発音が載ってる本とかないかしら。それを読めれば発音も分かりそうなのよね」
『探してみるか。えーと、この辺りは小説ゾーンで、ミシュの方が宗教ゾーン。そういうやつは……っと、ここっぽいぞ』
参考書ゾーン。この世界にもこれが必要な場所があるんだな。
さらりと見てみると、見たことのない名前の言語の名前が幾つか見えるが、唯一解読できているこの、ティピカル語というのがただ今使っているものらしい。早速読み漁る。
『……そうだ、ミシュ。お前も手伝ってくれよ。二人で見回った方が簡単に終わるし』
『えー、嫌ですよ。この本結構面白いんですもん』
『情報収集を優先してくれよ』
『なんなら読みますか? 絶対はまると思うんですけど』
「ぅおい!?」
しまった、つい。
『お前、いつの間にこんな近距離に居たんだよ! 声上げちまったじゃねえか!』
『煩くて煩わしくて、耳キーンってするのでやめてください。はいどうぞ』
『お、ありがとう。……思ったよりも神様についての記載が多いな。地域ごとで祀られる神様が分かれているのか――ってちげえよ! 手伝えって!』
「ノリツッコミにしてはちょっと長くない? 内容の描写の部分は省略した方がもっと伝わり易いと思うわ」
『芸人じゃないんだからそんなガチ添削は要らねえ! さっさとこれ読むぞ!』
『分かってますって……。で、この積まれた本は?』
『軽く見てみて、情報収集に使えそうな本の候補をまとめといたんだ。読むのはミシュの方が速いからこの二冊から頼む』
『はいはい』
俺が一冊読む頃には、最低五冊、頭にインプットしているのがこいつだ。
上からの返答なのはあれだが、実際、ミシュのお陰で、おそらく俺だけがやるより遥かに素早く解読は完了した。
ついでに他の言語も読み込んだが、俺は理解できなかった。数時間で言語を習得できるほど俺は天才ではない。
「おっけー。完璧に理解できたよ」
『んじゃ、出るか』
『そうですね。なら、テストプレイといきましょうか』
入口付近のカウンターに、先程のお爺さんが腰の後ろに手を回して、変わらずの笑顔で座っていた。
『……ああ』
俺はミシュを後ろに引き連れる形で入口に近づく。案の定、話し掛けてきた。
「……さっきのお兄さん方、大丈夫でしたかな」
「はい。すいません、迷惑をかけてしまって」
「いえいえ。私が気になってしまった、というだけで良かったですよ」
通じた。翻訳は外に対してもオートでされているらしい。
「遠くから来られたのですか?」
「ん、まあ……、――はい、そうですけど。どうしてそれを?」
「あまり見かけない服装でしたもので。東方でも南方のものでもない、かといって伝統のものにしてはやけに現代的、といった風貌ですね。んん、ええ、これまで長い間生きているはずですが、全く知らないですな。一体何処の出処なのでしょう、あなた方は」
「えっと、……北側、北側ですよ」
「北、ですか」
「はい、そうです。……では」
追及される前にスタスタと、入口から颯爽と歩き去った。




